昨年7月の法改正で『強制性交等罪』という罪名に変わった強姦罪。懲役刑の下限が3年から5年に引き上げられるなど厳罰化もされたが、加害者の歪(ゆが)んだ心理を知ると、それだけでは犯罪抑止にならないのでは?と思えてくる。
『男が痴漢になる理由』(イーストプレス)の著者、斉藤章佳(あきよし)氏は、榎本クリニック(東京・大田区)でこれまで100人を超える強姦加害者の治療に携わり、国内でも先駆的とされる再犯防止プログラムを行なってきた。
「一見、どこにでもいそうな普通の人」ーー斉藤氏の目に多くの強姦犯がそう映った。
年齢層は20代から40代が中心、人柄はマジメで勤勉。女性経験は「人生初の性行為が強姦という人から、女性には不自由していないと思われるイケメン男性や既婚者まで」様々だという実像を前回記事では伝えた。
ただ、拘置所や刑務所で加害者への面談を重ねるうちにひとつの傾向が見えてきた。
「自己評価や自己肯定感が極めて低いことが共通点として挙げられます。他人から見ればそんな風に思う必要はないのに、本人は普段から『自分はダメな人間だ』と思いこんでいる。そして性暴力によって相手を支配している時には一時的に自己評価が上がり、自分が優位に立てて気持ちがいいと興奮を感じる。こうした心理的な要素も加害者の多くに見られます」
そんな彼らと対話する中で斉藤氏が「しばし、絶望的な気持ちになることがある」というのは、犯した罪に対する“反省の弁”を聞かされた時だ。
「彼らは一様に『逮捕されてよかった』といいます。このままいくと行為はもっとエスカレートしていた、という安堵感。しかし、罪の意識は非常に薄っぺらく、反省もその場しのぎ。被害者に対する本当の意味での謝罪の念はほとんど感じられません」
そこには、強姦加害者たちの救いがたい認知の歪みがある。
「彼らは『自分は他の強姦犯とは違う』と言います。理由を聞くと『ローションを使って性器を傷つけないように配慮したから』だと。相手の体を傷つけずに性行為ができたという点に満足している加害者は少なくありません。彼らが見ている現実は『強姦をした』ことよりも『女性を気づかった』ことが先にくるんです」
そんな彼らの認知は、犯行が繰り返される中で歪みを増していくという。
加害者B氏(20代)の場合、高校時代の成績は常に学年トップで有名私大に入学。複数のサークル活動に参加する普通の学生だったが、低身長と太っていることがコンプレックスで女友達はひとりもできなかった。
日に日に「女性の身体に触ってみたい」という考えが頭の中を支配するようになり、夜間、自転車で街を徘徊。そのうち女性を見かけると追跡するようになり、いつしかカバンにナイフを忍ばせるようになった。
まるで恋人のように女性と接する加害者
「そして、初めてナイフを見せて女性を脅迫した時、相手は恐怖のあまり大声を出したり抵抗することもなく、これに味をしめて、彼は下着を脱がせて陰部を触るという行動を繰り返すようになりました」
1年ほど経過した頃、いつものように女性を脅して弄(もてあそ)んだ後、とうとう近くにあった公園のトイレに無理やり連れて行って強姦に及んだという。
「犯行後、ついに一線を越えてしまった興奮と取り返しのつかないことをしてしまった恐怖が交錯するのと同時に『次の行動への“渇望感”が湧いてきた』と本人は言っていました」
その“渇望感”に突かれ、B氏は月2回のノルマを決めて強姦を繰り返すようになった。
「彼は行為中に『相手は俺のテクニックで喜んでいるだろう』『外だからあえぎ声は出せないんだろう』と本気で思っていました。犯行時、女性の多くは恐怖心から身体が硬直して動かなくなります。『擬死状態』といって、スウェーデンの研究報告では7割の被害者がそのような体験をしているという調査結果もあります。
しかし、加害者はこの状態を『受け入れてくれた』『合意してくれた』と捉えるのです。また、これは昨年の法改正で議論となった暴行脅迫の要件にも関係してきます。つまり、擬死状態を抵抗しなかった(=合意)と判断される場合があるということです」
