ナイジェリアは14%、マレーシアやセネガルは11%もの人がISについて「好ましい」というイメージを持っている(PEW RESEARCH CENTER調べ ※四捨五入のため内訳の合計が100%にならない場合も) ナイジェリアは14%、マレーシアやセネガルは11%もの人がISについて「好ましい」というイメージを持っている(PEW RESEARCH CENTER調べ ※四捨五入のため内訳の合計が100%にならない場合も)

昨年1月に起きたフランスのシャルリー・エブド襲撃事件に続いて、11月にはパリ同時多発テロ、今年の3月にはベルギーのブリュッセル空港などで連続爆破テロが…。ヨーロッパ各地でイスラーム国(IS)によるテロが頻発している。

一方、「ISの壊滅」を目指して続けられる空爆は大量の難民を生んでいる。その難民はヨーロッパに押し寄せ、イスラーム排斥運動を刺激、次のテロが導かれる…。この負の連鎖を止める手立てはあるのか?

中東研究者で同志社大学の内藤正典教授と、日本唯一のイスラーム法学者である中田考こう)氏が緊急トーク! 『イスラームとの講和』(集英社新書)を刊行したばかりのイスラーム学者ツートップが前回記事(「イスラームへの無理解が悪化している」)に続き、語り尽くした後編。

■イスラーム差別が進み、さらなるテロを招く

内藤 先ほど中田先生の話にもありましたが、今、ヨーロッパでのイスラーム差別、排斥運動の高まりは非常に深刻な状況になっています。

例えばドイツでは、ムスリムの人たちを排斥しようという運動が急激に盛り上がっていて、PEGIDA([ペギーダ]西洋のイスラーム化に反対する欧州愛国主義者)という政治団体が反イスラーム運動を繰り広げ、それに呼応する人たちも増えている。

昨年、テロの標的となったフランスでは、イスラーム教徒が街を歩いているだけで敵対的なまなざしを受けます。かつてはイスラームも難民もウエルカムだったオランダでさえ、イスラーム排斥運動が台頭し始めています。

興味深いのは反イスラームを訴え、「コーランを禁書に!」とまで主張しているオランダの自由党が、本来はいわゆる右翼でなく「リベラル」が暴走した政党だということです。今や、イスラーム教徒や難民を排斥したいのは極右だけではないのです。

中田 確かに今やヨーロッパには「ムスリムはみんなテロリストだ!」と、初めから決めつけている人がたくさんいますからね。

内藤 ところが、彼らは「なぜヨーロッパにはこれほど多くのイスラーム教徒が移民として暮らしているのか?」という基本的なことを全く理解していないんです。

今から半世紀ほど前にヨーロッパに移民したイスラーム教徒の多くは、当時ヨーロッパで不足していた労働力を補うために積極的に受け入れた外国人労働者です。そうした第1世代の人たちは強い宗教色もなく、ただ働くために地中海を隔てた北アフリカやトルコなどから「求められて」移ってきたんです。

それが1973年にオイルショックが起きてヨーロッパの経済が停滞すると、「移民が労働市場を圧迫している」といわれ、失業率が上がると今度は「移民が社会保障費を食いつぶしている」などと批判されるようになった。

追い詰められた移民が過激思想に…

 中東研究者・内藤正典氏 中東研究者・内藤正典氏

移民は都合のいい「景気の調整弁」として使われただけで次第に社会の中で虐(しいた)げられ、行き場を失ってゆく…。第2世代以降のイスラーム教徒の移民は、すでにアラビア語など親の祖国の言葉も話せず、帰ることもできない。

そして90年代に入り、東西冷戦が終わり、「文明の衝突」が言われだして、「次の敵はイスラームだ」と公言する政治家などが現れると、急激にイスラーム教徒に対する差別や排斥感情が広がり始めた。

もともとは自分たちの都合で彼らを移民として受け入れておきながら、今度は一方的に追い詰めている。その責任は、むしろヨーロッパの側にあるということを全くくわかっていません。

中田 そうして自分たちの居場所を失い、虐げられた人たちが、次第にイスラーム教徒としてのアイデンティティに目覚めて傾倒していくのです。

内藤 そんな移民たちのごく一部、例えば「1万人に1人」がISのような過激思想に染まるとします。

すると現在、イスラーム教徒の移民の数がフランスとドイツでそれぞれ約480万人、ベルギーが68万人ほどですから、わずか1万分の1だとしても、恐ろしい数のイスラーム教過激派を生み出してしまう可能性がある。

