和歌山市市民図書館の運営者の座を巡って、全国約500の公共図書館を受託するTRC(図書館流通センター)と、TSUTAYAを展開するレンタル大手CCC(カルチュア・コンビニエンス・クラブ)がまるで示し合わせたかのような僅差の価格で入札をしていた。その陰では一体、何があったのか。
まずは、簡単に前回記事の内容をおさらいしておこう。
2019に完成する南海和歌山市駅ビルに開館が予定されている市民図書館。その運営を民間企業に任せる指定管理者制度の導入にあたって重要な役割を果たしたのがTRCだった。
系列のシンクタンクが市から基本計画の策定業務を受託し、JV(共同事業体)となった地元の建築事業者と“新しい図書館づくり”について意見を出し合うワークショップを複数回主催、参加者の議論を主導した。その思惑通り、民間企業が図書間運営をできるよう、教育委員会や議会での議決を経て指定管理者制度の導入が決まった。
後は、そのレールを敷いたTRC自らが指定管理者に選ばれるのを待つのみだったはずだが…その後、CCCに覆る“カミカゼ”が吹く。以後、CCCありきで事が進み、「TRCもなんらかの取引があって図書館運営に協力することになったのではないか?」というのが、この問題をウォッチし続けていた図書館関係者の見立てである。
この関係者の言葉を借りれば「(TRCは)箸と茶碗を持って、さぁ御馳走を食べようとしたところをCCCに奪われた」ように見えるわけだが、もしそれが事実だとしたら具体的にいつその潮目が変わったのか…。
下の表を見てほしい。2016年5月、市がTRC系のシンクタンクである図書館総合研究所の素案を元に作成した基本計画を発表。この中で直営と民間委託、指定管理の三つの選択肢が提示されるわけだが、この後、なぜか1年間、表立った動きが完全に消える。
前回記事で触れた通り、関係者の「2年ほど前からTRC内定が消えていた」との証言からすれば、すでに基本計画発表の半年前には水面下でCCCへ傾く大きな動きがあったものと思われる。
《指定管理者制度導入までの経緯》
2015年 5月 市民図書館を南海和歌山市駅への移転計画発表 9月 図書館総研と地元企業が市民図書館の基本計画策定業務を受託 11月~ 地元企業2社が図書館関連の各種イベント開催 16年5月 基本計画発表 直営と民間委託、指定管理の選択肢を提示 ―1年間の空白― 17年 5月 基本設計発表 設計者はCCCと関係の深いアール・アイ・エー 6月 市議会定例会に指定管理者制度導入の条例改正案を提出して成立 ※新図書館(ツタヤ図書館)オープンは19年秋予定
“空白の1年”の後、事態が大きく動いたのは17年5月のこと。南海和歌山市駅前に建設される市民図書館の基本設計を市が発表したところ、そのパースの一部に天井までダミー本を配架するツタヤ図書館を彷彿(ほうふつ)とさせる高層書架が描かれていた。実は、その設計者が代官山蔦屋書店を手掛けたことで有名な「株式会社アール・アイ・エー」(以下、RIA)だったのである。
「CCCありき」に大逆転した始まり
CCCのフラッグシップともいえる代官山蔦屋書店を街づくりから手掛けたのはRIAだ。15年に大規模改修を行い、リニューアルオープンした海老名市・ツタヤ図書館(神奈川)、16年に新装オープンした多賀城市・ツタヤ図書館(宮城)の設計も担当。“CCC御用達”の設計事務所が和歌山市の新図書館の基本設計も担当したとあって、ツタヤ図書館ウォッチャーたちは「まさか和歌山もCCCか!?」とざわついた。
その予想は的中。11月中旬、公募された指定管理者の応募者がTRCとCCCの2社だと発表され、間もなく公開プレゼンが行なわれたと思ったら、翌週にはCCCが選定。最初にその名前が出てから選定委員会で結果が出るまで、たった2週間で和歌山市のツタヤ図書館誘致が決定してしまった。
新図書館の基本設計の担当がRIAに決まったことは、それまで「TRCありき」で進んでいたものが「CCCありき」に大逆転した始まりではないか、と全国の指定管理者制度導入事情に詳しい図書間関係者が話す。
「それまでTRCが相当のお金と時間をかけて積み上げてきたものを全て覆すんですから、そこにはかなり大きな政治的な力が働いたと考えるべき。市としても、本来なら任せて安心なTRCを選びたいところなのに、あえて批判されるリスクを犯して変えたのは、そのほうが得るメリットがはるかに大きかったのでしょう。CCCから巨額の補助金を持ってくるような提案があり、その役割を担ったのがRIAだったのではないでしょうか」
