オスとメスの生殖器が逆転し、メスにペニスが生えた新種を発見――。今年、「イグ・ノーベル賞」の受賞した北海道大学の吉澤和徳氏(農学研究院准教授)の研究成果はあまりに衝撃的だった(前回記事参照)。
今回は、ヒアリ&マダニ騒動で忌避される存在となったアリとダニを中心に、ムシたちの交尾をめぐる特殊な生態に迫る。ナビゲーターは昆虫学者のお二人、ダニ博士の島野智之氏(法政大教授)とアリ博士の村上貴弘氏(九州大准教授)だ。
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―チャタテムシの研究で北海道大学の吉澤先生がイグ・ノーベル賞を受賞されましたね。
島野 羨ましいですね(笑)。イグ・ノーベル賞って、世間では“トホホな賞”なんて思われがちですが、我々から見れば「やられた!」と感じさせられるような、絶妙にひねりの利いた研究が選ばれています。その人がいなきゃその発見はなかったという、いわばオンリーワンの証明ですから。実はノーベル賞なんかより獲りたいと思っている研究者は多いんです。
村上 私もそのひとりです(笑)。地球に雌雄が逆転した生物がいたなんて衝撃の発見ですよ。
―昆虫学者にとって、交尾の研究というのはやはり特別なものなんでしょうか?
村上 もちろん。子孫を残そうとする昆虫の本能は人間をはるかに上回るもので、そこに直結する交尾の局面では、オス同士の激しい争いと、オスとメスのシビアな駆け引きがある。だからこそ、虫たちがそこで勝ち抜くために編み出した繁殖戦略は実に多様で、人間をアッと驚かせるものになるんです。
―なるほど。では、おふたりの専門であるアリ、ダニはどんな交尾をするんですか?
村上 アリの場合、最もオーソドックスなパターンとして「結婚飛行」を行なう。年2回、女王アリとオスアリがそれぞれの巣から飛び立つんです。
―飛び立った先では何が?
村上 オスとメスの群飛です。
島野 水たまりの上で、蚊がとぐろを巻いている“蚊柱”のようなものですよね。
村上 群飛はいわばオスメスが集う“お見合いパーティ”です。先に“お見合い会場”にたどり着いたオスは、そこでフェロモンを発し、メスはそれに吸い寄せられるようにオスに近づき、交尾が始まります。逆に、メスがフェロモンを出してオスを誘導するパターンもあります。
―当然、会場でモテないオスアリも出てきますよね?
村上 いえ、アリの場合はオスメスがほぼ同数で群飛するので、理論上はすべてのアリでカップリングが成立します。
―それ、ズルいなぁ。
村上 ただし、無事に交尾を終えてもオスアリはすぐに死んでしまうんですが。
島野 興味深いですよね。ちなみにアリの研究者って、その群飛を再現するような実験をやったりするんですか?
村上 やりますよ。ただ、再現実験はオスとメスの配分が非常に難しくて。オスが多すぎる場合、興奮して1匹の女王アリにワッと群がった挙句、ところかまわず交尾器を刺し、最終的に穴だらけの女王アリの死体が残るという悲惨な状況に…。
島野 アリって猟奇的(笑)。
メスアリとの交尾権をかけて殺し合うオスアリ
―ほかに変わった交尾をするアリはいますか?
村上 亜熱帯を中心に、日本の小笠原諸島にも生息するハダカアリは、巣を構成する数十匹のオス同士が女王アリとの“交尾権”をかけて殺し合いをします。生き残った巣内最強のオスだけが子孫を残せるという、厳しい掟(おきて)があるんです。
島野 う~ん。アリの交尾は壮絶な話ばかりですね(笑)。
―じゃあ、ダニの場合は?
島野 大きく分けて、交尾をするダニ、交尾をしないで繁殖するダニの2種類がいます。
―え、交尾ナシ?
島野 日本でもコンクリートの上でよく見かける赤色のカベアナタカラダニのメスは、交尾をしなくても受精卵を量産できる単為生殖ができるんです。
村上 いわゆる“クローン繁殖”ってやつですね?
島野 はい。オスと交尾すると自分の遺伝子が半分しかつながらず、しかも相手を探す手間がかかる。メスが自分の遺伝子を100%次世代につなげ、繁殖スピードを高めるために獲得した繁殖方法ですね。
―交尾をするダニは、オスメスでどんなやりとりを?
