静岡県知事選の候補者たちは、どんな姿勢を打ち出しているのか? 静岡県知事選の候補者たちは、どんな姿勢を打ち出しているのか?

川勝前知事の突然の辞職によって行なわれることとなった静岡県知事選(5月26日投開票)は、過去最多となる6人もの候補者が乱立する事態に!

注目の論点は「リニア」。そもそも静岡におけるリニアの問題点とは何か? 政治においてリニアはどういった存在なのか? 川勝前知事の功績とは? そして、候補者たちはどんな姿勢を打ち出しているのか? 徹底取材で明らかにする!

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■すべての始まりは「南アルプストンネル」

静岡県の川勝平太知事が4月3日に突如辞意を表明。4月1日の県入庁式での知事の訓示で「野菜を売ったり牛の世話をしたりと違い、皆さま方は知性の高い人たちです」と「職業差別」ともとれる発言があったことが原因だ。

辞意の表明にネットは沸き立った。「失言は許せない」との批判に加え、目立ったのが、「やっとリニアの邪魔者が消えた」といったリニア中央新幹線の建設を期待する声だった。

この数年間、川勝前知事はメディアやネットでは、リニア工事を認めない「悪者」扱いだった。だが、同氏はもとより「リニア推進者」を自認していた。ただ、JR東海に水源や生態系の保全の確約を求めていただけなのだ。

JR東海の報告書には、静岡工区におけるトンネル工事で県内8市2町が水源とする大井川の水が毎秒2t減ると示されている。これは、62万人分に割り当てられた水量に相当する JR東海の報告書には、静岡工区におけるトンネル工事で県内8市2町が水源とする大井川の水が毎秒2t減ると示されている。これは、62万人分に割り当てられた水量に相当する

事の始まりは2013年9月。JR東海はリニアが通る1都6県(東京、神奈川、山梨、静岡、長野、岐阜、愛知)で実施した環境アセスメント(土地開発などによる環境への影響の調査)の報告書である「環境影響評価準備書」(以下、準備書)を公表。静岡県の準備書では、南アルプスでのトンネル工事で大量の水が流出し、県の水源である大井川の水が毎秒2t減ると示されていた。

大井川を水源とする8市2町は驚き、川勝知事(当時)は「失われる水を全量戻すこと。それを協議する場にJR東海も参加すること」とした知事意見を提出。その結果、14年4月、県、有識者、そしてJR東海が話し合う「中央新幹線環境保全連絡会議」(以下、連絡会議)が発足した。

中央新幹線環境保全連絡会議(連絡会議)の様子 向かって左に有識者、右にJR東海、正面に県職員が座り、各自治体や関連部署のオブザーバーも多数参加する。平均すれば、年に7、8回ほど開催されているとみられる 中央新幹線環境保全連絡会議(連絡会議)の様子 向かって左に有識者、右にJR東海、正面に県職員が座り、各自治体や関連部署のオブザーバーも多数参加する。平均すれば、年に7、8回ほど開催されているとみられる

静岡県の市民団体「リニア新幹線を考える静岡県民ネットワーク」の林克共同代表は、「連絡会議がなかったら、とっくに南アルプスにトンネルは掘られ、大井川の環境は悲惨になっていたはず。この点で川勝さんの功績は大きい」と評価する。

同年8月にJR東海は環境アセスメントの最終報告書である「環境影響評価書」(以下、評価書)を国土交通省に提出したが、大井川の減流対策については「トンネル内に湧出した水をポンプで汲み上げるなどして大井川に戻す」と書かれているだけだった。

具体的な工法についての記述は皆無だが、14年10月に国交大臣はリニア計画を事業認可した。

■次々と明かされるリニア計画のずさんさ

その後も連絡会議ではさまざまな問題点が浮上した。

評価書では、「(リニア工事による)河川への水の汚れへの影響は小さいと予測する」と書かれている。だが連絡会議で有識者の委員が「降雨で濁水が発生するが、河川の水質への影響の具体的記述がまったくない」と指摘すると、JR東海は「そういう観点がございませんでした」と認めた。

ほかにも、「活断層の存在をどう調べたのか」「生物の移植候補地が決まっていない」「トンネル坑内からの排水を河川に流せる管理方法を書いてない」など多くの指摘がなされたが、これらに応じて、JR東海はその都度新たな資料の後出しを続けた。

そして、失われる水の全量戻しについて、当初は「必要に応じて」との努力目標を示すだけだったが、18年10月、県に送った「大井川中下流域の水資源の利用の保全に関する基本協定(案)」で、「トンネル湧水の全量を大井川に流す措置を実施する」と、ようやく全量戻しを約束。ここに至るだけで4年半を要した。

さらに、JR東海は評価書で扱う項目(水資源、生態系、騒音、振動など)のほぼすべてで、リニア工事と営業運転による「影響は小さいと予測する」と結論づけたものの、連絡会議ではその予測を一部修正し始めた。

20年12月25日、JR東海は「動植物の生息・生育環境が変化する可能性がある」「一部が保全されない可能性がある」と公表。筆者もその場にいたが、委員たちが「自分たちの評価書を自ら否定するとは」と驚いたのを覚えている。

