露軍ドローンエース・モイセイは、自爆型FPVドローンを使って、ドニエプル川を渡河中のウ軍兵士を攻撃した(写真:ウクライナ国防省)
ウクライナ戦争で無人機(ドローン)が使われ始めてから、この空戦は第一次世界大戦の複葉機と同じように進化した。それは、まずR偵察、次にB爆撃、その次にA攻撃。そして次に現れたのは、それらドローンを撃墜するF戦闘機である。
Fドローンは相手に激突自爆撃墜するものから、網を垂らして捕獲するタイプまで色々と出現した。詳細は過去の記事でも紹介しているが、ドローンの進化によってその戦術も飛躍的に進歩したのだ。
第一次大戦のF戦闘機は、5機撃墜するとパイロットはエースになれた。そして、100年後の21世紀の今、ドローンエースが誕生したのだ。
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ウクライナ軍(以下、ウ軍)が奪還を試みる南部へルソンの前線では、ウ軍がドニエプロ川を渡河(とか)し、左岸に対ドローン電子要塞を築いた。そのウ軍陣地は報道では今も健在だ。
しかし、その要塞へ兵員や兵站を補給するためには、川をボートで渡河しなければならない。そこにふたりのドローンエースが生誕したのだ。
ロシア軍(以下、露軍)に現れたドローンエースは、モイセイ。ウクライナのボート31隻、兵士398人を撃破するという戦果をあげた。そして、そのモイセイを仕留めたのが、ウクライナ軍のドローンエースのバルだ。
このエース同士にどんな空戦があったのか、考察を試みた。
まず、ウ軍は河川上空に飛来するモイセイのドローンを探知しなければならない。モイセイが自律型ドローンを使っていれば、電波探知は不可能だ。
しかし、河川ボート攻撃には自爆型FPVドローンを用いている。つまり、モイセイからそのFPVを操縦する電波が発せられ、ドローンからはカメラで撮られた動画がリアルタイムでモイセイに送られている。そのため、電波探知は可能だ。
世界各地でドローンの取材を続けるフォトジャーナリストの柿谷哲也氏はこう語る。
「据え置き型のドローン探知装置は車両で運搬する必要があり、露軍に上空から狙われる可能性があります。
なので、最初にウクライナ軍兵士が携帯型の探知装置を使用。その後、高性能の据え置き型を複数の兵士が現地で組立て、設置し、カモフラージュなどの偽装をしたと推定します」
そこでウ軍特殊部隊(SF)の出番だ。背負い式の探知装置を装備したSF兵士が、右岸の様々な所に忍びドローン電波を探る。そして「ドローンフィード」と言われるドローンの電波を集める作業を開始する。
続いて、モイセイが操っているであろうドローンの電波を探知した場所に、高性能の据え置き型探知装置を設置する。周囲に溶け込むように隠蔽して置くのだ。
ウ軍はまず、この背負い式のドローン操縦電波を探知する装置を使用した。写真は軍事見本市では定番となった電波探知装置(写真:柿谷哲也)
ウ軍特殊部隊兵士がその機器を背負い、秘匿偵察と同じく、身を擬装し、任務にあたる(写真:ウクライナ国防省)
航空自衛隊那覇基地302飛行隊隊長を務めた元空将補の杉山政樹氏は、この電波戦を戦闘機パイロットの立場からこう語る。
「モイセイのドローン操縦は送受信される電波に対して、居場所がはっきりしてしまうような無防備な状態ではないでしょうね。固定のレーダーサイトですら、違う周波数の電波を出して欺瞞したり、危ない時は電波封止をする。モイセイの電波の波長と出所は、なかなか分からなかったと思いますよ」
ならば、恐ろしい手段だが、命懸けでボート渡河するウ軍兵士にハンディータイプの探知装置を持たせる。そして、モイセイのドローンで攻撃された時、その兵士が戦死しなければ、どの波長のFPVドローンで操作されたのか探知することは可能なのだろうか?
