『週刊プレイボーイ』で「挑発的ニッポン革命計画」を連載中の国際ジャーナリスト、モーリー・ロバートソンが日本言論界の大混乱を予測する。
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東京・お台場の顔役を長年務めてきた大型商業施設「ヴィーナスフォート」が、3月27日で23年の歴史に幕を下ろしました。私も近隣のテレビ局で仕事があるときなどに何度か訪れましたが、ヨーロッパの街並みを再現した館内には、天井に照明で「空」を再現しているゾーンがあります。
閉館のニュースを聞いて、つい考え込んでしまいました。ある意味、戦後日本の言論空間は、密閉された屋内空間の疑似的な空を見ながら、「知識人」たちが大自然や災害について論じ合っているようなものだったのではないか――。
ロシアによるウクライナ侵攻を受け、ガラパゴス化していた日本の言論空間にも「現実」がなだれ込んできました。例えば、「国を守るより命が大事。ウクライナは早く降伏すべき」と主張する一部の論客に対しては、国際政治や軍事の専門家が「一方的な侵略に屈した後の国家の悲惨さを想像すべきだ」ときっちり反論し、世論も降伏論へ傾いてはいません。
また、ウクライナのゼレンスキー大統領による国会でのオンライン演説を巡っても、立憲民主党の泉健太代表がツイッターで「内容の調整」の必要性を訴えると、専門家から総ツッコミが入りました。
こうした"本筋からズレた意見"の問題点がはっきりと示され、かつそれが広がり、本丸となるべき議論に軸が置かれ続けているのは大きな変化だと感じます。ある面ではようやく「戦後」が終わろうとしている、ともいえるかもしれません。
戦後70年以上にわたり培われてきた日本独自のエコシステムの中で、世界の現実とはかけ離れた「平和」を語ってきた知識人の多くは、おそらく引き出しからどんなボキャブラリーを探しても、今の状況で人々に響く言説を展開することは難しい。
今の言論空間に求められているのは憲法9条の呪文ではなく、ウクライナへの支援、ロシアへの非難、そして現実的な国防を、国際政治の知見をベースに議論することです。
きれいな空が描かれた天井が抜け、本当の空が見えれば、現実から目を背けることはできなくなります。空はいつも快晴とは限らず、予報が外れることも、とんでもない暴風雨や竜巻が来ることもある。安全保障とは何か、地球全体が平和なわけではないなかで「平和を守る」とは何を意味するのか。
そうした議論の過程でパニックに陥り、付け焼き刃で極論に走る人も出てくるでしょう。絶対平和主義に振り切れる人、やたら好戦的なことを言う人、陰謀論を持ち出す人......。この局面で誰が限界を露呈し、誰が自分の立ち位置だけを考えて振る舞い、誰が落ち着いて議論できているかを、われわれも見極める必要があります。
11年前の3.11の後、原子力発電の是非を巡って日本中が大混乱しましたが、今年はある意味であのとき以上に世論が荒れるかもしれません。11年前に"御用学者"という言葉が氾濫したように、今は議論をリードしている専門家や冷静な論客が攻撃の的となり、紛糾する場面もおそらく出てくるでしょう。
かつてその渦に巻き込まれた身として大変さは想像できますが、それでも架空の青空の下で平和を語るよりはよほど健全です。初めて公道に繰り出し、「補助輪なしで自転車に乗る」ための訓練と考えてもいいかもしれません。
●モーリー・ロバートソン(Morley ROBERTSON)
国際ジャーナリスト、ミュージシャン。1963年生まれ、米ニューヨーク出身。レギュラー出演中の『スッキリ』(日テレ系)、『報道ランナー』(カンテレ)、『所さん!大変ですよ』(NHK総合)ほかメディア出演多数。昨年はNHK大河ドラマ『青天を衝け』、TBS系日曜劇場『日本沈没―希望のひと―』への出演でも話題に!