クレーマーの暴走に疲弊する学校や食品業界… クレーマーの暴走に疲弊する学校や食品業界…

クレーマーたちの暴走が止まらない。

先日公開した『妊娠した女教師に謝罪文を強要、遠足中止に激怒! モンスターペアレンツがますます悪質化』の記事が大きな反響を呼んだが、そこに取り上げた実話はまだまだ序の口だった…。

『なぜあの保護者は土下座させたいのか』(教育開発研究所)の著者で、苦情対応アドバイザーの関根眞一氏が、別の学校で起きたさらに“凶暴”な事例を詳しく明かしてくれた。

「栃木県の日光を修学旅行の行き先にしていた中学校で、仲良し3人組の保護者たちが突然、学年主任に『娘たちはディズニーランドに行きたがっている。行き先を変更してくれ!』と申し出た。当然、主任は丁重に断りました。すると、保護者たちは修学旅行費の積立金の返金を迫ってきた。

主任は必死に説得しましたが、保護者たちは聞く耳を持たない。結局、積立金を保護者に返金し、3人の生徒は修学旅行と同じ日にディズニーランドへ行きました。

しかし旅行後、教室内では修学旅行の思い出話でもちきりに…。当然、学校から配布された修学旅行の写真に1枚も写ってなかった3人は肩身の狭い思いをすることになった。

すると、保護者がまた抗議にやって来て、『なぜもっと修学旅行の大切さを教えてくれなかったのか!? 学校が説明責任を果たさなかったせいで、娘が仲間外れにされている。もう一度、修学旅行をやり直せ!』と言い出しました」

あまりに一方的で独善的な苦情の数々。もちろん、“特に悪質”な例ではあるが、「こういった苦情は年々増えている」と関根氏は言う。

「一部の親たちの傍若無人な態度を後押ししたのは、SNSの影響も大きい。保護者はLINEをメインにコミュニティをつくり、『今日、こんなことを言ってみたら、学校側はこう対応した』といった情報を共有し合い、クレーム力を向上させているんです。

一方の学校側は民間企業とは異なり、苦情の対応事例を学ぶ場を作らず、研究もほとんどしない。保護者の申し入れを頭から否定したり、話の腰を折って言い訳や正当性を主張する者も多く、保護者の逆鱗(げきりん)に触れてしまうパターンが非常に多いんです」(関根氏)

関根氏は、今後ますます学校へのクレームは巧妙化し、教師を疲弊させると予測する。

「モンスターペアレントの出現は90年代中頃ですが、当時の小中学生も今では20代から30代の大人。小学校入学前の子供がいる人も少なくない。つまり、子供時代に両親の『イチャモン』を見ていた人たちが、続々と親として小学校デビューするんです。SNSにどっぷり漬かっている“モンスターペアレント2世”のクレームは親以上に手強いものになるはずです」(関根氏)

食品業界の“モンスタークレーム”事情

学校以上に、クレーマーが巨大リスクになっているのが、食品業界だ。

『知識ゼロからのクレーム処理入門』(幻冬舎)の著者で食品メーカーを中心にクレーム対応コンサルタントとして活躍する援川聡(えんかわ・さとる)氏はこう話す。

「食品メーカーのあらを探したり、異物混入を偽装するなどして、『テレビ局に知り合いがいる。告発するぞ』と脅す悪質クレーマーは以前からいましたが、今はメールで受けつける24時間対応の『お客様相談窓口』を会社のホームページに置く企業が増えたため、苦情が言いやすい環境になりました。

そのなかで、名前や住所を明かさない〝匿名クレーマー〟も増えています。得体の知れない匿名のクレームでも、消費者の健康被害につながる恐れがあれば、企業はキチンと対応しなければなりません」

ある菓子メーカーが匿名クレーマーに振り回された最近の事例がこれだ。

「その会社のお客様相談室に『おたくのキャラメルを食べたら固い異物が入っていて口の中に傷がついた』と匿名のメールが届きました。担当者は商品の購入先や(返金、代替品の送付など)希望する対応方法についてメールで聞き取りを行なうと、相手は『商品のおまけの希少なキャラクターカードを送ってほしい』と要求してきたそうです。

