英国はウクライナに空対地巡航ミサイル「ストーム・シャドウ」を供与。射程250km、速度はマッハ0.9 英国はウクライナに空対地巡航ミサイル「ストーム・シャドウ」を供与。射程250km、速度はマッハ0.9
5月19日~21日に開催されたG7広島サミットに、なんとウクライナのゼレンスキー大統領がフランス政府機で来日し出席。21日には日本を離れたが、帰国したウクライナの空では今、何が起きているのか。実相を探ってみたい。

フォトジャーナリストの柿谷哲也氏は今、ギリシャ、トルコ、ルーマニア、ブルガリア、ジョージアを行き来し、各地の空軍基地を取材中だ。そこでは、英国からウクライナに供与されたばかりの射程250kmの空対地巡航ミサイル「ストーム・シャドウ」に関する様々な噂が飛び交っているという。

5月12日にBBCは、英国がウクライナにストーム・シャドウの供与を発表したと報じた。また、5月16日のCNNの報道によれば、5月12日に同ミサイルが、ロシア占領下のルハンスクの産業施設を攻撃した際に使用されたという。

「トルコの演習を取材する欧州記者は、『Su(スホーイ)24にストーム・シャドウを搭載するのは効率が良くない。ミグ29にも載せられる』と言っていました。

英国がウクライナへのミサイル供与を発表した時点では、ウクライナ空軍のSu24はすでに改造済みで、ポーランドのミグ29もアメリカが供与を止めていた時期にすでに改造が済んでいました。

私は、英国のミサイル供与報道の翌日にウクライナがストーム・シャドウで攻撃できた理由として、米国が遅れて輸出許可を出すことによって、ロシア軍の防空体制の準備を遅らせる"情報戦"があったと推測します。 

また、Su24とミグ29はストーム・シャドウを2発搭載可能ですが、ルハンスクの攻撃方法に関して、欧州の記者たちはこう推測しています。『複数のSu24に一機一発ずつ搭載して攻撃した。その理由はロシア軍のS400などの地対空ミサイルとSu35戦闘機の来襲を警戒して、発射母機を分散させていたから』」(柿谷氏)

まず英国はドイツに、ポーランドのミグ29を改造してストーム・シャドウが搭載できないかどうか打診したらしい まず英国はドイツに、ポーランドのミグ29を改造してストーム・シャドウが搭載できないかどうか打診したらしい

しかし、ストーム・シャドウはウクライナ空軍のSu24に搭載されている(写真:ウクライナ国防省) しかし、ストーム・シャドウはウクライナ空軍のSu24に搭載されている(写真:ウクライナ国防省)

昨年9月、柿谷氏はスロバキア空軍基地で凄まじい噂を聞いた。以前配信したこちらの記事でも触れたように、米国の技術者が複座「ミグ29」12機に、対レーダーミサイル「ハーム」を撃てる様に改造してウクライナに渡すとの事だったが、それが今、現実となっている。

すると、ハーム搭載の複座ミグ29が先鋒としてロシア軍の地対空ミサイル用レーダーを潰し、そこにストーム・シャドウ搭載のミグ29またはSu24が侵入し、発射する。

「ウクライナ空軍のSu24は機数が少ないので、増強されるミグ29にも搭載し、一機一発搭載して、一撃離脱の戦術を取ると思われます」(柿谷氏)

ウクライナ空軍の攻撃は、まずスロバキアから供与された複座ミグ29の対レーダーミサイル「ハーム」を搭載して、ロシア軍の対空レーダーを潰す。そしてストーム・シャドウを搭載したSu24が突入して、発射する ウクライナ空軍の攻撃は、まずスロバキアから供与された複座ミグ29の対レーダーミサイル「ハーム」を搭載して、ロシア軍の対空レーダーを潰す。そしてストーム・シャドウを搭載したSu24が突入して、発射する

かつて航空自衛隊那覇基地・302飛行隊隊長を務めた元空将補の杉山政樹氏はこう語る。

「十二分に妥当な作戦です」

日本国内の報道ではストーム・シャドウの射程が250kmなので、ベラルーシの首都・ミンスクも攻撃可能だと盛り上がる。

「ゼレンスキー大統領は、このミサイルをウクライナ領内だけで使用し、ロシア国内は攻撃しないと約束しました。それがあるので英国は供与したのだと推定します」(杉山氏)

その証として、初めての使用はロシア軍占領下のルハンスクだった。

「ロシア国内で反プーチン武装勢力が動き出したので、ウクライナ軍が無人機などでロシア国内を攻撃する必要も無くなってきたのだと思います」(杉山氏)

では、ウクライナ国内ではどこを狙うのだろう。

「ストーム・シャドウはステルス精密誘導兵器、さらに二重弾頭で掩蔽壕などの天井、壁を貫通して内部で爆発する仕組みです。なので、ハイマース(高機動ロケット砲システム)の射程80km以遠に作られたロシア軍司令部や弾薬庫に、柿谷氏が指摘するようにガンガン撃ち込むというよりも"一撃必中"を狙って使います」(杉山氏)

