佐藤優さとう・まさる
作家、元外務省主任分析官。1960年、東京都生まれ。同志社大学大学院神学研究科修了。『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)で第59回毎日出版文化賞特別賞受賞。『自壊する帝国』(新潮社)で新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞受賞
ウクライナ戦争勃発から世界の構図は激変し、真新しい『シン世界地図』が日々、作り変えられている。この連載ではその世界地図を、作家で元外務省主任分析官、同志社大学客員教授の佐藤優氏が、オシント(OSINT Open Source INTelligence:オープンソースインテリジェンス、公開されている情報)を駆使して探索していく!
前回、『【#佐藤優のシン世界地図探索86】トランプ革命① 米大統領選挙で"アメリカ王"となったトランプ』はこちらから
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――佐藤さんは前回の連載で、"王"となったトランプは「司法権を超えること」から手を付けるとおっしゃっていました。司法権を超えるとは、法を超えるアウトロー(無法者)になるという意味ですか?
佐藤 そういうことではありません。
まず、アメリカの大統領が持っている権限は絶大です。それをいままでの大統領はみな、行使してこなかったので"王"にはなりませんでした。しかし、トランプ王はその権限を行使せざるを得ない状況に置かれてしまったのです。
――たくさん訴追されているからでありますか?
佐藤 そうです。だから、司法権を超えないとトランプは仕事ができない状態なんです。
――裁判に関係する者を全員、ギロチンで処刑するのですか?
佐藤 そこまではしません。トランプは刑事被告人として多くの裁判を抱えていますが、有罪になった場合、かなり面倒なことになりますよね。犯罪者が国を運営するトップになるということですから。そうなれば、超法規的に免訴するか、刑の確定後に恩赦にすることになります。
――それはややこしいですね。
佐藤 とにかく、概念で説明できないようなことで、この裁判は散ってしまわないとならないのです。
――トランプ革命の最初の目標は、司法権を支配することですか?
佐藤 近いのですが、支配するのではなく、司法権に対して拒否権を持つことです。もっともこれについてはバイデン大統領が12月1日に、次男のハンター・バイデン氏を恩赦しました。ハンター氏は薬物依存の事実を偽って違法に銃を保持したとして有罪評決を受けています。
――すでに自分の概念では、理解も説明もできない状況です。どのように拒否権を持つのでしょうか?
佐藤 戦前のミュンヘン大学に、オットー・ケルロイターという国法学者がいました。東大でも教鞭(きょうべん)を取っていた人物です。
彼の著書に『ナチスドイツ憲法論』があります。この本では、権力を獲得したヒトラーがワイマール憲法を改正し、ナチスドイツ憲法を作ろうとする話があります。しかし、それに対してケルロイターは反対します。
――なんでまた。相手は「総統」ですよ?
佐藤 要するに、英米の自然法に学ぶべきだというのです。実は、ドイツにも自然法はあります。
ゲルマン民族の血とゲルマンの土地によって作られた自然法であり、この自然法は常に人格によって体現されます。つまり、アドルフ・ヒトラーという総統の人格によって、体現されるということを意味します。
――なんと!
佐藤 総統がこの血と土地の自然法に基づいて、ワイマール憲法と矛盾する血の純血法やユダヤ人排除法とか、国防法とかを作っていけば、成文憲法を超えるものとなります。
要は、総統というドイツの目に見えない憲法です。この総統を中心にシステムを作ればいいのであって、憲法改正なんてものにエネルギーをかける必要はない、と、ケルロイターは主張しました。
だから、ナチスドイツ時代、憲法はずっとワイマール憲法のままだったんです。
――素晴らしい論法であります。
佐藤 これと同じことをすればいいわけですから、トランプは憲法改正をしません。そして、改正などせずに司法に対して拒否権を持つことも可能になるわけです。
――トランプ王自体が法ですからね。
佐藤 これを補助線として考えると、いま起きている事が非常によく分かります。これぐらいしないと米国はもう生き残れないんですよ。
――どこから見ていけば良いのでしょうか?
佐藤 トランプ王の主張が、果たして間違えているかどうか、そこを見ていくことが重要です。
――なるほど。
佐藤 まず、トランプは合法的な移民反対していません。「不法移民を入れるな」と言っています。
なぜなら、不法移民は無権利状態に置かれ、低賃金でこき使われてキツくて汚い、危険な仕事をやらされます。これが、一般米国人の賃金を引き下げているんです。一方で、その低賃金によって、米国のエスタブリッシュメントたちは安楽な生活をしているという状況です。
そして、不法移民は入り続けてきます。そうしたら、壁を作らざるを得ないんです。イスラエルがテロリスト流入阻止のために、ガザ地区に壁を作っているのと一緒ですよね。ここまで、何か間違えていますか?
――間違えていないです。メキシコとの国境に壁を作るしかないです。
佐藤 次に、僕がロシアから日本に帰ってきた1994年、1ドルは78円でした。しかし、現在1ドル150円と円安です。トヨタの経常利益は、円ベースで空前の好決算です。
これ、「為替ダンピング」ではないですか? 日本製品というモノを、為替ダンピングでバンバンと米国に出していますよね。
――言われてみればそうですね。
佐藤 そんな事をやられてしまったら、中国にしても同じです。人民元の評価は、購買力平価ベースで見たらドルと比べて著しく低いんじゃないですか?
