夜中にガザ地区北部に入ると思われたイスラエル軍機甲部隊。しかし、実際には真昼間に装甲ブルドーザーを先頭に、写真のメルカバ戦車が続いた(写真:IDF公式HP)夜中にガザ地区北部に入ると思われたイスラエル軍機甲部隊。しかし、実際には真昼間に装甲ブルドーザーを先頭に、写真のメルカバ戦車が続いた(写真:IDF公式HP)
武装組織ハマスとの武力衝突から1ヵ月が過ぎ、イスラエル軍(以下、イ軍)はハマスの本拠地とされるシファ病院に突入した。週プレNEWSではイ軍の地上戦の様相を、元・陸上自衛隊中央即応集団司令部幕僚長の二見龍氏(元陸将補)が推定。作戦の大筋はその通りになったが、細部は異なった。それはなぜだったのか検証する。

まず、推測通りになったのは、ガザ市の南側から突入してガザを南北に分断し、その後、北部から入るという点。作戦の大筋は同じだ。二見氏はこう話す。

「作戦を立案し、実際に部隊を動かしたことがある者ならば、大筋がその通りになるは当り前の話です。ガザ北部にはハマスの戦闘地下要塞エリアがあります。そこから入れば、『これは俺たちの戦闘になる。上手く引き込んだな』とハマスの戦い方が出来るわけです。

ただ、そうさせてはいけません。そこで、ガザの真ん中で南北に分断する。するとハマスの拠点が孤立し、司令部や兵站施設がある南部からの補給が途絶え、各個撃破が出来ます。そして、南側から海岸沿いを北へ進み、同時に北側から海岸沿いに潰していきます。北の東側のフェンス側でも潰し始めることができます」(二見氏)

二見氏は、夜は有人、昼は無人という二交代の戦闘を推定していた。地上部隊は夜だけ入り、明け方前にガザから出て、昼間は無人機と砲撃で徹底的に潰すのだ。

しかし、イ軍は真昼間に装甲ブルドーザーを先頭にメルカバ戦車を入れ、その横をイ軍歩兵がのんびりと歩いて進軍していた。

装甲ブルドーザーやメルカバ戦車に続いてナメル装甲兵員輸送車を用いて昼間からガザ北部へ進軍する(写真:米陸軍)装甲ブルドーザーやメルカバ戦車に続いてナメル装甲兵員輸送車を用いて昼間からガザ北部へ進軍する(写真:米陸軍)
「それができるように、イ軍は1000カ所以上に徹底的な空爆を実施しました。10月7日から25日までの空爆によりハマスの地上への通路と地下施設を徹底的に破壊し、併せて視界と射会を確保しました。見える範囲=視界、そして撃てる範囲射界を確保するため警戒と射撃に邪魔なモノを皆、倒して切り開いた(=啓開)のです」(二見氏)

空爆によって、歩兵が戦闘できるフィールドに変えてしまったのだ。

「それは『視射界を清掃する』と言います。イ軍の入ったハマストンネルの入り口は、ほとんど空爆で潰しています。この空爆はすごい精度でした」(二見氏)

その結果、イ軍歩兵が真昼間に徒歩攻撃を開始したのだ。

ガザ地区北部へ進軍した機甲部隊の真横を、徒歩の歩兵が戦車に随伴していた(写真:IDF公式HP)ガザ地区北部へ進軍した機甲部隊の真横を、徒歩の歩兵が戦車に随伴していた(写真:IDF公式HP)
「まず、イ軍機甲部隊の装甲ドーザーが入り、邪魔な瓦礫をどけて、メルカバ戦車と装甲兵員輸送車を入れます。危ないところはメルカバ戦車が戦車砲で撃って潰します。空中の偵察ドローンと地上の偵察要員もあるので、ガザ地区の外にいる155mm自走砲で砲撃して潰すこともできます」(二見氏)

ガザ地区に真昼間に入ったイ軍歩兵は、背中か腰に丸めたキャンプ用マットを携帯していた。

「どこまでは入れるかは正確に分かっています。そのため、そこを拠点として確保するための装備ですね」(二見氏)