その後も、相手は『電話は受けつけない』と言うので、商品を食べた際の詳しい状況や住所、氏名などの確認作業を丁寧に続けました。その結果、実はメールの送り主は、小学生だったことが判明したんです」(援川氏)

この小学生は、目当てのカードを得るために食品事故をでっち上げた可能性が高い。「今はネットで調べれば『クレームで企業を困らせる方法』や『返金・おわび品を得るクレーム術』を誰でも学べる。子供でも悪質なクレーマーになる時代になってしまいました」(援川氏)

そして今、食品事業者が最も恐れているのがSNSだ。

「異物混入などの食品事故や、企業対応の不備について、その会社や保健所などの公的機関に報告する前に、SNSなどのネット上に公開して、拡散させる人が増えています」(援川氏)

それで思い起こすのが昨年10月、兵庫県で45歳の女性が逮捕された詐欺事件だ。この女性は「商品に髪の毛が入っていた」などと、半年の間に全国約1200店に計7千回の虚偽のクレーム電話をかけていた。

「彼女の自宅前には謝罪や返金に訪れた人の行列ができていた日も少なくなかったようです。彼女の典型的な手口が、苦情先の会社の担当者に『あなたとのやりとりは全部、ネット上で公開します』と脅すことでした。それを言われた多くの企業は冷静な判断力を失い、パニック状態に陥ってしまうのです」(援川氏)

1件の苦情から食品メーカーが倒産危機に!?

企業がクレームに臆病になることで、近年、急増しているのが食品リコールである。まだ具体的なトラブルが起きていなくても、自社製品になんらかの問題があるとメーカーが判断した場合は「自主リコール」が発令される。食品分野での件数は、2004年225件→14年1014件と、10年間で5倍近くに膨れ上がっている(独立行政法人・農林水産消費安全技術センター「食品の自主回収情報」)。

東京都内の保健所に所属し、食品メーカーや小売店への監視・指導を行なう食品衛生監視員のA氏がこう話す。

「各メーカーが自主リコールを行なうかどうかの判断基準は、その商品が消費者の健康を害する恐れがあるかどうか。例えば食中毒菌の発生やアレルギー物質の表示漏れなどは即、リコールが必要となる案件です。ところが、最近は健康には影響がないのに自主リコールに踏み切るケースが急増しています」

どういうこと?

「包装紙のはがれやシミ、包装袋の膨張、軽度な異臭や移り香、原材料表示の順番を間違えるなどの印字ミスといった健康被害も法令違反も心配がない“いきすぎたリコール”が当たり前のように行なわれるようになっているんです。なかには数千、数万という商品が回収されるケースもあります」(A氏)

2年前の“ぺヤング事件”は記憶に新しい。ぺヤングを購入した大学生が“商品にゴキブリが混入!”とツイッターに証拠写真を投稿すると、瞬く間にネット上に拡散。製造元のまるか食品は当初、「工程上、混入は考えられない」と発表していたが、事態を重く見た保健所が工場への立ち入り検査を敢行。その結果、1件の消費者のクレームからぺヤングは全商品の生産中止と自主回収に追い込まれた。

「先日も、はごろもフーズのツナ缶にゴキブリが混入していた事故がありましたが、同社は製品の製造休止を決定したものの、ほかの商品への影響はないとの判断から自主リコールまでは実施していません。ゴキブリなどの虫が健康被害につながるかどうかは微妙なところで、商品への混入が一部にとどまるなら“自主リコールはしない”というのは妥当な判断です。ぺヤングの件もツイッターで拡散されていなければ、自主回収は免れた可能性があります」(A氏)

当然、自主リコールには莫大(ばくだい)なコストがかかる。

「販売休止に伴う売り上げの損失に加え、“全国紙一紙400万円~”という新聞への社告掲載料と、回収商品の買い取り、郵送、保管、廃棄にかかる費用などで数億円の損害が発生するケースもある。2年前、自主回収費用が重くのしかかり倒産寸前に追い込まれた食品メーカーもありました。その自主リコールも、原因は健康被害の心配がない、一部の商品における包装袋の膨張でした」(A氏)

クレーマーの暴走が、日本の“空気”をギスギスさせていく…。