同じく「影響は小さい」と予測した地下水位についても、最大で350m以上も低下することや、多くの沢の流量が最大で7割も減るなど、次々と新たな予測が明らかにされた。こうして、連絡会議での協議はいまだ続いている。

JR東海は、全量戻しの対策として、「導水路トンネルを建設して、トンネル湧水から毎秒1.3tを大井川に戻し、残りの0.7tはポンプアップして導水路トンネルに送る」などの案を示し、その方向性には県も同意している。

しかし、トンネルから突発湧水があった場合の対処、ポンプの台数や性能、濁水処理施設の数や性能、水温・水質管理などが詰め切れていない。生態系の保全についても、動植物への影響の回避や低減の実現という課題が残っている。問題は山積みなのだ。

■「国策」化していくリニア計画

そもそもリニアはJR東海の民間事業だ。だが、安倍晋三政権では「国策」と位置づけられ、国家プロジェクト級の扱いを受けてきた。

まず、財政支援。リニア計画の品川~名古屋間の建設費用は当初約5兆5000億円(現在7兆円)で、JR東海がこれをどう調達するかは不透明だった。

だが16年6月1日、安倍晋三首相(当時)が「リニアに財政投融資を活用する」と公表。財政投融資とは、「金融機関が国債を購入」し、「財務省は調達した資金を政府系の特殊法人に低利で融資」し、「特殊法人は事業を展開」するという制度。同年11月から翌17年7月まで5回にわたり累計3兆円がJR東海に融資された。

返済期間は40年。だが、最初の30年間が元本返済猶予期間で、加えて無担保という、民間金融機関ではありえない厚遇だ。

この融資のため、国は新幹線建設などを手がける独立行政法人「鉄道建設・運輸施設整備支援機構」という融資とは無縁の組織に、JR東海への融資機能を持たせるという無理やりな法改正まで行なった。これに反対したのは、共産党、自由党(現在は解党)、社会民主党・市民連合だけで、与野党こぞっての賛成だった。

また、リニアの線路の86%が地下走行だが、そのうち首都圏と中部圏の延べ約50㎞には、01年に施行された「大深度地下の公共的使用に関する特別措置法」(以下、大深度法)が適用された。地下40m以深の工事であれば、「地権者との交渉も補償金も不要」というとんでもない内容だ。

この大深度法の生みの親が、1990年代に「リニア中央エクスプレス推進国会議員連盟」事務局長を務めた野沢太三参院議員(当時)だ。筆者は12年に野沢元議員に「大深度法はリニアを意識した法律か」と電話取材したが、「リニア実現に不可欠とは思っていた」との回答を得た。

このように財政的にも法的にも政府はリニア建設の外堀を固めていた。だが、唯一、静岡だけが着工を認めない。そして、国交省の事務次官が自ら動く。20年7月10日。国交省の藤田耕三事務次官(当時)が静岡県庁を来訪し、川勝知事に「掘削前の坑口整備だけでもさせてほしい」と要請。

確かに、県は宿舎や取りつけ道路の建設などの準備工事は認めていた。だが、坑口整備は本工事に当たるとして、川勝知事はこれを毅然と断った。

直後の22日には、自民党の「超電導リニア鉄道に関する特別委員会」が開催され、オンライン参加した川勝知事は、「(JR東海との対話中なので)大井川については一滴も譲るつもりはない」と発言。林さん(前出)は、「川勝さんの『リニアより水と環境』を重視した姿勢は最後までぶれなかった」と高く評価する。

実際、リニア計画のルート286㎞のうち、7分の1にあたる山梨リニア実験線(約43㎞)では、JR東海が明らかにしただけでも34の水枯れが起きた。

かつては釣りの人気スポットだったのに、リニア工事後、一滴の水も流れなくなった沢もある。筆者が近隣住民を取材すると、「川勝さんが山梨の知事だったら、こんな水枯れはなかった」と悔しがっていた。

リニア工事によって枯れてしまった山梨県の川 山梨県のリニア実験線周辺では多数の川や沢が枯れた。上野原市にある「棚の入沢」は釣りの人気スポットだったが、近くでリニアトンネル工事が始まった数年後、一滴の水も流れなくなった リニア工事によって枯れてしまった山梨県の川 山梨県のリニア実験線周辺では多数の川や沢が枯れた。上野原市にある「棚の入沢」は釣りの人気スポットだったが、近くでリニアトンネル工事が始まった数年後、一滴の水も流れなくなった

■候補者乱立! 「リニア知事選」開幕

そんな川勝知事の辞任を受けて、「リニアが焦点」と喧伝された今回の知事選。候補者は同県過去最多となった。届け出順に、政治団体代表の横山正文氏、共産党県委員長の森大介氏、前浜松市長の鈴木康友氏、元副知事の大村慎一氏、自営業の村上猛氏、会社役員の浜中都己氏の6人だ。