図書館の基本設計を担っただけの一設計事務所が、いくら関係が深いからといって市立図書館の指定管理者決定に大きな影響力を及ぼしたというのはにわかに信じがたい。だが、ツタヤ図書館の先行事例をみると、RIAの存在が確かに際立つ。他の自治体の関係者もこう話す。
「CCCが入る図書館のプロジェクトは国の補助金がらみのところばかり。補助金というのは建物についてくるんです。中に何が入るかはまた別の話。で、その補助金を引っ張ってくるのがRIAのような建設コンサルタントです」
しかし、設計事務所が巨額の補助金調達まで面倒を見るなどということが実際にあるのだろうか。そんな疑問も湧くが、調べてみると驚くべき事実が次々と出てきた。
『多賀城市のこの再開発は事業立ち上げから基本設計、実施設計、施工監理、また、資金計画までこのコンサルタントが行っており、事業立ち上げから完成まで3、4年で終わらせています』
これは、多賀城市・ツタヤ図書館を視察したある地方議員のブログの一文。「このコンサルタント」がRIAである。同社は街づくりを得意とし、近年は特に中心市街地の再開発を手掛けていることでも知られている。
和歌山市でも、やはり新図書館が入るビルの駅前再開発からRIAがからんでいた。市の関係者がこう漏らす。
「総額328億円になる社会資本総合整備計画の(国土交通省への)提出者は和歌山市ですが、数字を弾いたのはRIAです。図書館が入るのは、建て替えられる南海和歌山市駅の駅ビルで、そこの施工監理者は今のところ未定ですが、その他の基本設計、実施設計、資金計画は全てRIAが担当しています」
莫大な補助金を獲得するスキームを構築したのは…
そのRIAが新図書館の基本設計を担当する業者に選定されたプロセスを見ると、駅前再開発プロジェクトそのものが実に不透明なスキームであることも判明した。
そもそも南海電鉄の和歌山市駅の建て替えは、14年に高島屋が閉店したため駅を含めた中心市街地の活性化をめざすことから始まった計画。市と南海電鉄が連携して駅前周辺の活性化策について検討を重ね、ホテルや商業施設なども入る駅ビルに一新することで再開発計画がまとまったが、補助金を得るためだろうか、ここに図書館も入ることになった。
このビルは南海電鉄が施主となって建てた後、市が負担金を払って譲り受ける形になるため、設計事業者の選定プロセスなどについて、市は「全くわからない」という。施主である南海電鉄が駅ビルの建て替えに要する総事業費は約120億円。担当部署によれば、そのうち半額の60億円程度が国や県・市からの補助金として南海電鉄に払われる予定になっているとのこと。
図書館については、それとは別に建設にかかった30億円を市が全額、南海電鉄へ支払う予定のため、結果的に南海電鉄は総事業費120億円のうち自己負担30億円程度で駅ビルを建て替えられることになる。市が負担する図書館建設費(30億円)も、実は半額程度が国の補助金。南海電鉄と市にとっては莫大なカネが国からもらえるというわけだ。
公共施設の建設ならば、当然、設計事務所の選定プロセスも逐一公開されているはずだが、基本設計者にRIAが選定された経緯に関しては全く情報が出てこない。担当部署に問い合わせてみたところ、新図書館が入居するこの駅ビルは、市ではなく南海電鉄が施主であるため、基本設計者の選定に市は直接関与していないという。
「契約したのは南海電鉄ですが、市と県、南海電鉄の三者で定期的に会合を持ち、設計についても市の合意がないと決められません」(都市再生課)とのことで、具体的にどのような議論があったのかは不透明なままだ。
南海電鉄にも問い合わせると、当初「基本設計は公募したところ4社応募があり、そのうち最も価格が安かったRIAに決めた」と回答していたが、再度問い合わせると「公募は行なってない。複数者に見積を取って、再安値のところを選定した。何社から見積を取ったかは言えない」と前言を翻(ひるがえ)した。
公募しなかった理由は「それで足りるから」と木で鼻をくくったような対応に終始し、どのようにしてRIAに決定したかを聞いても「提案内容は検討していない。価格だけで決めた」と言うばかり。これには「図書館の基本設計者業者を内容も検討せずに価格だけで選定するなんて、普通ありえない」と図書館関係者も驚く。
まるで“ヤクザの抗争物語”のような…
国などから補助金60億円が投入され、なおかつ図書館入居ビルについては市が30億円全額負担(うち15億円は国の補助金)する公共施設になることが確定しているにも関わらず、そのプロセスを公表しないのはなぜか?