このように為替ダンピングで、モノが中国や日本からガンガンと送られています。そうしたら、いつまでも米国の製造業は戻りません。額に汗して働く人が豊かになっていくという米国を考えた場合、製造業が国内になければ雇用が確保できません。そして、それが出来ない事には米国は強くなりません。
そうしたら比率はともかく、そういうモノに関税をかけるようになります。関税をかけたくなければ、米国に工場を持ってきて国内の雇用を作れということです。そうすれば、米国の製造業がよみがえります。これ、何か間違えていますか?
――微塵の間違いもございません!! これらはトランプ王の「内在理論」ですか?
佐藤 そうです。内在理論ではありますが、同時に選挙によってその方向性に進む米国を、米国の多数派が承認したということだと思います。
実際、米国の国際経常収支を見てもわかるように、ペトロダラー(オイルマネー)を流したところで、赤字は絶対に改善できませんよね?
――赤字垂れ流し状態です。
佐藤 それをどうやって解消しているかというと、基軸通貨であるドルをどんどん輪転機で刷って、それで発行した債券を外国人に買わせているわけです。これ、踏み倒しているだけですよね?
――確かにそうです。
佐藤 米国も払えませんからね。だから、米国の大学生たちが学生ローンでひとり6~7000万円も借金できるのは、最後に安心して踏み倒せるからです。すると、これは米国全体のモラルハザードです。
――はい。
佐藤 それが産業、特に製造業を空洞化させているわけです。やはり製造業はきついし、油まみれになるし、筋肉を使って疲れるし大変ですよ。だから、アウトソーシングしています。そして、米国はいま戦争もアウトソーシングしてるじゃないですか。
――それは、主にどこでやっていますか?
佐藤 ウクライナですよ。かつての米国であれば、自由と民主主義ためだったら『ランボー3 怒りのアフガン』ではないですけど、アメリカ人が自ら戦地に行ったはずです。
――確かに行きます。
佐藤 血を流すことによって自分たちの価値観を守ったはずなんです。こんな戦争のアウトソーシングを30年前の米国だったらやったと思いますか?
――やっていないと思います。
佐藤 だからバイデンの米国を見てわかるのは、価値観が完全に「宗教ゼロ」の国なんですよ。
トランプ革命というのはそのニヒリズムに対抗して、米国を取り戻そうとしています。
上手くいくかはわかりませんが、ヨーロッパは絶望的までにニヒリズムに陥っています。だけど、私は米国にはまだ再生の希望があると今回の選挙で見えました。
――いまの米国は、歴史上のローマ帝国が収縮していく過程に似ていませんか?
佐藤 その通りです。西ローマ帝国になるのか、東ローマ帝国になるかの違いです。ハリスが当選していたら西ローマ帝国になりました。しかし、トランプは上手に収縮して、長く続けていく東ローマ帝国を選択したということです。
ハリスの西ローマ帝国だと、恐らく中国に覇権交代されるような道を選んでいるはずですからね。トランプは恐らく東ローマ帝国化(ビザンツ)し、徐々に縮小して、ひとつの循環的なシステムを作ると思います。そして、そのシステムは北米を中心に、中南米も太平洋も巻き込んで、縮小した米国を作って行くことになります。
これまでペトロダラーを頼って、ちょっと才覚のある奴が大金を手にしていた米国との決別ですね。
――リベラル用語を使用すると、『持続可能な帝国』にしていくということですか?
佐藤 そういうことです。それをやるには世俗化された形でもいいから、宗教的な使命感がないとできません。
――その東ローマ帝国化した米国の最西の辺境に位置する日本は、中華大帝国とどう付き合って生き残ればいいのですか?
佐藤 中国との間の棲み分け、それだけです。中国が国内で何をしようが関与せず、「ただし我々日本に中国のルールを押し付けないでね、軍事侵攻しないでよ」というだけです。極端な形で言うと「国内で何しようが勝手にしてください、だけど、こっちには来ないでね」、です。
――なんとなく心細いですが。
佐藤 ただし、何かしてくる可能性があるので、防衛力は合理的かつ十分なレベルに高めなければなりません。
――そして、収縮していく東ローマ帝国となった米国の最西端でくっついて生き残る。
佐藤 そうです。
「トランプ革命③ 敗北した西洋の惨状」へ続く。次回の配信は2024年12月13日(金)予定です。
作家、元外務省主任分析官。1960年、東京都生まれ。同志社大学大学院神学研究科修了。『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)で第59回毎日出版文化賞特別賞受賞。『自壊する帝国』(新潮社)で新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞受賞
1959年神戸市生まれ。2001年9月から『週刊プレイボーイ』の軍事班記者として活動。軍事技術、軍事史に精通し、各国特殊部隊の徹底的な研究をしている。日本映画監督協会会員。日本推理作家協会会員。元同志社大学嘱託講師、筑波大学非常勤講師。著書は『新軍事学入門』(飛鳥新社)、『蘇る翼 F-2B─津波被災からの復活』『永遠の翼F-4ファントム』『鷲の翼F-15戦闘機』『青の翼 ブルーインパルス』『赤い翼アグレッサー部隊』『軍事のプロが見た ウクライナ戦争』(並木書房)ほか多数。