「日本では安全保障というテーマにおいて顕著ですが、しんどい議論を交わすことなく、多くの人が『信じたい世界観』に引き寄せられるのはどの国でもあることです」と指摘するモーリー氏 「日本では安全保障というテーマにおいて顕著ですが、しんどい議論を交わすことなく、多くの人が『信じたい世界観』に引き寄せられるのはどの国でもあることです」と指摘するモーリー氏
『週刊プレイボーイ』で「挑発的ニッポン革命計画」を連載中の国際ジャーナリスト、モーリー・ロバートソンが、北朝鮮ミサイルのリスクを直視しない日本に警鐘を鳴らす。

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北朝鮮のミサイル発射実験が相次ぐ中、日本の国土へ着弾した場合の避難行動についても、あちこちで語られるようになりました。Jアラートは信頼できるのか、屋外にいる場合はどうすればいいのか、都市部ではどの地下鉄路線に逃げ込めばより安全なのか......。

もちろんそのような危機管理意識を持つことは重要ですが、あたかも防災訓練のような注意喚起ばかりが先行し、安全保障のリアルな議論が不足していることには、ある種の違和感をぬぐえません。

1998年に弾道ミサイル「テポドン1号」の発射実験が初めて行なわれてからほぼ四半世紀の間、率直に言って日本では相手に「撃たれない」「撃たせない」ための議論がないがしろにされてきました。その間、北朝鮮ではミサイルの性能向上や核弾頭の小型化のための開発・実験が着々と進み、"リスク地図"は大きく塗り替えられた。

それでも今もってなお、「アラートは鳴らしますから、皆さん頑張って避難してください」と言ってしまう政府、そこに疑問を投げかけない大手メディア、そして"避難場所情報"に食いつき続ける人々。この状況、何かがおかしくないでしょうか。

この問題について長年、日本社会には「しょせん北朝鮮」というような、蔑(さげす)みにも似た根拠なき余裕があったのではないかと感じます。永田町でも与野党共に多くの政治家は北朝鮮問題をアピールのための"小道具"としてしかとらえておらず、本当に必要な議論をメインテーマとして掲げることを避けてきました。

呪文のように「重武装反対」「戦争できる国にするな」と唱える左派と、それだけですべてが解決するかのように「改憲」を悲願として掲げる右派。噛み合わない両者にごく最近まで共有されていたのは「どうせ戦争なんて起きない」という楽観論だったのではないでしょうか。

憲法で戦争を放棄すれば日本にミサイルが着弾しないわけではないし、非核三原則があるから核戦争に巻き込まれないわけでもありません。また一方で、憲法に自衛隊の存在を明記すれば他国への抑止力になるわけでもありません。

多極化した世界がカオスへと突き進み、日本の周辺を取り巻く環境がさらに厳しくなっていくことがほぼ確実である以上、今までになかった選択肢を検討する必要がある。ゼロリスクの解決策は存在せず、"傍観オプション"ももう通用しない。

そのような構造を理解することは、ミサイルが来たときの避難場所を知っておくことと同じくらいか、もしかしたらそれ以上に大切だと思います。

日本では安全保障というテーマにおいて顕著ですが、しんどい議論を交わすことなく、多くの人が"信じたい世界観"に引き寄せられるのはどの国でもあることです。向き合いたくない現実や課題には見て見ぬふりをすることで政治家と有権者が結託してしまう――これは民主主義国家における共通の病ともいえます。

ただ、もうひとつわかっていることは、どんなに不都合な話でも、それが現実である以上いつかは向き合わなければいけないということです。そろそろ苦い薬を飲んで病を克服するか、それとも飲みやすい偽薬を飲み続けて病をさらに進行させてしまうのか。手遅れにはならないようにしないといけません。

●モーリー・ロバートソン(Morley ROBERTSON)
国際ジャーナリスト、ミュージシャン。1963年生まれ、米ニューヨーク出身。レギュラー出演中の『スッキリ』(日テレ系)、『報道ランナー』(カンテレ)ほかメディア出演多数。富山県氷見市「きときと魚大使」。昨年はNHK大河ドラマ『青天を衝け』にも出演

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