それなりにうまくて安くてたらふく食べられる、大手外食チェーンの激安メニュー。
「でも、よく言われることですが、安さにはそれなりの理由があります。その本当の意味をわかっていますか?」
そう話すのは、『激安食品が30年後の日本を滅ぼす!』(辰巳出版)の著者で食品安全教育研究所の河岸宏和氏。これまでハム・ソーセージ工場、コンビニ向け惣菜工場、食品スーパーの厨房衛生管理...を担ってきた、"食品業界を知り尽くす男"と評される人物だ。
前回の立ち食いそばチェーンに引き続き、今回は焼肉チェーンの安さの理由について取り上げる。まず、最近の業界動向について食品業界紙・記者A氏がこう話す。
「焼肉店の店舗数は現在、全国に約1万2千店ほどで、客単価2千円前後の低価格チェーンが業界をリードしています。国内外に約600店舗を構える『牛角』、約200店舗の『安楽亭』に『焼肉屋さかい』『すたみな太郎』『焼肉きんぐ』などが追随しています」
そこで最近、大手焼肉チェーンでよく見かけるのが"やわらか加工"。チェーンごとに表記は異なるが、メニュー表の最下部に『※当店ではお肉をやわらかくする加工を施しております』などと記されていることが多い。
やわらか加工とは一体...? 河岸氏がこう解説する。
「工場で、剣山のような100本程度の注射針を牛肉にブスっと刺して牛脂を注入する、インジェクションと呼ばれる製法です。これを施せばパサパサで肉質が硬い安価な外国産牛も人工的に霜降り肉へと様変わり。脂の乗ったジューシーな肉ができあがります」
カルビ、ハラミ、タンはこれとは違ったやわらか加工が施されることが多いという。
「牛の骨の周りについている端肉(はにく)や内臓肉をミンチ状にしたものを結着剤で固め、植物性たんぱくなどの添加物を混ぜてやわらかくし、さらにビーフエキスなどで味つけする。いわゆる成型肉と呼ばれる肉ですね。少数派ではありますが、メニューに『カルビ(成型肉)』などと正直に表記するチェーンも出てきました」(河岸氏)
なるほど、安い焼肉にはそれなりの理由があるというわけだ。これらのやわらか加工肉を"偽装肉"なんて呼ぶ人もいるが、「製法自体は違法でもなんでもない」(河岸氏)。ただし、その扱いには食中毒のリスクがつきまとう。
「牛肉には肉の表面に下痢を引き起こすO―157(病原性大腸菌)が付着しています。焼けば菌は死滅しますが、ナマ肉の段階でインジェクションを施す(注射針で牛脂を注入する)と、表面に付着していた菌が肉の内部に入り込んでしまいます」
つまり、中までしっかりと火を通さないと食中毒になるリスクが出てくるわけだが...
「『しっかりと焼いてください』とメニューに注意書きしたり、接客時に店員が教えてくれる店が比較的少ないのが実情です。ひどい場合はやわらか加工を施していることには一切触れず、『霜降り肉』としかメニューに書いていない店もあります」(河岸氏)
自然解凍もせずそのまま提供する店
安心・安全への意識は店のメニューや店員の接客に表われるというわけだが、その一方で、やわらか加工肉を一切使用していない低価格チェーンもある。安楽亭だ。
「安楽亭は創業以来、インジェクションや結着肉、成型肉を一切使わず、自然由来の肉だけを提供している数少ない焼肉チェーンです」(前出・業界紙記者A氏)
では、各チェーンが強調する「安くてうまい!」は本当だろうか? 河岸氏に聞くと...、
「肉はお寿司と一緒で切りたてが一番うまい。こだわる店は注文後に店の厨房で一枚一枚、手切りしていますが、低価格チェーン店では、食肉の卸売業者や自社のセントラルキッチンで事前にカットした冷凍肉を仕入れています。その後、厨房で解凍してお皿に盛るだけだから、飲食未経験のバイト従業員でも十分に対応できます」
調理の手間を省けば低コストで済むが、その分、美味しさが犠牲になる。
「牛肉はスライスすると少しずつドリップ(旨味成分)が流出しますので、肉を切ってから時間が経てば肉の旨みが損なわれます。肉を焼いて食べたらパサパサだった...なんて経験があるでしょう? あれがドリップが完全に抜けた状態です」
つまり、ドリップの流出をいかに防ぐか?が各チェーンのこだわりが出る部分となる。
「ドリップの流出を最小限に食い止めるために重要になってくるのが肉の解凍です。その最善の方法は、冷凍肉の中心部と表面を均一の温度で解凍すること。具体的な方法としては、冷蔵庫に入れてじっくりと解凍する自然解凍がベストです」
では、各チェーンはどうしているのか? 回答をもらった2社は...、
安楽亭(埼玉県内某店)「冷蔵庫に入れて解凍しています」
牛角(東京都内某店)「冷蔵庫に入れて自然解凍しています」
両チェーンとも、冷凍庫に入っていた肉をその日に使う分だけ冷蔵庫に移し、自然解凍しているようだ。ただ、ここから先が味へのこだわりに差が出るところで...