この認知の歪みは犯行直後にも異常な行動となって表れる。
「行為を終えた後、その場でカップルのように一定時間を過ごす加害者もいます。犯行直後に女性と話がしたくなって背後から抱く形でソファに座り、1時間ほど会話を楽しんだ後、『また会おうね』といって部屋を去っていった加害者もいました。
信じられないかもしれませんが、強姦した後にまるで恋人になったかのように女性と接する加害者は一定数います。もちろん、被害者は怖くて言う通りにしかできません」
ここまでくると、自分の性暴力によって相手をどれほど傷つけているか、という点に全く関心が及ばなくなっていくのだという。先のB氏の場合も「最後のほうは自分の行動が自分でコントロールできない状態になり、惰性で強姦をやっていた」(斉藤氏)そうだ。
『自死』か『性暴力』かの二者択一的思考
『犯罪白書』によると、強姦の再犯率は4割近くと他の犯罪に比べても高い。
「彼らは刑務所では模範囚として真面目に刑期を過ごします。しかし、刑務所にいる間から『出所したら強姦しよう』と心に決め、本当に対象行為に及んだ例もあります。過去には出所直後に刑務所近くの公園で女性を待ち構え、園内のトイレで強姦に及んだという事件もありました」
現在、刑務所では受刑者を対象に『性犯罪再犯防止指導(通称・R3)』が実施されている。これは、指導職員ふたりが受刑者8人程度のグループに、認知行動療法などのプログラムをリスクに応じて数ヵ月間実施し、再犯防止を図るための“矯正教育”。
法務省の調査では、受講した受刑者の再犯率が低くなる傾向が見られたとの報告もあるが、「課題も多い」と斉藤氏は見る。
「指導職員の数が少ないので毎年500人程度しか受講できず、受講待機者は12年度末1674人から16年度末1845人と年々増加しています。教育を受けたくても分類で対象からはずれ、プログラムを受けられずにそのまま出所してくるハイリスクな加害者も少なくありません」
斉藤氏が勤める榎本クリニックにはそうしたハイリスクな加害者もやってくる。そこで行なう治療は主に認知行動療法と薬物療法。ヒアリングを通じて加害者がどんな状態になれば強姦行為に直結するリスクが高まるかという“犯行のトリガー(引き金)”を明確にし、悪循環のパターンや犯行サイクルを可視化していく。
ある加害者の場合、レベル1『友人・家族らとの不接触』、レベル2『出かけてまっすぐ帰宅しない』、レベル3『目的もなく音楽を聴きながら自転車を走らせる』、レベル4『触るくらいなら大丈夫と思う』、最終的には『女性を追跡し、脅す決心をする』といった具合に犯行リスクが高まっていく。
こうして明確にしたトリガーは、再犯防止に努める加害者にとっては犯行の“警告サイン”となる。そこで今度は、その警告サインを感じ取った時にどう対処すれば犯行への衝動を抑えられるかを導き出していく。
上の加害者の例だと、『音楽を大音量にする』『コンビニなどに駆け込む』『大通りに出て大声を出す』『知人・家族に電話する』『被害者への手紙を読み直す』といった具合だ。
「加害者の心から犯行への渇望感や、対象行為に至る条件反射の回路を消去するのは簡単なことではありません。本人の治療への動機づけに加えて、家族や友人といった身近な協力者の存在が鍵になります」
最後に日々、強姦加害者と向き合い続ける斉藤氏に聞いてみた。
―強姦は一般常識から逸脱した思考を持つ異常者が犯す犯罪? それとも…。
「性犯罪の中では痴漢ほど身近な性犯罪ではないにせよ、多くの男性が追い詰められた時、そのようなリスクを内包していると自覚する必要があると思います。つまり『自死』か『性暴力』かの二者択一的思考です。
だからこそ、社会全体がタブー視するのではなく、“男性自身の問題”としてしっかりと直視していくことが求められると私は考えています」
(取材・文/週プレNews編集部)