3月17日に刊行された『大東亜共栄圏のクールジャパン 「協働」する文化工作』(集英社新書)。この新書ではまんがやアニメ、映画、小説が、戦時下において、アジアへ向けた国家喧伝のツールとして用いられていたことを歴史的に検証したものである。
そこで明らかになるのは宣伝ツールとして用いられた作品には、その受け手もプロパガンダの発信者になる仕掛けが組み込まれているということだ。そのような戦時下の状況は、現在SNS上で拡散され続ける陰謀論や国家宣伝戦とも重なる。
同じことばや表象をあらゆるメディアで繰り返すことでおこなわれていた戦時下の日本のプロパガンダの実態と、戦時下の国家喧伝が孕む問題について、前編に引き続き著者の大塚英志氏に訊いた(全2回/2回目)。
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――『大東亜共栄圏のクールジャパン』では、まんが、映画、アニメなど、さまざまなメディアが連関しながら、アジアの国々に対するプロパガンダがおこなわれたことを明らかにしています。
第四章の「大東亜共栄圏とユビキタス的情報空間」では、さまざまな文化や報道が関わり合いながら戦争の正当化がおこなわれていることを論じていますが、「ユビキタス」というのはインターネットの普及に伴って使われるようになった新しい言葉だと思っていました。
大塚 ユビキタスはもともと「どこにでもある」という意味の言葉です。報道や表現が互いに互いの言説を引用しあう織物の如き情報空間を織り上げ、そこに受け手のことばも参加する。その結果、同じことばや表象が「どこにでもある」情報空間として、戦時下ではすでに実現されていました。その一例としてここで取り上げたのが「桃太郎」です。
――昔話の「桃太郎」が軍国主義のプロパガンダに使われたという話は聞いたことがあります。
大塚 桃太郎は日本軍、鬼は敵国というのは明治以来繰り返しなされてきた見立てですが、太平洋戦争の後期には「桃太郎」は日本による南方侵略を肯定するアイコンとして使われました。マレーシア、タイ、ビルマなど東南アジアを西欧列強の「鬼」から解放する日本軍「桃太郎」という筋書きです。しかも、1942年から1945年までに東京宝塚劇場における桃太郎劇の上演だとか、『桃太郎の海鷲』、『桃太郎 海の神兵』といったアニメ映画の制作・公開が盛んに行われ、『桃太郎音頭』という歌まで作られた。こうしてメディアミックスによって桃太郎がユビキタス化した。
1942年には柳田國男『桃太郎の誕生』が復刊さていれます。昭和初期1933年に刊行された『桃太郎の誕生』が出版統制の厳しい、紙も不足していたこの時期にわざわざ復刊されたのは、やはり桃太郎を軸としたメディアミックスの一環としてなのでしょう。柳田の『桃太郎の誕生』は日本の南方統治を正当化する内容ではなく、本来はグローバルな視点の中での日本の文化史的な位置づけるものだったのが、アジア文化の共通性の証明のように使われました。
――アニメ映画、演劇、音楽、学術書と複数のメディアを動員して桃太郎がユビキタス化したわけですね。
大塚 そう。だから手塚治虫が少年時代を回顧して、自分は桃太郎を描いてデビューしたと言っていましたが、この潮流の中であればそれも当然で、なるほど、当時受け手だった彼も作り手として動員されたのだなと思うのです。
■ゼレンスキー演説と戦時下の宣伝戦
――情報空間の話に引き付けての話題にはなりますが、今、ロシアによるウクライナ侵攻に多くの人が耳目を奪われています。もちろんロシア側がウクライナ側に一方的に攻め込んでいる状況で、ウクライナの方々には大いに同情しますが、一方で、ロシアのプーチン大統領とウクライナのゼレンスキー大統領の舌戦を聞くと、両方ともSNS時代に合わせた宣伝合戦をしているというふうにも見えます。
大塚 ついこないだも「歴史戦」みたいな言い方がSNS上で流行っていましたし、文化工作や宣伝工作が、SNS上ですごくカジュアルになっていますよね。
そのうえで認識しなければいけないのは、今まさにそのカジュアルな宣伝戦が、リアルな空間で展開しているということです。日本はロシアとウクライナのカジュアルなプロパガンダ合戦に距離を取ることができていないでいる。『大東亜共栄圏のクールジャパン』ではまさに国外への宣伝戦を論じたわけですが、戦時プロパガンダとは宣伝戦の渦中に国際社会を巻き込んでいくものです。今の日本にはそうした前提に立って考える冷静な視点が欠けていると思います。
また、ゼレンスキーが用いている動員の話術みたいなものにも注意が必要です。もちろん、ウクライナのほうが侵略された側だし、対プーチンではゼレンスキーが正しいように見える。それでも、第三者である日本が彼らの宣伝戦に巻き込まれて、今度は自分たちの国の選択を間違えるようではいけない。とくにゼレンスキーの国会での演説が、世論を誘導するためのものとして使われようとしていることには注意すべきです。
――案の定、国会演説の後、山東参院議長が「閣下が先頭に立ち、貴国の人々が命をも顧みず、祖国のために戦っている姿を拝見して、その勇気に感動しております」と、いささか上ずった調子でぶち上げました。
大塚 ウクライナ市民が市内にとどまり市街戦のため銃を持つ姿が「美談」として日本でも報じられています。そうした戦争美談報道が、人々の戦争への認識をどう情緒的に作り替え、それが有権者としての政治的選択をどう左右してしまうかについて、私たちは冷静に考えなければいけない。この時代錯誤的な姿が改憲論などに与える影響は大きいでしょう。前提として、戦争に感動を求めたらダメだよという自制が必要だと思いますね。
大塚英志(おおつか・えいじ)
1958年生まれ。まんが原作者、批評家。国際日本文化研究センター教授。著書に『物語消費論』(星海社新書)、『「暮し」のファシズム 』(筑摩選書)、『大政翼賛会のメディアミックス』(平凡社)、『感情化する社会』(太田出版)など多数。まんが原作に『黒鷺死体宅配便』、『八雲百怪』、『クウデタア』『恋する民俗学者』(いずれもKADOKAWA)など多数
『大東亜共栄圏のクールジャパン 「協働」する文化工作』
集英社新書・1034円(税込)
「クールジャパン」に象徴される、各国が競い合うようにおこなっている文化輸出政策。保守政治家の支持基盤になっている陰謀論者。政党がメディアや支持者を動員して遂行するSNS工作。
これらの起源は戦時下、大政翼賛会がまんがや映画、小説、アニメを用いておこなったアジアの国々への国家喧伝に見出せる。宣伝物として用いられる作品を創作者たちが積極的に創り、読者や受け手を戦争に動員する。その計画の内実と、大東亜共栄圏の形成のために遂行された官民協働の文化工作の全貌を詳らかにしていく