『週刊プレイボーイ』で「挑発的ニッポン革命計画」を連載中の国際ジャーナリスト、モーリー・ロバートソンが、中国女子テニス選手の失踪事件について語る。
(*この記事は、11月29日発売の『週刊プレイボーイ50号』に掲載されたものです)

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2018年まで中国共産党最高指導部のメンバーだった張高麗(ちょう・こうれい)元副総理から性的関係を強要されたとSNSで告発した女子テニスの彭帥(ほうすい)選手が消息不明になったとされる事件が国際的に波紋を広げています。

まず問題視すべきは、当初から欧米メディアでは「強要」「暴行」という表現が使われた一方、日本のメディアは多くが「不倫」という見出しで、まるで本件の本質が恋愛沙汰であるかのような扱いを続けたことでしょう。

こんな当たり前のことをわざわざ説明したくありませんが、たとえそこに性的関係があり、継続的なお付き合いがあったとしても、問題の核心はそれを受け入れざるをえなかった圧倒的な立場の違いがあったかどうかです。

独裁国家の大幹部と、しばしば国威発揚(こくいはつよう)に駆り出されるアスリートの間で起きた今回の事件を「不倫案件」として扱うのは、女性の人権に関する基礎的な視点が著しく欠落しているか、意図的にミスリードして中国批判から逃げているかのいずれか(もしくはその両方)であると指摘せざるをえません。

本稿締め切り時点ではまだわからないことだらけですが、SNSでの告発後、不自然なことばかり続いているのは確かです。例えば、中国国営放送が公開した、彭選手本人が女子テニス協会の会長や幹部らに送ったとされるEメールのスクショ画面。

「告発は真実ではない」「今は自宅で休んでいて、何も問題ない」という内容の信憑(しんぴょう)性に対して疑問の声が上がると、今度はなぜか国際オリンピック委員会のバッハ会長と彭選手本人がリモート面談をして、笑顔で健在をアピールするという展開になりました。これらを見て「元気で安心した」と無邪気に解釈しろというほうが無理というものです。

著名人が中国政府の体制や社会のあり方に対して疑義を唱えると、突如として姿を消してしまう――そんな事例は枚挙にいとまがありません。中国のEC最大手アリババの創業者であるジャック・マー氏も昨秋、中国の金融システムを批判した後に一時消息不明となり、今も表舞台に戻っていません。

また、近年ではフェミニストに対する弾圧も目立っており、中国共産党機関紙系列の「環球時報」は、「#MeToo運動はいたずらに対立を生み出し、社会を破壊し、政治的混乱を引き起こしている」との社説を掲載しています。

国が豊かになれば、いずれ中国も民主化に向かい、人権状況も改善されるはず。あるいは、中国でもSNSが新たな言論空間となり、自由を求める声が体制を変えていくはず。そんな都合のいい期待は幻想のまま消え去ろうとしています。

そのことに気づきつつある欧米メディアは批判を強めていますが、日本では人権問題に人一倍敏感なはずのリベラルメディアでさえも、中国批判に関してはなぜか及び腰です。

経済的には中国と引き続き密にやっていきたいという日本の政権や財界の意向に対するおもねりか、中国進出企業や五輪スポンサー企業への忖度(そんたく)か。それとも、ただ単にものすごく鈍感なのか。

いずれにしても、見て見ぬふりや中立報道のふり、あるいは「不倫案件」として野次馬報道に逃げることが、どれだけ国際的なスタンダードから外れているのか、さすがに真剣に考えるべき段階に来ているのではないでしょうか。

●モーリー・ロバートソン(Morley ROBERTSON)
国際ジャーナリスト。1963年生まれ、米ニューヨーク出身。レギュラー出演中の『スッキリ』(日テレ系)、『報道ランナー』(関テレ)、『所さん!大変ですよ』(NHK総合)ほかメディア出演多数。NHK大河ドラマ『青天を衝け』に続き、TBS系日曜劇場『日本沈没―希望のひと―』への出演が話題に!

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