自民党推薦の大村候補と、立憲民主党・国民民主党推薦の鈴木候補は、共に川勝知事のリニア政策については「引き継がない」旨の表明をしている。これを受けて、「すぐにリニア工事を許可するのか」と恐れた県民有志は動いた。「川勝知事の再出馬を求める」署名運動をオンラインと街頭で始めたのだ。

中心人物のひとり、村野雪さんは「日本の環境保全の歴史で、ここまで徹底した環境アセスメント手続きを続けた事例はほかにない」と川勝知事の続投を願っていた。集まった1987筆は5月2日に川勝知事に手渡された。川勝知事は「(署名を)重く受け止めます」と語ったそうだが、結局再出馬はしなかった。

川勝知事の再出馬を求める署名提出の様子 5月2日の正午。県民有志が集めた「川勝知事の再出馬を要請する」署名1987筆を川勝前知事(写真中央)に手渡した。アポなし訪問だったが、同氏は快く17人の県民を受け入れた 川勝知事の再出馬を求める署名提出の様子 5月2日の正午。県民有志が集めた「川勝知事の再出馬を要請する」署名1987筆を川勝前知事(写真中央)に手渡した。アポなし訪問だったが、同氏は快く17人の県民を受け入れた

そして、告示日を迎えた5月9日15時。静岡駅前で鈴木候補の演説があった。聴衆は100人弱。意外にもリニアにはひと言も触れなかったため、理由を尋ねたところ、「県政はリニアだけではない」との回答があった。

一方で、県内の8市民団体が立候補者に送った公開質問状へは「大井川流域の住民がナーバスになるのは当然なので、慎重な協議が必要だ」と、慎重な姿勢も示している。

鈴木康友候補の演説の様子 5月9日。静岡駅前で選挙活動をする鈴木氏。最高の立地でありながら聴衆はそれほど多くなかった 鈴木康友候補の演説の様子 5月9日。静岡駅前で選挙活動をする鈴木氏。最高の立地でありながら聴衆はそれほど多くなかった

同日18時。沼津駅前では大村候補の出陣式が行なわれた。

静岡県東部の12の自治体(南アルプストンネルの工事が水資源に影響する8市2町とは別)の首長が一堂に会し、自民党の細野豪志衆院議員の後援会が何台ものマイクロバスで駆けつけ、JA関係者やガソリンスタンド関係者などの動員組も合わせ、500人以上が集まった。そこで、大村氏は「リニアは1年以内に決着をつける」と明言。自民党の意気込みが伝わってくる。

しかし、19年に県がJR東海に示した47の「引き続き対話を要する事項」のうち、対話が終わったのは5年間で17項目だけ。残り30項目の対話が「1年以内」で可能だろうか。この点を質問しようとしたが、大村候補は出陣式直後に選挙カーで移動してしまった。

大村慎一候補の演説の様子 5月9日。沼津駅前での大村氏。自民党国会議員、県東部の首長たち、労組のトップなどの応援を浴び、熱気に満ちていた 大村慎一候補の演説の様子 5月9日。沼津駅前での大村氏。自民党国会議員、県東部の首長たち、労組のトップなどの応援を浴び、熱気に満ちていた

翌10日の朝9時10分。富士駅近くで、「リニア工事中止」を打ち出す森候補の選挙活動が行なわれたが、政見放送収録のため同候補は不在だった。

代わりに演説をした元県議の鈴木節子氏に「森氏は川勝政策を引き継ぐのか」と尋ねると、「水源を守るとの当たり前を主張しただけで川勝さんは叩かれましたが、高く評価されるべき。私たちも水を守ります」と強調した。ただし、周知活動の遅れか、また動員もしていないためか、現場の聴衆はほぼゼロだった。

しかし、大井川の減流を心配する住民が多い8市2町では、森氏の主張は注目されるだろう。そこでも果たして大村氏が「1年以内に決着」と言うのか、鈴木氏が何を語るのかにも注目だ。

また、横山候補はリニアに関して「即座に工事を許可」、村上候補は「リニア問題を最初から検証」、浜中候補は「時効制限なしの補償を条件に静岡工区着工を認める」と表明している。

森 大介候補の代理人の演説の様子 5月10日。富士駅近くでの森氏の選挙カー。本人は不在だったが、リニア反対を表明しているだけに、8市2町でどれだけの関心を寄せられるかがカギになる 森 大介候補の代理人の演説の様子 5月10日。富士駅近くでの森氏の選挙カー。本人は不在だったが、リニア反対を表明しているだけに、8市2町でどれだけの関心を寄せられるかがカギになる

投開票日は5月26日。誰が知事になっても、連絡会議という枠組みがすぐに崩れるわけではない。だが、川勝知事という「重し」が取れ、これからリニア計画はどうなるのか。静岡県民の選択から目が離せない。

樫田秀樹

樫田秀樹かしだ・ひでき

社会問題や環境問題を中心に取材活動を続け、特にリニア中央新幹線の取材は10年以上にわたる。著書『悪夢の超特急 リニア中央新幹線』(旬報社)は、2015年度JCJ(日本ジャーナリスト会議)賞を受賞。ほかに『リニア新幹線が不可能な7つの理由』(岩波ブックレット)などがある。外国人の入管・難民問題も取材中。

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