「判別できると思います」(柿谷氏)
モイセイらしきドローンフィードを受信した地点には、擬装した探知装置を置いていく。写真は軍事展示会で販売される探知装置。(写真:柿谷哲也)
モイセイが操縦する自爆FPVドローンの電波を確実に受信できるのは、渡河ボートに乗るウ軍兵士だ。その手にはこの携帯式探知装置があれば......(写真:柿谷哲也)
FPVドローンの航続距離は3km。見通せる範囲でのラジコンとなる。すると、モイセイがウ軍ボートを攻撃する時は、攻撃された地点から直径6kmの範囲にいるはずだ。
「だから、FPVドローンを操縦しながら電波を出しっぱなしで、そこにモイセイがいるのはあり得ないと思います。レーダーサイトでレーダーがやられても、コントロール要員はそこにはいないですから。
操縦用電波を出すところはモイセイがいないところでしょうね。アンテナは何本もあって、いろいろな形態のアンテナから出せばいい。露軍の電子戦部隊はモイセイのいる位置を分からせないために、ウ軍にトラッキングが出来ないように工夫していたと思います」(杉山氏)
ウ軍の地上の電子戦部隊だけでは心許ない。この操縦電波の発信を割り出すのに、NATOは協力してないのだろうか。
「開戦直後からドイツを拠点とする米陸軍RC-12XやEO-5Cが、ポーランドとウクライナの国境スレスレの空域を常にグルグル回っていることが確認されています。
この2機種の役割は、地上基地、車両、兵士の電波を拾うこと。ドローンの操縦電波を拾うことも可能だと思います」(柿谷氏)
在ドイツ米陸軍のRC-12Xガードレールは開戦直後から国境上空から常時地上の電波を収集している(写真:柿谷哲也)
空中からの電波偵察と方位特定が出来れば、モイセイのドローンの電波がどこから出ているか、正確な地点が割り出せる。現にウ軍は、各戦線で露軍の電波妨害装置の正確な位置を割り出して、破壊に成功している。
『Forbes JAPAN』が去る1月22日に配信した【渡河ボート31隻沈めたロシアのエースドローン操縦士、ウクライナ軍が見つけ出し殺害】という記事によると、
<ドローン操縦士が敵のドローン操縦士を追跡して討ち取るという今回の対ドローン作戦は、ウクライナ軍がヘルソン州で昨年11月に行った作戦と類似点がある。
その作戦では、ウクライナ軍の電子戦チームの一員がロシア軍のドローンフィードをハッキングし、そのフィードを海兵隊のドローンチームに中継した。海兵隊のドローンチームは三角測量でドローンの拠点がある位置を割り出した>
とある。電波を探知するレーダーが3カ所にあれば、電波の発信地点が三角法で確定できるのだろうか。
「できると思います」(柿谷氏)
モイセイが潜む場所にはいくつか候補があり、NATOからの情報協力も受けながら、ウ軍電子戦部隊がひとつずつ潰し、やっとその位置を掴んだ。そこはヘルソン州内、前線から150m西側にある二階建ての家だった。
オランダからウクライナに供与された防空システム用レーダー・TRMLを駆使して、電波の発信位置を探知する(写真:オランダ陸軍)
R偵察用ドローンを離陸させて、その建物の監視を開始したのだろうか。
「モイセイは飛行音などから、ドローンが飛行していることはすぐに分かるでしょう。また、上空のドローンのカメラが優秀でも、個人を特定するほどの高解像度な映像を撮影することは容易ではありません」(柿谷氏)
ならば再び、ウ軍SFの出番だ。その地点まで偵察チームが秘匿接近。開戦当初は、露軍の将軍たちが不用意に使ったスマホの電波から位置を特定して、名うてのスナイパーチームを送り込んで、その露軍将軍を殺害した。
前述の『Forbes JAPAN』の記事によると、
<モイセイのチームがFPV(一人称視点)ドローンを操縦しているのを突き止めたうえで監視し、自軍の自爆FPVドローンを建物の入り口に突っ込ませた>
とある。つまり、偵察で潜入したSFが、狙撃ライフルの代わりに近くから自爆型FPVで狙撃した。スナイパーライフルで狙撃せずに自爆FPVでモイセイを爆死させたのは、目には目を、の流儀かもしれない。
狙撃ライフルは死角に逃げ込まれたら撃てない。しかし、自爆型FPVドローンならば回り込んで仕留められる。そして、その突っ込ませたFPVドローンの映像に映っていたのは、おそらく最後に驚愕な表情を浮かべたモイセイの姿だ。その動画が送信され、死亡が確認されたのだ。