この質問にも同社は「特に、公表するという認識では単にないため」と、まるで“禅問答”。市からも基本設計者の選定について公表するよう要請はなかったという…。
かくして、RIAが選定された経緯は闇の中。「RIAの力を借りて巨額の補助金を引っ張ってきたCCCを和歌山市は選んだ」のが事実かどうかは、巨額の公金を受け取るにも関わらず、情報開示義務を果たそうとしない民間企業が間に入っているため、これ以上は検証不能だ。
最後に、今回の談合疑惑の構図について、まとめておこう。
和歌山市民図書館の指定管理者選定において、CCCの入札価格がTRCよりも安い価格であったことは「和歌山市にとって願ってもない話だった」と図書館民営化事情に詳しい図書館関係者は指摘する。
「市は、市民にも議会にもこう説明できます。皆さんはTRCがいいというけれど、公募で高い金額を提示してきたのだから、TRCにするわけにはいかないじゃないですかと。これは説得力があります。市民は黙ってしまうでしょう。それをTRCは手伝っていると思われるため談合ではと思うのです」
では、それに応じたTRCサイドには、何か見返りがあったのか…。
「私は、特にTRCにメリットはなかったと思います。屈服しなければならない理由があって、苦渋の選択を余技なくされたのでは」と前出の図書館関係者は話す。そして、これまでの経過をまるで“ヤクザの抗争物語”のようにこう解説してくれた。
「CCCは、海老名市では共同事業体であるTRCに裏切られました。独自分類などを公然と批判され、JV解消を口にするなど、まるで背中をナイフで切りつけられるような仕打ちを受けました。その結果、TRCは誠実に図書館を考える企業、CCCは非常識な企業というイメージが社会的な評価になりました。
さらに高梁市では、TRCは自らに近い議員を使って自社のほうが安くできると横槍を入れ、CCCがスンナリ受託できないよう妨害したともとられかねないことを行ないました。(その報復として)和歌山市ではCCCが自らの力を見せつけたものとも見えます」
TRCにも十分な見返りはあった?
ところが、そんな意見とは逆の見方をするのは書籍の流通事情に詳しい出版関係者だ。
「談合があったかどうかはわからないが、指定管理者の座を逃しても、TRCにも十分オツリがくるくらい見返りはあったはず。新設の図書館の初期納品で、仕事を取りたい書店の外商が叩き合いしていると聞きます。特に地方では定価の8割で落札してしまい、『これでは赤字になる』と頭を抱えている書店や組合も多い中、TRCが初期納品だけでも有利に取れれば十分においしいといえるのではないでしょうか」
実際、CCCが指定管理者となっている図書館は全て新刊をTRCから購入。多賀城市でも全て定価で購入していることが情報開示によって明らかになっている。もちろん、図書の装備も合わせてTRCに委託されているため、指定管理を取らなくてもこれまで通り、初期納品の部分はTRCに任せることになる可能性は大。それにラベル貼りの装備なども合わせれば、結構大きな取引になるのは間違いない。
本の売上が年々減少して書店業界が苦境に陥る中、一度入り込めば、以後、安定的な収益が期待できる公共図書館への図書納入は書店にとっては喉から手が出るほど獲得したい仕事。そのため競争が年々激しくなっていて、TRCといえども値引きを余儀なくされているとも言われる中、確かに大きな値引きもなしに新設館の仕事を取れるのなら決して悪い話ではないはず。
ひとつ指定管理を取られたところで、“図書館界のガリバー”にとっては「痛くも痒くもない」と、この出版関係者は言う。選書問題などでCCCに対する批判も激しくなり、「図書館を任せるなら安定感のあるTRC」との評判も保てる。CCCを誘致したい自治体が今後も続々と現れるとも思えない。3300ある公共図書館うち500館を受託しているガリバーからすれば、まだ10館未満のCCCなど「取るに足らない競争相手」なのかもしれない。
おいしい果実は、独り占めせずに身内で分かち合う。利益が減るような競争はしないーー。それも世の常だろうが、もし裏でそんな駆け引きがついていたのだとしたら、損を被っているのは和歌山市民かもしれない。駅ビルの「賑わい創出」優先で図書館本来の機能に不安あるにも関わらず、バカ高い費用負担を余儀なくされるのだから…。
なお、今回の談合疑惑について三者にコメントを求めたところ、提案額が99%超の落札率となっていることについてCCCは「市設定の上限価格内で提案したものであり、特別な事情はございません」と回答。
また、「談合ではないか」との噂についてはCCC、TRCともに「そのような事実はない」と否定した。和歌山市の担当者も「2社が頑張って競争してくれた結果がたまたまそういう額になっただけと理解している」とのこと。もちろん、市が関与した事実もないと回答した。
(取材・文/日向咲嗣)