しかも、ヨーロッパや日本の多くの人たちが「異常で残虐な集団」だと思っているISに対してシンパシーを感じている人の割合は、ある調査によると最も多いのがナイジェリアで14%、マレーシアやセネガルで11%、パキスタンで9%、トルコでも8%です。

もちろん、私も個人的にはISは異常な集団だと思っているし、支持しているわけでもありませんが、トルコの人口の8%といえば約600万人。これだけの人たちが支持しているものを「異常だ」と切って捨てるだけで、本当にテロはなくなるのでしょうか?

「なぜ、そういう集団に惹(ひ)かれる人たちが出てくるのか?」

その現実を直視し、原因を解明する姿勢がヨーロッパの側になければテロを防ぐことはできないのに、実際にはまるでそうなっていない。逆に、イスラーム教徒への差別と排斥が強まり、さらに追い詰めているというのが現状です。

難民を生んだのはISよりも空爆!

 イスラーム法学者・中田考氏 イスラーム法学者・中田考氏

―数百万人という規模で押し寄せるシリア難民の問題が、ヨーロッパ各国の反イスラーム感情をさらに刺激している面もあるようですが?

中田 多くの人たちが誤解していることがあります。それはシリア難民といわれている人たちのうち、ISの統治から逃げ出した人たちよりも、シリア政府軍や有志連合、ロシア軍などの「空爆」から逃げてきた人たちのほうがはるかに多いということです。

そして、居場所を失い逃げ出してきた難民たちをヨーロッパ各国は無理やり追い返した。その結果、仕方なく密航で海を渡ろうとした難民のうち約3700人が、この1年で命を落としています。

つまり、大量の難民を生み出し、その難民を拒絶し、結果的に彼らを殺しているのもヨーロッパ人なのです。

内藤 また、ISが出現する以前、2014年初頭の時点で、すでに300万人のシリア難民がいたということを忘れてはいけません。シリア難民の大半を生み出したのは誰かといえば、内戦で自国民を殺戮(さつりく)し続けたシリア政府軍とそれを支援するロシア軍です。アサド政権は殺傷力の高い「樽(たる)爆弾」を無差別に落とすなどして、2011年の内戦開始からこれまでに自国民18万人を殺したといわれています。

そこに、IS壊滅の名目でアメリカなどの有志連合が空爆を始め、ロシア軍も空爆をさらに強化しています。

内戦が始まる前のシリアの人口は2300万人でしたが、すでにそのうちの半数以上が家を離れ、数百万人が難民として国外に脱出している。空爆から命からがらトルコまで逃げてきた難民は、さらに海を渡ってEU加盟国のギリシャを経由し、ドイツなどに逃れようとします。

しかし、彼らは国境検問で追い返されてしまう。往復32ユーロ(約4千円)のフェリーでギリシャに渡ることもできず、危険を冒し、ひとり十数万円を払って密航業者を頼らざるを得ない…。

中田 ヨーロッパの側がこんな状況を放置しながら、「人権」だの「人道」だのと言っているのは欺瞞(ぎまん)でしかありません! 正直、今の難民の扱われ方を見ていると、ナチス時代のユダヤ人の扱いが思い起こされます。

内藤 トルコはすでに270万人のシリア難民を受け入れていますが、今のところ組織的な排斥運動は起きていません。一方、EU加盟28ヵ国は100万人程度の難民をさばき切れていないという状況です。去年の秋には、最初の16万人を各国に割り振る合意があったのに、現時点で割り当てがうまくいったのはわずか900名。これを欺瞞と言わずしてなんと言うのでしょう。

中田 もうひとつ、なぜ今、難民がヨーロッパに向かっているのかということも考えてほしい。どうして彼らは同じ中東の国、例えば豊かなサウジアラビアに怒濤(どとう)のように押し寄せないのか?

