痴漢防止策の一環で2020年までに山手線全車両に監視カメラが設置されるが…

男が痴漢になる理由』(イーストプレス)の著者で精神保健福祉士・社会福祉士の斉藤章佳(あきよし)氏は、勤務する大森榎本クリニック(東京・大田区)で12年間、痴漢を含む1千人超の性犯罪者と向き合い、再発を防ぐ治療プログラムを施している。

斉藤氏が強調するのは、「痴漢の多くは拍子抜けするほど普通の男性」ということ。平凡な30代~40代の会社員が最も多く、彼らが痴漢に目覚めるきっかけは満員電車で訪れる“偶然の一瞬”にあることを前回記事では伝えた。

痴漢は初犯から再犯、常習化へとエスカレートするうちに、徐々に緊張感や葛藤、罪の意識が薄れ、「認知の歪(ゆが)みが強化されていく」のだという。

「最初は痴漢をやりながらも『これはいけないことなんだ』という認識はあります。でも、痴漢を繰り返すうちに自分が病みつきになっている犯罪行為を正当化しようとします。これが認知の歪みの形成過程です。

例えば、痴漢にあってもなかなか周囲に助けを求めたり、声をあげれない女性は非常に多いのですが、その様子を見て『あ、イヤじゃないんだな』『実は痴漢されたいんでは…』というふうに受け止めるようになる。

このような認知は、行為を繰り返せば繰り返すほど逸脱した方向に歪んでいき、痴漢常習者ともなると『女性専用車両にあえて乗らない女性は全員、痴漢されたがっている』『この女性は痴漢されたくてこの車両にきたんだ』などと自分に都合の良いストーリーを勝手に作り上げてしまう。

そこまでいくと、自分が罪を犯しているという意識がなく、逮捕された瞬間も『なぜ捕まったのだろう?』と一瞬、自身の置かれた状況が理解できない人もいます」

クリニックで治療を受ける常習者のひとりに手帳を見せてもらったところ、そこには痴漢に及んだ回数を示す『正』の字がビッシリと記されていたのだという。

「彼は『1日5人に痴漢する』というノルマを決めていました。また、別の常習者は『今日は仕事を頑張ったから、自分へのご褒美に』と痴漢に及んでいた。罪の意識が薄れ、認知が歪むとここまで病的な状態になってしまうということです」

だが実は、痴漢の多くは性欲を満たすために犯行に及んでいるわけではないという。

「私も最初は『痴漢の動機は性欲だ』と思っていたんです。でも実際に200人以上の常習者にヒアリングしてみると、大半が『別に行為中は性的に興奮したくてやっているわけじゃない』と言います。驚いたのは、多くが『犯行中は勃起すらしていない』と話していたこと」

むしろ「ストレスを瞬間的に忘れさせてくれる」「一瞬の高揚感が忘れられない」「支配欲や征服欲が満たされる」など、性欲とは別の次元で犯行に及んでいる人が圧倒的に多いというのだ。

「痴漢は生きがい」と話す常習者たち

1979年生まれ。精神保健福祉士、社会福祉士としてアルコール依存症や性犯罪、ギャンブル依存など様々な問題に携わる。『男が痴漢になる理由』『性依存症のリアル』など著書多数

「もちろん、性的な欲求に突き動かされている常習者も一定層いますが、行為の最中に“スパークする高揚感”を追い求めている人のほうが多いんです。そんな彼らは起きてから寝るまで痴漢のことを考え、ある種、ギャンブル感覚やレジャー感覚で女性の反応を楽しんでいる。ヒアリングの際、真顔で『痴漢は生きがいです』と語る常習者も複数いました」

痴漢のターゲットにされやすいのは、特にこんな女性だという。

「彼らが意識するのは、“いかにバレずに痴漢の感覚を楽しむか”ということ。世間では『派手な化粧や露出が多い女性がカモにされる』『水商売やセックスワークの女性が被害に遭いやすい』という偏(かたよ)ったイメージがありますが、好みのタイプや露出の多さは二の次、三の次なんです。

常習者の多くは、泣き寝入りしそうな女性を選びます。気弱でおとなしそうな女性。彼らの言葉を借りると『何をしても逆らわず、黙って自分に支配されて欲望を叶えてくれる都合のいい女性』となります。何千回と行為を繰り返している常習者となると、ある種、“職人”のようになっていて、声をあげない女性を瞬間的に感じ取る。その感覚は『理屈じゃなくて、嗅覚』なのだと彼らは言います」

一方で、女性の臭いに駆り立てられることも多いのだという。

「女性の髪の毛のシャンプーの香りや、香水の臭いは大きな引き金となります。一般の人でも、目の前に梅干しがあると自然と唾液が出てくるでしょう? これと同じで、彼らは電車の中で女性の髪の毛の臭いを察知すると、条件反射的に『“スイッチ”が入る』と言います」

歪んだ思考回路で犯行に及んでいた痴漢常習者たち。JR山手線が痴漢防止の一環で全車両に防犯カメラを設置する方針を固めたが、斉藤氏は「正直、常習者にはあまり意味がありません。むしろ、彼らの問題行動を亢進する可能性がある」と見ている。

★続編⇒おい、そこの痴漢常習者!「あなたの大切な人が痴漢にあったらどう感じますか?」

(取材・文/青山ゆか