ドローン空戦と思われた戦いは、実は狙撃手同士のスナイパー戦。これは歩兵戦闘の範疇に入る(写真:ウクライナ国防省)
ドローンエース対決はウ軍が勝利した。しかし、疑問は残る。果たしてこれは、ドローンエースと呼ぶべき戦いなのか。
元空自戦闘機パイロットの杉山氏はこう語る。
「第一次大戦、空の戦いで生まれた"空の騎士道"は、パイロットを狙わずエンジンや、翼端を狙い、パイロットは撃たなかった。これは第二次世界大戦の英独空軍の間で、その規範は受け継がれました。そして2024年に同じ欧州の空で、その騎士道は地に落ちたということです」
と、ここまで言うと、杉山氏は見事に翼を翻した。
「と、最初は思ったのですが、今回の戦いの詳細が分かるにつれて考え方を変えました。ドローンの戦いは対戦闘機戦闘の延長と言うより、<歩兵戦>の延長と考えるべきです。というのは、空戦の戦闘機とドローンを同一視すると誤解が生ずるからです。
戦闘機は人間と一体化した脅威。ドローンは無人で、同じ空戦として考えるのは難しい。だから、生身の人間が小銃を操る<歩兵戦>に置き換えてみると分かりやすい。自分が相手からやられる可能性があって、その中で相手をどう殺すのかという形になってきます。だから、<歩兵戦>の中のひとつの型だと思います。
そしてその型とは、狙撃手同士の対決。狙撃手の放った弾丸を撃ち落すのは不可能です。だから、その弾丸ではなく、狙撃ライフルを操作する生身の人間=狙撃手を狙うしかない。この場面では騎士道が介在しないし、仁義も無ければ何もない。あるのは殺すか、殺されるかの白兵戦に近い戦況です」(杉山氏)
F15C戦闘機が敵戦闘機をその空域から、空戦で駆逐する(写真:柿谷哲也)
空戦にはロマンが入り込む余地はあるが、地上戦の狙撃手戦闘にはその余地はない。やるか、やられるか。自爆FPVドローンの有効攻撃距離は、視認範囲3km。まさに長距離狙撃戦の戦場だ。これをエースパイロットと呼称すべきではないのではないか。
「エースパイロットは航空機対航空機の空戦における撃墜数をもとに、パイロットに与えられる称号です。仮に空中でのドローン対ドローンの戦闘で落としても、あるいは今回の例のように操縦者を地上でドローンを使って殺傷しても、それはエースパイロットとは呼べないといえます。
ただし、米空軍でさえドローンパイロットもパイロットとして扱っているため、将来的に優秀なドローンパイロットに与える名誉のような称号が、世界中の軍隊で使われることになるでしょう」(柿谷氏)
かつては対地攻撃専門の「攻撃機」が多く開発されたがその成果を「エース」とは呼ばなかった。写真は1998年まで使用されたA-4攻撃機(写真:米海兵隊)
杉山氏はこう言う。
「FとAのパイロットの違いですね。Fファイター、つまり戦闘機というのは、戦闘機同士の空戦をやるプライドがあります。自分がFが故に偉そうなことを言いますが、FとAでは性格が変わるんです。
A攻撃機、空自でいうところの支援戦闘機は、爆弾・ミサイルを抱いて最高速度の出ない海面スレスレを飛んで、最終的にはダッチロールしながらウェポンをリリースする。その上でF戦闘機は敵戦闘機と空中戦をやりながら、エリアスイープして、A攻撃機を行かせる役目をしています。
だから、AとFでは役目が全く違う。自分はF4の戦闘機パイロット、Fとなった。それは空で敵戦闘機と戦う職種で、エースの概念は理解できる。
Aは攻撃機で、翼下に搭載した爆弾・ミサイルをリリースして対地、対艦攻撃をする。攻撃機パイロットは、何回攻撃して戦果を上げても、エースとは呼ばれないですからね。
そして、ドローンパイロットは自分が戦場におらず、遠隔地から人を殺す状況を背負ってしまい、心を痛める。
しかし、FPVを操るドローンパイロットは、空中にはいないが、距離3kmという至近距離の地上にいて、操縦をし、自分もやられる可能性がある。歩兵戦の危険の中に身を置いているのは確かですよね」(杉山氏)
ウクライナでのこの戦いをドローンエースと最初に呼称したのが、軍なのか、マスコミなのかは分からない。しかし、その呼称には疑問が残るのだ。