『週刊プレイボーイ』で「挑発的ニッポン革命計画」を連載中の国際ジャーナリスト、モーリー・ロバートソンが指摘する、ペロシ邸襲撃事件が突きつけた問いとは――?

* * *

前号でも触れたとおり、10月28日に米民主党のペロシ下院議長の自宅を襲撃した容疑者は、ドラッグに長年依存し、最近はQアノンなどの陰謀論に染まっていたカリフォルニア州バークレー在住の男性でした。

私は少年時代にベイエリア(同州のサンフランシスコ、オークランド、バークレーあたりの総称)に住んでいた時期があります。1970年代のベイエリアはカオスそのもので、若いカップルがドラッグの禁断症状でガタガタ震えていたり、ひどく汚れた服装の男性がバスの車内でわめいていたりするのは日常茶飯事でした。

ただし、これはいわゆる"治安の悪い貧困地域"というニュアンスではありません。ベイエリアは全米で最も急進左派が強い地域で、行政は徹底的に経済的弱者を守り、街全体が薬物依存や精神疾患を抱えた人にも自由と尊厳を認める。

そうしたことから、ヒッピーたちが寝泊まりする広大な公園や、アーティスト・自由人が集結しハードドラッグの巣窟となっているようなエリアがあり、子供心に"ヤバい場所"だと感じていたのを覚えています。

その十数年後にバークレーを訪れた際も相変わらずで、平日の昼間から何人もの"自称・教祖"が誰彼構わず話しかけて信者を獲得しようとしていました。

私は"Rainbow Light(虹の光)"を名乗る男につかまり、カフェで2、3時間も現実離れした話を聞かされた挙句、「僕は宇宙とつながっているから、人を感動させる歌を歌える」。こちらに選択の余地はなく、即興ソングを1曲丸ごと聴いたのを今でも覚えています。

1960年代にベトナム反戦運動の口火となった「フリースピーチ・ムーブメント(FSM)」の影響もあり、半世紀以上にわたってベイエリアに根づく自由と包摂の文化は、さまざまな才能――科学であれ、ビジネスであれ、芸術であれ――を解放し、数多くのイノベーションを生みました。

一方で、本来であれば適切な治療を受けるべき人をも野放しにした結果、(言葉を選ばずに言えば)社会不適合者の楽園となったことも事実でしょう。無制限の自由を実装するという"社会実験"には、光の面も影の面もあるのです。

そんなベイエリアで起きたペロシ議長の自宅襲撃事件は、いや応なしに「この社会実験をどう総括するのか」という問いを突きつけます。

42歳の容疑者はドラッグに依存し、一時は教祖のような女性に傾倒し、その後ぎりぎりの暮らしを続ける中でトランピズムと極右思想、陰謀論に溺れ、犯行に及んだとされています。

彼はずっと社会から逸脱した生き方、考え方をしていたわけですが、寛容なバークレーではそれをとがめる人も、是正しようとする人もいなかったでしょう。今回の事件を、自由な社会にとっては甘受せざるをえない代償ととらえるのか、それとも社会の不作為が生んだ悲劇ととらえるのか。簡単に答えが出る問いではありません。

また、くしくも先日、そのベイエリアに本社を置くTwitter社をイーロン・マスク氏が買収しました。彼はいわば"自由原理主義者"で、デマの拡散により凍結されていたトランプ前大統領のアカウントも復活する可能性があります。

今後は実社会だけでなく、SNSでも「自由と治安」の問題がよりクローズアップされていくことになるかもしれません。

●モーリー・ロバートソン(Morley ROBERTSON)
国際ジャーナリスト、ミュージシャン。1963年生まれ、米ニューヨーク出身。レギュラー出演中の『スッキリ』(日テレ系)、『報道ランナー』(カンテレ)ほかメディア出演多数。富山県氷見市「きときと魚大使」。昨年はNHK大河ドラマ『青天を衝け』にも出演

★『モーリー・ロバートソンの挑発的ニッポン革命計画』は毎週月曜日更新!★