その理由は、同じイスラーム教徒の国でありながら、サウジアラビアのような国々が、人権を守らない、ひどい国だということを彼らがよく知っているからです。実はそうした中東の国々も西欧から武器を買い、自国のイスラーム教徒を弾圧し続けてきました。正しいイスラーム教徒であろうとすることを許さなかったのは、そうした中東諸国だったりもするのです。

その意味では、イスラーム教徒がイスラームの教えに則って生きられる場所が、中東ですら失われている。これがムスリムにとっては非常に深刻な問題でもあるのです。

イスラームらしく生きる場所がない…

■トルコが握る「講和」の鍵

―高まるイスラーム差別が過激派を生み出し、それがまたさらなる差別の拡大を招く…。この負の連鎖を止める方法はないのでしょうか?

中田 ヨーロッパとイスラームは「水と油」だという現実を直視し、双方がその違いを受け入れた上で「講和」を図るしかないでしょう。

難民問題を通じて、これだけ西欧社会の欺瞞が明らかになってきたのですから、ヨーロッパの側も自分たちとは全く異なる文明や価値観を持つイスラームを「啓蒙(けいもう)してやろう」という上から目線ではなく、ヨーロッパの文明や価値観も「一地域」のローカルなものにすぎないということを受け入れなければなりません。それがない限り「講和」は難しいでしょうね。

内藤 逆に、ヨーロッパの側が自分たちの価値観や誤った自己認識をかたくなに守ろうとすればするほど、状況はさらに悪化してゆくと思います。

中田 一方でイスラームの側も一枚岩ではない。先ほど話したようにイスラーム教徒がイスラームらしく生きる場所がないという問題がある。

また、ヨーロッパとの「講和」を結ぶにしても、誰がその「主体」になるのか? シーア派は盟主のイランでいいでしょうが、スンニ派には主体となれそうな国がありません。スンニ派世界を代表する「カリフ」(イスラーム教の預言者ムハンマドの後継者のこと。現在この制度は廃止されている)がいないからです。

サウジアラビアでは王室クーデターの話が公然と出ていますし、エジプトも危ない。ISのバグダディがカリフを名乗っていますが、さすがに西欧もISと講和を結ぶわけにはいかないでしょう。そう考えると、ヨーロッパとの講和のためにスンニ派の主体となれるのは、かつてオスマン帝国としてヨーロッパと対峙(たいじ)したトルコしかない。

実を言うと、スンニ派のイスラーム同胞団は、あの「アラブの春」で平和的に中東各国の政権を押さえた後、カリフ制を再興しようとしていました。アラブの春は結局失敗してしまったため、アラブのカリフは諦めてトルコのエルドアン大統領をカリフにしようとの動きがあります。

内藤 確かにエルドアン大統領は強権的な手法や汚職問題などもあって、内政面ではグジャグジャですし、ISとクルド人問題の二面戦争を強いられてもいる。ただし、ひとたび「外」に目を向けると、欧米を相手にした外交手腕では中東の中でも確かに傑出しています。

また、ミャンマーのロヒンギャ族の保護など、弱い者に寄り添う姿勢を巧みにアピールすることでイスラーム世界では英雄視されているのです。

トルコを訪問したドイツのメルケル首相を自分の隣の「黄金の玉座」に座らせるあたりなど、さながら「オスマン帝国のスルタン(支配者)に拝謁(はいえつ)するヨーロッパの勅使」といった図で、自分がイスラーム世界の盟主であるという演出を狙った可能性はありますね。

そしてもうひとつ、そのトルコの前外相も強調していましたが、何よりも大事なのは中東地域から外国軍がいなくなること。「彼らがいる限り、平和はあり得ない」というのが、中東関係者の他ならぬ本音なのですから。

■『週刊プレイボーイ』16号(4月4日発売)「暴力の連鎖を止める唯一の方策とは…?」より

●内藤正典(NAITO MASANORI) 1956年生まれ、東京都出身。同志社大学大学院グローバル・スタディーズ研究科教授。著書に『トルコ 中東情勢のカギをにぎる国』(集英社)、『イスラム戦争 中東崩壊と欧米の敗北』(集英社新書)、『欧州・トルコ思索紀行』(人文書院)など

●中田 考(NAKATA KO) 1960年生まれ、岡山県出身。カイロ大学大学院文学部哲学科博士課程修了。同志社大学客員教授。専門はイスラーム法学。著書に内田樹氏との共著『一神教と国家 イスラーム、キリスト教、ユダヤ教』『イスラーム 生と死と聖戦』(ともに集英社新書)など

(取材・文/川喜田 研)