『週刊プレイボーイ』で「挑発的ニッポン革命計画」を連載中の国際ジャーナリスト、モーリー・ロバートソンが、アメリカの妊娠中絶反対派の総本山、福音派「リバティ大学」の混迷について語る。

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米最高裁で、人工妊娠中絶を女性の権利として認めた「ロー対ウェイド判決」(1973年)を覆そうとする動きが出ています。これは最高裁判事の構成を保守派優位にしたトランプ前大統領の"置き土産"であり、もし実現すれば、妊娠中絶反対運動を長年続けてきたキリスト教プロテスタント右派の巨大勢力「エヴァンジェリカルズ(福音[ふくいん]派)」にとっては悲願成就ということになります。

ところが、その福音派の"総本山"として保守政界に強い影響力を及ぼしてきた「リバティ大学」が内部崩壊しつつあることも、アメリカでは大きな話題になっています。

リバティ大学は、公民権運動やベトナム反戦運動などで米社会のリベラル化が加速していた1971年、それを押し返したい福音派の拠点として産声を上げました。初代学長のジェリー・ファルウェルは「道徳の力でアメリカを再び強い国にする」ために、反共産主義、反妊娠中絶、反LGBT、反フェミニズム......を訴え、ロビー団体「モラル・マジョリティ」を設立。

宗教保守派の巨大な票田を背景に、ロナルド・レーガンやブッシュ親子など各時代の共和党政権と蜜月関係を築いていきます。

そして彼の死後、2代目学長となった息子のジェリー・ファルウェル・ジュニアはその路線をエスカレートさせ、2016年の大統領選挙以降は"トランピズム"に傾倒します。

ロー対ウェイド判決を覆すという悲願のために、トランプの性的スキャンダルを「人間はみな罪深い」と不問に付し、大学の講演会にトランプの元選挙参謀やトランプ政権の元報道官、さらにはブレグジット(イギリスのEU離脱)の首謀者として知られる英政治家ナイジェル・ファラージらを招聘(しょうへい)。

当然、一部の関係者や学生からは異論が噴出しましたが、ファルウェル・ジュニアはその後もブラック・ライブズ・マターに賛同した大学幹部に圧力をかけ辞職に追い込むなど、さらにカルト性を強めていきました。

そんななか、2020年に発覚したのがファルウェル・ジュニア夫妻のセックススキャンダルです。学生には飲酒や婚外交渉、卑猥(ひわい)な言葉が使われた音楽を聴くことさえも禁じておきながら、自分は若い男性とビジネス契約を交わし、妻とその男性との"プレイ"を見て楽しんでいた――というものでした。

その後、巨額の横領も発覚して大学を追われた夫妻はリベラルメディアの"おもちゃ"となり、大学も元職員や学生からの複数の訴訟を抱えている状態です。

リバティ大学の混迷は、リベラル派から見れば「人権無視の妊娠中絶反対を訴えて甘い汁を吸った権力者のなれの果て」です。また、「隣人を愛せよ」という聖書の精神すら否定するトランプの言動は、清濁(せいだく)併(あわ)せのむにしても「濁」の濃度が度を越しており、大学内でも賛否をめぐって分断が深まっていたようです。

しかし、だからといって善良で敬虔(けいけん)な福音派の信者たちが、そろって2024年のトランプ再選に反対するかといえば、話はそう単純ではありません。

今秋の中間選挙でも大きな争点となるであろう妊娠中絶の問題が、なぜ21世紀になっても政治的にくすぶり続けたのか。民主主義の国アメリカで福音派はどう政治と結びついてきたのか。その歴史的経緯を次回は掘り下げたいと思います。

●モーリー・ロバートソン(Morley ROBERTSON)
国際ジャーナリスト、ミュージシャン。1963年生まれ、米ニューヨーク出身。レギュラー出演中の『スッキリ』(日テレ系)、『報道ランナー』(カンテレ)、『所さん!大変ですよ』(NHK総合)ほかメディア出演多数。昨年はNHK大河ドラマ『青天を衝け』、TBS系日曜劇場『日本沈没―希望のひと―』への出演でも話題に!

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