【東京ミステリーツアー(1)前編】
徳川家康が江戸幕府を開く以前に、東京を支配した者が3人いる―。
歴代の統治者たちに共通するのは、東京にかつて存在した「5つの半島」を掌握していたこと。彼らは皆、東京湾に突き出した台東、文京、千代田、港、品川の5半島を支配し、発展させ、そして去っていった。そこには栄枯盛衰のどんなドラマがあったのか。
ロビンソン・クルーソーのモデルとなった人物の住居跡を発見し、世界を騒然とさせた探検家・高橋大輔氏、歴史の陰に隠された東京5半島の謎に挑む!
■“因縁”の東京都知事
今一番会ってみたい人は? わたしならこの質問に、東京都知事と答える。史上初の女性都知事だからというわけじゃない。実は会いたい人の第1位は2010年からずっと変わらない。その間、都知事はコロコロと変わったが、ブレることはない。
探検家が都知事と面会したいと言えば変な話と思うだろう。人口過密の都会に未探検の秘境などありそうもない。都知事に会ったところで話が噛み合うはずなどない、と。
実は東京には世界中の人々を驚かせる、漂流の島がある。都心部から南へ約580km、八丈島と小笠原諸島の中ほどにある伊豆鳥島(いずとりしま)だ。そこにはジョン万次郎をはじめ江戸時代の漂流民が次々と流れ着いた。真水のないこの火山島で19年も生き延びて生還した者もいる。そこはサバイバルの聖地のような無人島だ。
わたしは彼らが身を寄せた洞窟を特定したいと思い、学術調査隊を結成した。ところが東京都からストップがかかった。「前例がない」というありふれた理由だった。
鳥島は島そのものが天然記念物(地域)に指定され、絶滅が危ぶまれるアホウドリの生息地でもある。一般人の上陸は禁止され、島の歴史を探る試みはこれまで行なわれてこなかった。前例がないのであれば、なおさらやるべきではないか―。わたしの主張に対して都職員から妙な返事が戻ってきた。
「そんなことしたら探検になっちゃいますよ」
歴代都知事の命運を分けたのは何か?
探検家に返す言葉としては意味不明だ。わたしは思わず「話にならん。責任者を呼べ!」と叫びそうになった。しかしそこはぐっと堪(こら)えて飲み込んだ。気がつけばそれから6年も経ってしまったというわけだ。
映画に『七年目の浮気』というのがあるが、探検だってひとつのテーマにプラトニックでいられるのは6年までだ。わたしは鳥島探検に一段落つけて探検記『漂流の島』(草思社)を書いた。
するとすぐに読者からメールが届いた。俗にいうファンレターというやつだ。人気タレントに何通書いたって返事は来ないと思うが、探検家は違う。すぐに返事を書き、一芸に秀でた逸材とわかれば自分から会いに行く。過酷な旅を共にする同志を集めるのは切実な問題なのだ。
そうして出会ったのがコミネ氏であった。考古学マニアでありハンターでもある彼には豊富なフィールド経験ばかりか、さまざまな分野に顔が利くという。探検では人脈こそが武器になる。作戦参謀をさせたら面白い。隊員1号として即、決まりだ。
「隊長、どこを探検するでありますか」
コミネ参謀は最初からやる気満々だ。わたしは胸の奥につかえた異物を吐き出すように答えた。
「東京」
わたしの胸中には、かつて都庁の職員に向かって叫びそうになった「責任者を呼べ!」という捨てゼリフが今もなお沈殿したままだった。責任者。つまるところ、わたしが呼び出そうとしていた相手とは、東京の最高責任者である都知事なのだ。あの日以来、わたしは東京を統べる絶対的権力者の存在を意識せずにはいられなくなった。
現都知事は豊洲問題や五輪問題、果ては都議会とのいがみ合いなど、さまざまな課題を抱えながらも都民の支持を集めている。一方、前任者とそのまた前任者は任期途中で失脚した。逆にその前の人物はかなりの長期政権を築いた。
一体、何がその命運を分けたのか。この地には首長が相伝すべき帝王学がないのか。いや、本当は存在していたのに、失われてしまったのかもしれない。東京には生かすべき地の利があれば、避けるべき鬼門だってある。
代々の首長はその掟(おきて)に従い、繁栄を手にしてきた。そこには栄枯盛衰のどんなドラマがあったのか。権力のサガを知りたい。東京の帝王学とは何かを―。
東京タワー直下に眠る巨大古墳の存在
■1600年前の“初代東京都知事”
わたしは歴史に着目した。すると意外な事実に突き当たった。奈良や京都と違い、東京の歴史は一部しか意識されていない。江戸以前となると武将の太田道灌(どうかん)はともかく、江戸の由来となった中世の江戸氏や古墳時代のことなど話題に上がることもない。
しかし東京の歴史だって捨てたもんじゃない。エジプトがナイルの下流に開けたように、東京は利根川の大デルタ上に発祥した。ローマが7つの丘の上に建てられたように、江戸は武蔵野台地の東端をなす5つの半島に造られた。
半島の位置を現在の地図上に示すなら北から台東、文京、千代田、港、品川の各区に当てはまる。皇居はその中心、いわば千代田半島にある。そこは中世の江戸氏が居館を構えてから太田氏、徳川氏、そして現代に至るまで東京の中心であり続けてきた。
古墳時代以後、この地の統治者はいかにして5つの半島を支配し、発展させ、そして去っていったのか。わたしは東京創世の舞台である5つの半島で繰り広げられた栄枯盛衰の物語を追ってみたいと思った。
東京の最初の支配者を求めるうち、わたしは東京タワー直下に眠る巨大古墳の存在を知った。港区の芝にあり、東京5半島の港半島に位置する。芝丸山古墳と呼ばれる4世紀の前方後円墳で、墳丘長は125mもある。前方後円墳といえば、大阪の堺市にある仁徳天皇陵(大山[だいせん]古墳)を思い出す人が多いだろう。
前方後円墳は日本の古代王権の象徴だ。芝丸山古墳は関西の巨大古墳と比べても見劣りがしない。今から約1600年前より、現在の東京タワーの敷地に当たる場所に眠り続ける首長がいたのだ。まさに“初代東京都知事”とでもいうべき人物じゃないか。彼はどのように東京を支配したのだろうか。
わたしは図書館に缶詰めになった。芝丸山古墳に関する資料を集めまくり、過去に行なわれた発掘調査や出土品を調べ尽くした。一方、コミネ参謀は探検隊員の選抜に入った。探検には優れた写真記録係が必要だ。欲をいえばリサーチャーもほしい。いや、隊員が増えればそれだけ先立つモノだって必要になる。
★後編⇒東京タワー直下の前方後円墳に眠る「初代都知事」は誰なのか?
『週刊プレイボーイ』19&20合併号(4月24日発売)では「東京ミステリーツアー」2ndシーズンがスタート。900年前に“東京”を築いた江戸一族の正体に迫る!
(取材協力/小峯隆生 彼島瑞生 撮影/山口大志[ひろし])
●高橋大輔(たかはし・だいすけ) 1966年生まれ、秋田市出身。「物語を旅する」をテーマに、世界各地に伝わる神話や伝説の背景を探るべく、旅を重ねている。2005年、米国のナショナル ジオグラフィック協会から支援を受け、ロビンソン・クルーソーのモデルとなった人物の住居跡を発見。ニューヨークの探検家クラブ、ロンドンの王立地理学協会のフェロー会員でもある