これは、夜に入り朝に出る"通勤方式戦闘"ではない。

「ハマス相手に歩兵は、昼夜ぶっ通しで24時間、戦闘を続けます。敵を休ませません。イ軍歩兵の確保した拠点から、夜間装備のイ軍歩兵が中に入ります。夜間暗視装置はイ軍の装備のほうが数段優れていますし、保有数も電池も圧倒的。それで三交代制により連続してイ軍は攻撃を続けます。

夜は空からサーマルと赤外線で監視する無人機と、探査する無人機が飛んでいます。トンネルを発見し、そこでハマスの動きがあればすぐに空爆を仕掛けます。GPSによってピンポイントで位置が分かります。そして、夜間戦闘部隊は疲労が激しいので、申し送りと部隊交代を行い昼になればそのままガザ地区を出て、フレッシュな部隊が戦闘を継続します。

昼間、戦闘区域に入った歩兵部隊は昨夜、爆撃したトンネルの出入り口を装甲ドーザーでこじ開けて、その内部を爆発させます。出入り口が建物内なら建物ごと爆砕します。また、ハマスの狙撃兵が建物にいれば、メルカバ戦車が戦車搭載砲で壁ごと粉砕して倒します。

仮にトンネルの出入り口が無事でも、一度に出れるのはひとり。地上には10人のイ軍歩兵が横隊で待ち構えているので、10対1の戦闘です。あとは手榴弾を投げ込んで、次のハマスが地上に出るのを防ぎ、塹壕を潰せる梱包爆弾を投げ込みます。そして、装甲ドーザーで完璧に塞ぎます。このようにしてひとつずつ潰します。

しかし、11月13日の時点ではまだ、70%がクリアリングできていません」(二見氏)

右側は砂漠だが、こんな瓦礫のコンクリート壁に隠れて、イスラエル軍歩兵はハマスと市街地戦闘を繰り広げている(写真:IDF公式HP)右側は砂漠だが、こんな瓦礫のコンクリート壁に隠れて、イスラエル軍歩兵はハマスと市街地戦闘を繰り広げている(写真:IDF公式HP)
だが、ハマスには最深度80mの地下陣地がある。

「そこは、空爆で深さ40mまで壊せる地中貫通爆弾(バンカーバスター)を叩き込みます。深さ80m地点では地上への出口と電気、空気の供給を失いますから、地下施設の機能は消失します」(二見氏)

前出の記事では、「トンネルに入って戦闘はしない」が作戦のコンセプトだったが、現実ではイ軍歩兵はトンネルに入っている。それはなぜか。

「人質の救出があるからです。トンネル専門の特殊部隊を入れているはずです。その部隊の正確な情報は分かりませんが、私ならばこんな編成にします。

まず、トンネルの入り口に罠が仕掛けられているはずです。これを除去し爆破処理する戦闘工兵が必要です。次に通信部隊。これは有線を引っ張って行くのが確実です。送り手と受け手が電話ならば同時に喋れますから。そして医療チームです。ひとつ30名ほどになる小隊を、15~20個小隊、準備します。

そしてトンネル掃討部隊は、掃討・予備待機・整備休養と三個チームを一日交代で回します。毎日、動かせる小隊は5~7個小隊です。トンネル内で戦闘がなく、施設が広くなければ半日でクリアできます。

二個連隊を投入すれば、10~14小隊が一日にクリアできるトンネルの数が分かります。私ならば、一回の任務で一小隊にひとつのトンネルを任せて交代させます。部隊・兵士の士気を維持するためです」(二見氏)

ハマスとの市街地戦闘を後方からイスラエル狙撃兵が援護(写真:IDF公式HP)ハマスとの市街地戦闘を後方からイスラエル狙撃兵が援護(写真:IDF公式HP)
一日最大10~14個のトンネルをクリアできることになるというが、報道によると「10月20日にハマスに拘束されて人質になっていた兵士一名を助けた」という成果しか挙げていないようだが...。

「人質救出以外は、ハマスの首を取ってくるのが動機です」(二見氏)

