『週刊プレイボーイ』で「挑発的ニッポン革命計画」を連載中の国際ジャーナリスト、モーリー・ロバートソンが、プーチン支持が8割を超えるロシア社会について語る。
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ウクライナ侵攻開始後、プーチン大統領のロシア国内での支持率は上昇し、8割を超えたそうです。密告や不当逮捕が絶えない社会では本音を言えないという部分もあるでしょうが、独立系調査機関による数字ですから、それなりに実態を反映したものであると考えていいと思います。
亡命したロシア人らは「国内は情報統制され、国民はプロパガンダで洗脳されている」と証言しますが、確かに一部のSNSなどは遮断されている一方、北朝鮮のように海外メディアの報道にまったくアクセスできないわけではない。
それでも、ネットで国外の情報を入手する能力を持った若年層でさえ多くがプーチンを支持しているという事実を軽く見るべきではありません。
旧ソ連崩壊の直後、資本主義の象徴であるマクドナルドにモスクワ市民が行列をなしたとき、欧米社会ではロシアが「民主主義や自由の素晴らしさ」を実感し、「仲間」になってくれるとの期待が高まりましたが、そうはならなかった。
「民主的な選挙」や「自由な経済活動」はロシア流に換骨奪胎(かんこつだったい)され、特にプーチン政権の誕生後はじわじわと独裁体制が強化されました。
自ら破滅の道を選ぶ指導者を、国民が「自由意思」で支持しているという事実は、私たちに何を問うているのでしょうか。プーチンを支えるロシア国民も同罪なのか? 仮にそうだとしても、親鸞(しんらん)の「悪人正機(しょうき)説」にならうならロシア国民こそ他力によって救済されるべきか?
しかし、「救済」は簡単ではありません。社会の状況や体質がなかなか変わらないことを指す「inertia(イナーシャ)」という言葉がありますが(日本では「粘着性」「惰性」などと訳されることが多いようです)、ロシア社会のinertiaは、プーチンがいなくなったくらいでは変わらないかもしれない。
思い起こされるのはイラク戦争です。フセインを取り除けば自由を愛する人たちが国を立て直すはずだというアメリカの思惑とは裏腹に、国、地域、民族が長く培ってきた「社会のOS」は、ひとりの指導者を引きずり下ろしたところで単純に更新(アップデート)されることはありませんでした。
また他方で、そもそも全人類がリベラルデモクラシーを求めているのかという議論もあります。アメリカをはじめ"発信元"の欧米社会も国内の分断で苦しんでいる現実があり、ロシアや中国に対しても「目立つ悪ささえしなければご勝手に」というのが本音。
いかなるマイノリティも暴力や差別にさらされず、フェアに生きていける社会を実現するという普遍的価値を全世界に広げるための"世界政府"は今の国際社会には存在していません。今回のロシアの問題にしても「対処」が精いっぱいで、当面の懸案事項が片づけばどの国もロシアの国内事情など知らんぷりになる可能性が高いでしょう。
なぜ他国のために犠牲を払わなければならないのか? そんな本音がどの国の国民にもある以上、民主主義の理想の「持続可能性(サステナビリティ)」を保つことは簡単ではなく、また絶対の正解もありません。
言い方は悪いかもしれませんが、"週末に1時間のボランティア"のような中途半端な優しさは、むしろさらなる独裁化を進めてしまう結果を生むことさえある――それは歴史からも明らかなのですから。
●モーリー・ロバートソン(Morley ROBERTSON)
国際ジャーナリスト、ミュージシャン。1963年生まれ、米ニューヨーク出身。レギュラー出演中の『スッキリ』(日テレ系)、『報道ランナー』(カンテレ)、『所さん!大変ですよ』(NHK総合)ほかメディア出演多数。昨年はNHK大河ドラマ『青天を衝け』、TBS系日曜劇場『日本沈没―希望のひと―』への出演でも話題に!