ハイマースの標的から外れていると思われていたウクライナ国内のロシア軍司令部。そこから安全は消えた。

「もちろん、弾薬庫などの後方補給拠点も、ウクライナ領内には作れないということです。さらに、司令部や補給基地が最前線から250km以遠の後方に下がり、兵站線が伸びます。ということは、司令部は戦場に近い所で、通信機能を使った指揮を執れなくなるかもしれません。ウクライナ軍が電磁波兵器でロシア軍の通信を妨害することで、ロシア軍の前線と後方で意思の疎通が取れなくなる可能性があるからです」(杉山氏)

ウクライナ空軍にはミグ29がさらに必要だ。東欧ではさらにいろいろな噂が飛び交う。

「ブルガリアの空軍ウォッチャーは『我が国のミグ29はウクライナ空軍には渡さない。ウチの政府はゼレンスキーが大嫌いで親ロシアだからね』と言っていました。

そのブルガリア空軍のミグ29は一個飛行隊12機ですが、10日間の滞在で実動6機と確認しました。欧州ではセルビアもミグ29を使用していますが、ここは米英との関係が良くなく、ウクライナ空軍には渡しません」(柿谷氏)

ミグ29は欠乏しているようだ。

5月20日の共同通信の報道では『米国がウクライナ軍のパイロットへの米国製F16戦闘機の訓練実施を承認したことについて、英国とオランダ、ベルギー、デンマークの4カ国は20日までに歓迎する声明を発表した』とあった。

G7の終盤でバイデン米大統領からF16供与の確約をもらったゼレンスキー大統領。来日の目的の一つは確かにこれだったのだ。今年2月9日に配信した記事内で柿谷氏は、ウクライナへの供与が可能なF16の機数をこう予測していた。

<F35Aを導入するベルギー、デンマーク、オランダのF16AMが余剰(中略)3か国で合計すると110機(中略)隣国ポーランドに夜間攻撃可能なF16C/Dが48機あります>

米国はヨーロッパ諸国にあるF16のウクライナ供与を認めた。写真はベルギー空軍のF16 米国はヨーロッパ諸国にあるF16のウクライナ供与を認めた。写真はベルギー空軍のF16

杉山氏も「ロシアは戦争に負けるかもしれませんね」と言うように、その合計158機にも及ぶが、問題はそのF16をいつから使えるか、だ。

「いまミグ29は最も大事な任務として、まだ距離のある段階で発見したロシア軍の巡航ミサイルを撃ち落としに行っていると思いますが、これまで場を繋いでいたミグ29に関しては交換部品、弾薬がなくなってきています。なので、ミグ29を扱っている相当に腕の良いパイロットがF16に数か月で乗り換えられる状況は心強いですね」(杉山氏)

最短で今年の9月辺りには、20~30機のF16が参戦を開始するかもしれない。

「ミグ29が今、防空任務以外に担っているのが、単機で極低高度を飛び、ロシア軍の対空火力網を潜り抜けながら、荒業的な爆撃か、ロシア空軍機を撃墜するような一匹狼的なゲリラ戦だと思われます。

それがF16に変わると、ミグ29用の空対空、空対地ミサイル・爆弾に比べて、F16用は、サイドワインダー9L(最大射程5km)から、9X(最大射程40km)になり、AIM-120AMRAAMミサイル(最大射程180km)のようなレベルの違うミサイルになるのです」(杉山氏)

ミグ29のコクピットにiPadを取り付けて、40年前の中古の対レーダーミサイル・ハームを頑張って発射していたウクライナ空軍の戦い方が激変する。

「全く違う世界になります。ロシア国内に入らなくても、ロシア空軍戦闘機がウクライナ領内には入って来れないような状態を作れます」(杉山氏)

ここまでくると、プーチンは本当に核兵器を使わないのか...。

「プーチンが最後まで核ミサイルの発射ボタンを押せる状態ならば、使うでしょうね」(杉山氏)

岸田首相が仕込んだ、核の不使用に向けたG7初の独立首脳文書『広島ビジョン』は見事に吹き飛ぶ。

「NATO軍が本格的にフォローし始めたのは、早く戦争を終わらせたいからです。それは、徹底的にプーチンのロシアが負けて、中国の傘下に入るよりもプーチンの顔を潰した形で戦争を終わらせるやり方です。それも、核ミサイルを使う前に終わらせないといけません。

NATOはプーチンが核のボタンを押す前にロシア軍を負かすシナリオを模索してます。プーチンには負けて欲しいけれど、ロシア国家が空中分解すると、その一部は中国のモノになる。その結果、中国が北極海に出られるようになると、NATOは困るのです。

"プーチンのいないロシア"が存続し、ユーラシア大陸で中国が北上することを阻む大きな重しとして居続ける。これは地政学上、ものすごく大きな構図なのです」(杉山氏)