殺人専門の特殊部隊サイェレット・マトカルの出番だ。

「その殺人専門の特殊部隊がトンネルに入っていきます。終われば出入り口の破壊です。爆薬を突っ込んで爆破します」(二見氏)

トンネル内に歩兵は入り込まないとしたが、人質救助のために専門の特殊部隊が投入される。しかし、ハマス幹部殺害の場合は殺人専門の特殊部隊、サイェレット・マトカルが送り込まれる(写真:IDF公式HP)トンネル内に歩兵は入り込まないとしたが、人質救助のために専門の特殊部隊が投入される。しかし、ハマス幹部殺害の場合は殺人専門の特殊部隊、サイェレット・マトカルが送り込まれる(写真:IDF公式HP)
そして、ハマス地下総司令部があるというシファ病院への突入には準備段階があった。

「シファ病院を中心にした数ブロック内に大きいビルがあります。これが砦です。そこは地上と地下があります。地下施設には、弾薬庫、ロケット製造工場、病院、待機所、電源施設もあります。まず病院を残して、周囲の砦を片っ端から空爆して全て壊しました。その内のひとつには地下に弾薬庫があり、すさまじい誘爆を起こしていました。また、花火が打ち上げられるように誘爆が起ったのは、弾薬庫もしくはロケット工場と推測できます」(二見氏)

そしてやがて、シファ病院の本丸だけが残る。

「まず医薬品、燃料、赤ちゃん用保育器などを提供し、病院の機能を維持できるようにします。そして東側の回廊を開けて、避難民に病院から出るように促します。病院の機能だけにすると、避難民も混在していた病院内部は、ハマス、病院スタッフ、入院患者だけが残ります。特殊部隊は戦闘しやすくなります」(二見氏)

11月15日、シファ病院に特殊部隊が突入。ハマス戦闘員を殺害し、大量の武器弾薬を発見した。

■北部戦線、今後の推移

イ軍と戦うハマスの戦法はどうなるのだろうか。ハマスはRPG対戦車ロケット砲で、イ軍の戦車や装甲歩兵輸送車を砲撃する動画を公開した。動画ではさらに、トンネルから地上に出て、進撃するイ軍へ迫撃砲を叩き込んでいた。そして1000カ所以上あると報道されたロケット発射場で、生き残った場所から、ロケット弾をイスラエル本土に撃ち込み続けていた。

「ハマスは戦闘を長引かせ、国際世論を味方に付けることが目的です。捕虜交換で数日の休戦を条件に出し、一日でも戦闘を引き延ばそうとしています」(二見氏)

一方、その引き延ばしに応じず、戦い続けようとしているイ軍は今後、どうするのだろうか?

「国際世論の影響も受けつつ、イ軍には無限の時間はありません。孤立させたガザ北部にあるトンネルの出入り口の捜索を続けます。人質の有無を確認して、入り口を爆破して、地下施設を破壊。先ほど言ったように出入り口が建物内部にあれば、建物ごと爆破破壊します。

こうして残りの70%をクリアリングしますが、核になるハマスの拠点を潰したので、その速度は上がると思います。イ軍の包囲環を作り、出入り口を全て使えなくします。単純にそれを丁寧に進めていくはずです。そして、南北から各二本の攻撃線を出して、残りの孤立したハマストンネル地帯を掃討していきます。最終的に包囲環を形成し、包囲環を縮めていく方式はゲリラ狩りの定石です」(二見氏)

しかし、そこで終わらないらしい。

「イ軍は人質奪還がある程度できれば、そこで結節点ができます。その時点でカザ北部地域の戦闘終了することができます。

その後は、治安維持の一環で殲滅戦闘は続行します。法治国家として、テロリストを捕え、裁判にかけていきます」(二見氏)

日本の隣国の某国ならば、「これは国内政治の問題だ。干渉するな」と言いそうだ。

■最後の仕上げ

北部はその後、どうするのか。

「イスラエルの管理下で国連の復旧チームを送って、人が住めるようにします。テントを張ったり、屋根の付いた住宅を建てます」(二見氏)

日本にある避難住宅に使ったプレハブ建築建物の出番だ。

「そして、その北部に南部から避難した人々を戻します」(二見氏)