村上 ダニの交尾はアリと違って平和的ですよね。
島野 とてもハートウオーミングです。例えばフリソデダニの仲間は、オスとメスがペアで仲良く森を散歩するペアリング行動を見せます。“デート先”でオスはメスをそっと抱き寄せ、前脚の先端に生えているフワフワとした毛でその体を優しくなでるんです。人間でいえば、愛の込もった前戯といったところですか。同じササラダニの仲間には、交尾直前、用意していたエサをメスに贈る“プレゼント行動”を見せる仲間もいます。
―確かに心温まる話ですね。
村上 確か“交尾ガード”をするダニもいましたよね?
島野 ハダニですね。普段は葉っぱの上でのんびり暮らしているんですが、メスは1回交尾すると精子の貯蔵タンクが満杯になるので、2回目以降の交尾は無効になります。するとオスが精子を渡しても産卵には生かされないので、オスは処女メスを確実に獲得することが重要になってくる。そこで交尾ガードを行なうんです。
―それはどういう方法で?
島野 メスが成虫になる前の休眠状態の若虫の段階から、ぐるぐると動き回りながら物色し、気に入ったらその上に乗っかり、脱皮するのをジ~っと待つ。で、休眠若虫がうにょうにょと動きだしたら、女性の服を優しく脱がすように脱皮を手伝い、脱がせたらその場でメスの下に潜り込んでお尻をそっと持ち上げ、交尾に入ります。
村上 紳士だなぁ(笑)。
島野 でも、メスが休眠からとけて脱皮するまで半日程度は待ってなければなりません。その間にライバルのオスが現れた場合はケンカになり、普段は植物を刺したりするときに使う口器(針)を使ってフェンシングのような戦いが繰り広げられます。そのまま相手を刺し殺すことだってあるんですから。
マダニが見せる“オーラルセックス”
村上 ハチはもっとえげつない方法で交尾ガードをしますよ。
―といいますと?
村上 イチジクコバチのメスは、その実の中に卵を産みつけて去るんですが、多くの場合、その卵はオス1匹、残りは全部メスになる。そして先に成虫になったオスは、そのままイチジクの中に潜み、卵がサナギになった段階で、脱皮前のメス全部と交尾する。サナギの外皮は固いんですが、オスは生殖器があるポイントを狙って皮を突き破るように性器を刺すんです。
―究極のロリコン(笑)。
村上 ダニにはイレギュラーな交尾ってあるんですか?
島野 マダニのオスは、口移しで精子をメスに渡します。
村上 へぇ、知らなかった!
島野 メスの腹部にある生殖器の上に精子の入った袋を出して、それを口器でグイグイ押し込むんですよ。
村上 なんかカワイイですね。
島野 そうですかね(笑)。特殊な交尾という意味では、カワトンボはトラウマ級です。メスは交尾後、オスの精子を精嚢(せいのう)と呼ばれる袋にいったん、貯蔵するんですが、メスは複数のオスと何回も交尾をするものだから、袋にはいっぱい精子が詰まっているんですね。でもオスの交尾器にはトゲがたくさんついていて、挿入した際、トゲをショベルのようにしてほかのオスの精子を外にかき出すんです。要は「オレ以外のオスの子は産むな」と、オス同士の精子競争が非常に激しいんです。
村上 カマキリもスゴいですよ。交尾の最中、メスがオスの頭を食べちゃいますからね。
―え~っ!
島野 これが不思議なんですが、オスは頭を食べられると痙攣を起こし、一時的に交尾が活発になって精子の量が増えて受精率がアップするんですよ。
―命を犠牲にしてわが子をつくる…。人間がとうてい及ばない、子孫を繁栄しようとする昆虫の本能に触れるお話ですね。
村上 昆虫にとって、子孫を残すことは生きる目的のすべて。そして交尾とはいわば、戦いです。吉澤先生が発見されたチャタテムシのメスペニスも、過酷な環境で子孫を残すために進化したものなのでしょう。
島野 交尾は進化の形が最も明確に出るところ。そこに私たちは魅了されるんですよね。
(取材・構成/興山英雄)
●ダニ博士・島野智之(しまの・さとし)氏 法政大・自然科学センター・国際文化学部教授。1968年生まれ。専門はダニ学、土壌動物学。著書に『ダニ・マニア』(八坂書房)などがある。ちなみに一番お気に入りのダニは“森の分解者”として知られる「ササラダニ」だそう
●アリ博士・村上貴弘(むらかみ・たかひろ)氏 九州大・持続可能な社会のための決断科学センター准教授。1971 年生まれ。専門は社会生物学、進化生態学。著書に『アリの社会』(共著・東海大学出版部)など。ハキリアリ、ヒアリの第一人者で、これまでヒアリに刺されたのは70回以上!