「平日の昼時や週末夜などのピーク時には、解凍が済んで提供できる状態にある肉がどうしても足りなくなる時があります。そうなると、もうドリップの流出なんて考えてられません。『お湯で溶かして早く出せ』と社員に指示されます」(焼肉チェーンA店・店員)
「タンとか薄い肉は、凍ったまんま出しちゃいますね」(焼肉チェーンB店・店員)
マニュアルでは自然解凍をするようにと書かれてはいても、店員の意識が低ければ、パサパサの肉やカチカチの肉が客に提供されてしまうことになるわけだ。
安さを維持するために店側が偽装を...
そんな中、焼肉チェーンの中でも肉の品質に強いこだわりを見せているのが『焼肉屋さかい』だという。前出の業界紙・記者がこう話す。
「焼肉屋さかいはあらかじめスライスされた肉ではなくブロック肉を仕入れ、厨房で部位ごとに手切りしています。また、仕入れた肉は冷蔵庫で1日かけてじっくり解凍し、解凍した肉がなくなれば『品切れ』にしています。店内に肉を捌ける職人を抱え、味が劣化した肉は客に食べさせない。品質への意識の高さは業界トップクラスといえます」
切りたての肉を提供するチェーン店は他にもある。ただ、肉の切り方も品質を左右するポイントのようで...、
「肉は部位ごとに繊維や筋の向きを見極め、それに対して垂直に刃を入れるのが正しい切り方ですが、平行に刃を入れてしまうとスジが残り、焼いて食べると噛み切りにくくなってしまう。残念ながら、誤った切り方をしてしまっている店も少なくありません。切りたてにこだわるのはいいですが、実にもったいない話です」(河岸氏)
解凍方法がずさんでドリップが出すぎた肉や、切り方を間違えてスジが残った肉というのは、客からすればまだ「安いからしょうがない」とガマンできるレベルなのかもしれない。だが、安さを維持するために店側が偽装を働いているとしたら...。
「実際、一部の激安店では偽装が日常的に行なわれています。よく見られるのは、ロース肉の周辺にバラ肉をつけたものを『ロース』として提供する方法。バラ肉とロース肉は牛の体の中でつながっており、職人のさじ加減でいくらでもくっつけることが可能なんですね。そこで、ロース肉の価格を100円とすると、バラ肉は60円ほど。ロース肉にバラ肉をくっ付ければくっ付けるほど、店側の利益が多くなるというわけです」(河岸氏)
やはり偽装ロースがあれば偽装カルビもある、と。
「カルビとは肋骨の周辺についているバラ肉のことで、赤みがかって脂の乗ったお肉。でも、牛の体の中には腕にもモモにもいろいろなところに"カルビみたいなお肉"があるんですね。すべてとはいいませんが、一部の激安チェーンは『1円でも安く仕入れよう』と、その"カルビみたいなお肉"を買って『カルビ』として提供しているところもあります」
では、そんな偽装がまかり通るのはなぜか。
「まず、この業界には『ロース肉はこの部分』『カルビはこの部分』といった明確なルールがありません。加えて、それぞれの違いはプロが見れば一目瞭然なんですが、一般の方は『ロース肉は赤い部分』といった程度の認識でしょう。消費者の知識が追いついてないことをいいことに、一部の店では意図的に偽装が行なわれているというわけです」
さらに、店の背後には巧妙に偽装を行なおうとする卸業者までいるそうだ。
「外部の目が行き届きにくい自社の工場で、卸業者が偽装肉を店側に高く売りつけているケースもあります。今の焼肉チェーンは肉の知識がない社長や幹部が多いので、これを見破れないんですね。店側は騙(だま)されたとも知らずにその肉を客に提供し、いつの間にか加害者になっている。11年にユッケで食中毒を出し、5人が犠牲になった激安焼肉チェーン『焼肉酒家えびす』の食中毒事件がこのパターンでした」(河岸氏)
低価格チェーンとひと口にいっても、安さと美味しさを両立する焼肉店や、美味しさより安さを優先する焼肉店などいろいろある。中には、安さを追求しすぎて偽装を働く焼肉店も...。
安いなりにそれを承知で味わえればいいというのならそれまでだが...。安さに誘われ、"行ってはいけない焼肉店"に入りたくないという人は、もう少し肉の知識を身につけておいたほうがいいかもしれない。
(取材・文/興山英雄)