北部での戦闘中、一日数時間の休戦時間が設けられた。その間に一日数万人の市民が南部に避難した。ハマス司令官ならば、そこに戦闘員を紛れ込ませる。ハマストンネルはガザ南部にも作られている。北部が危うくなれば、南部からイ軍のある北部地域にロケット弾を撃ち込む可能性もある。

「可能性は十分にあります」(二見氏)

南部戦線で戦端が開かれる。雨期が始まり、泥水に浸かったテントに100万人を超える避難民がいる。

「その避難民を北部にまた戻します。ガザ北部はイスラエルが管轄して、国連の復旧支援を得ているので、テント、住居、水、食糧、電気が取れます。帰りたい人は帰るわけです。その時、境界線の手前で検問をかけます。北部に武器はないですが、ハマスならば武器を持っています。そのハマスを逮捕します」(二見氏)

するとハマスが、レバノン南部にいるシーア派武装組織・ヒズボラから学んだ自爆テロをその検問所で起こす可能性がある。

「あり得ます。それだけではなく、北部帰還の混乱時に、南部から人々とイ軍が溜まっているところにロケット弾を撃ち込みます。しかし、ハマスと住民が混在するため、ガザ南部に対する空爆は精密な空爆が求められます」(二見氏)

ハマスとの戦闘は振り出しに戻るのか......。

「戻ることはないでしょう。これは推測ですが、イ軍はすでに北部から南部に移動する避難民を上空から無人機で監視して、避難民とハマス戦闘員の識別を行なっているはずです」(二見氏)

これは対自爆テロ犯対策におけるイスラエルの得意技だ。上空から避難民の顔を全て撮影して、AIで大量のデータから顔を識別。そのAIには10月に実施したハマス奇襲時の戦闘員も入っている。それを検問所で使用して、判別する。ハマス戦闘員は発覚を恐れて南部に滞留する。

「そのため、北部にハマス以外の人を早く戻すべきです」(二見氏)

ガザ南部で、北部のようなすさまじい戦闘になると喧伝する。元々、南部にいる住民たちも北部への移住をお勧めする。すると、復興途中のガザ地区北部に人が集まり、南部のパレスチナ人の中のハマスの混入率が著しく低くなっていく。

「そうすれば、イ軍は北部と同じことをやればいいんです」(二見氏)

南部ガザ地区戦闘の開始だ。

「当然イ軍はそこまでの作戦計画を作っています。南部作戦で重要視するのは、地下施設、トンネル、そして、ガザ地区からエジプトに繋がるトンネルの破壊です。ハマスとの戦いがシナイ半島へ拡大していくことを防止できることに対して、エジプトは好意的に受け取るでしょう」(二見氏)

ガザ地区がハマスで汚染された水に満たされていると仮定する。北部ではその水を地中に流し込んで処理した。そして、南部から北部に移動する時、その汚染水は検問所で濾過されて、ハマスが含有してない水となる。ハマス濃度の高い水は南部に溜まるため、エジプトに浸み出さないように処理するのだ。

「そうすれば、エジプトは喜ぶでしょう」(二見氏)

しかし、ここまで来るのにどれほどの時間が費やされるかは不明だ。11月8日、東京で開催されたG7外相会議で、パレスチナ自治区でのイスラエル軍とハマスによる戦闘を一時的に止める「人道的休止」を明記した共同声明を発表した。それがいち早く、実行されることを望む。

小峯隆生

小峯隆生こみね・たかお

1959年神戸市生まれ。2001年9月から『週刊プレイボーイ』の軍事班記者として活動。軍事技術、軍事史に精通し、各国特殊部隊の徹底的な研究をしている。日本映画監督協会会員。日本推理作家協会会員。元同志社大学嘱託講師、筑波大学非常勤講師。著書は『新軍事学入門』(飛鳥新社)、『蘇る翼 F-2B─津波被災からの復活』『永遠の翼F-4ファントム』『鷲の翼F-15戦闘機』『青の翼 ブルーインパルス』『赤い翼アグレッサー部隊(近刊)』『軍事のプロが見た ウクライナ戦争』(並木書房)ほか多数。

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