『男が痴漢になる理由』の著者で、大森榎本クリニックの斉藤章佳氏 『男が痴漢になる理由』の著者で、大森榎本クリニックの斉藤章佳氏

男が痴漢になる理由』(イーストプレス)の著者で精神保健福祉士・社会福祉士の斉藤章佳(あきよし)氏の痴漢の実像に迫る話は実に興味深い。

前編記事で伝えたのは、痴漢行為に手を染める人は「拍子抜けするほど普通の男性が多い」こと。また痴漢の始まりは、満員電車の揺れで意図せず女性の体に手が触れた瞬間に訪れる、“一瞬の衝撃”がきっかけになるケースが多いという。

斉藤氏は勤務する大森榎本クリニック(東京)で12年間に渡り、痴漢常習者ら1千人を超える性犯罪者と向き合い、彼らを社会で更生させる治療プログラムを実践してきた。そこで得た結論は「男性はみんな、潜在的な痴漢予備軍」であるということだった。

東京都内で働く会社員のAさん(30代)はこう話す。

「満員電車の中で目の前にキレイな女性がいると『触りたいな』と思うことがあります。もちろん、絶対にそんなことはしませんが、仕事でムシャクシャしてたり、酔っ払っている時なんかは、その衝動が大きくなる瞬間があって…」

前回記事でも触れたが、その“一線”を踏み越えてしまった痴漢常習者に共通する心理がコレだ。

「梅干しを見ると唾液が出るでしょう。常習者の頭の中にも同じ条件反射の回路ができ上がり、ターゲットとなる女性を見つけたり、痴漢の引き金となる女性の髪の毛や香水の匂いを感じると“スイッチ”が入って衝動が抑えられなくなる。TVで満員電車の映像を見ただけでこのスイッチが入ってしまう人もいます」(斉藤氏)

そして、“そんなことは絶対に自分には起こり得ない”と考えるより、“自分にもそういうリスクがある”と自覚することが、満員電車の中でいつ訪れるかわからない“魔の誘惑”に打ち勝つ「第一歩になる」と斉藤氏は強調する。

では、一度常習化した痴漢行為は治るのだろうか?

「反復する痴漢行為は性依存症という病気ですが、特効薬はありません。ただ、ある方法を用いれば痴漢のスイッチに“ストッパー”を掛けることはできる。これはクリニックの治療で痴漢常習者らに実践していることでもあるのですが…。

例えば、カバンの中に保冷剤を入れておき、欲求が高まった時に握ると、冷たい感覚が手から伝わり、欲求や衝動がスーッと抑まっていくのを感じます。苦手な匂いを発する香水を持ち歩くことも有効。匂いは脳にダイレクトに伝わるので、一気に嗅ぐと性欲が収まります。これを治療ではコーピング(対処行動)と言っています」

満員電車の中ではこんな方法も有効らしい。

「カバンに鈴を付けます。すると、身動きをとれば鈴が鳴る。あえて、自分の存在を他人に知らしめることで、早い段階で欲求に対してコーピングを行うのです。似たようなコーピングとして、痴漢常習者の中にはスマホ画面をタッチすると“爆発音”が鳴るアプリを使っている人もいますね。また、電車に乗るときに必ず派手な色の手袋を付ける人もいます。痴漢行為は手から感触がリアルに伝わってこないと行動化しないのです」

こうして“触りたい欲求”を抑える訓練を毎日繰り返すことで、心身ともに染みついた痴漢への“条件反射”を断ち切るのだという。

警察庁の発表によると、痴漢は検挙・認知されたものだけで年間3千~4千件は起きているが、事件化しない潜在的な痴漢も含めれば「年間10万件は超える」と斉藤氏は見る。

では“痴漢のない社会”に向けては、どのような対策が有効となるのだろうか?

鉄道会社に勧めたい『痴漢通報ボタン』とは?

今、鉄道会社が取り組んでいるのが防犯カメラの導入だ。JR東日本は東京五輪までに山手線全車両の扉上部に防犯カメラを設置すると発表している。だが斉藤氏は…、

「防犯カメラは“初犯”の人や、まだ痴漢行為が常習化していない人には大きな抑止効果になるでしょうが、痴漢常習者にはあまり意味がありません。

クリニックの患者に『痴漢をやめて失ったモノは?』と聞くと、彼らの多くは『生きがい』と答えました。四六時中、痴漢のことが頭にあり、“どうすれば捕まらないか”を常に考え、難易度の高い場所で成功するほど大きな達成感を得る。

“あの成功体験をもう一度と味わいたい”という欲求こそ、痴漢行為にはまる要因なのです。ですから、カメラを設置しても難易度が高まったその車内で“バレずに触る”手法をすぐに編み出すでしょう」

そこで、斉藤氏が提案するのが痴漢の検挙率をより高めるこんな手法だ。

「検挙率が低いのは被害女性たちが通報しにくい構造があるからです。女性が自分より力が強い痴漢に反撃するには大きな勇気が必要ですし、実際、声を挙げて通報しようとしたところ、電車を降りるなり突き飛ばされてケガを負ったというい事件も起きています。また、捕まえたところでもし犯人と違ったらどうしようという迷いもあり、泣き寝入りします。

そこで、例えばバスではボタンを押して降車することを運転士に伝えますが、同じように電車内に“痴漢通報ボタン”があってもいいのではないでしょうか。被害女性がそのボタンを押すことで、車内に痴漢を周知できれば他の乗客が助けることができますし、そのまま駅員に乗車位置などを通知できれば、次の停車駅で痴漢を待ち受けることも可能です」

この痴漢通報ボタンはすでに海外の鉄道会社が試験導入しているそうだが、日々、痴漢常習者と向き合い続ける斉藤氏の目に、日本は“痴漢対策後進国”と映っている。

「痴漢の問題を考える時、必ず出てくるのが『触られる女性にも非があったんじゃないか』『露出が多い服を着ている女性も悪い』といった声。一部からは『触られたくらい減るもんじゃないだろう』といった声も未だにある…。そんな社会の風潮が“女性が声をあげづらい”環境を作り、痴漢行為を助長させることにもつながっているように感じます。

痴漢撲滅に向けてはもちろんハード面での対策は必要ですが、同時に、軽視されがちな痴漢への意識、つまり“男尊女卑”的な価値観を社会全体で変えていくことも大切なのではないでしょうか」

斉藤氏はクリニックの治療プログラムの中で、痴漢常習者に何度もこう問いかけることで被害者側の心情を植え付けるのだという。

あなたの大切な人が痴漢にあったらどう感じますか?

万が一、満員電車の中で危険な衝動に駆られたら、自分にもそう問いかけてみるといいのかもしれない。

(取材・文/青山ゆか)