『週刊プレイボーイ』本誌で「モーリー・ロバートソンの挑発的ニッポン革命計画」を連載中の国際ジャーナリスト、モーリー・ロバートソンが、「ラジニーシ教団」のドキュメンタリーから見る、昨今の政治議論の類似について語る!
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Netflixで先日公開された、1980年代にアメリカで注目された「ラジニーシ教団」を追った長編ドキュメンタリー『ワイルド・ワイルド・カントリー』は実に面白い作品でした。
インド人宗教家バグワン・シュリ・ラジニーシが米オレゴン州の田舎に多くの人間を集めて"理想郷"を建設し、自治権を握ろうとした経緯や、教団と地元住民らとの激しい軋轢(あつれき)の末にバイオテロや殺人未遂といった犯罪行為がエスカレートしていく様子を、当時の記録映像と関係者の現在の証言を交えて描いていきます。
作品は1981年、バグワンと信者らがオレゴン州の小さな町に「ラジニーシプーラム」という宗教コミューンを建設するところから始まります。潤沢な資金を持つ教団は1億2500万ドルもの大金を費やし、広大な土地に病院、学校、レストラン、ショッピングモール、空港などを造ります。ラジニーシはインドだけでなく、アメリカをはじめとするリッチな西洋人にも多くの信者がおり、彼らに財産を上納させていたのです。
アメリカでは60年代から70年代に若者を中心に政治運動が盛り上がりましたが、若者が期待するほど現実は変わらず、一種の失望感が広がっていました。「資本主義陣営と社会主義陣営の争いでは何も変わらない、無駄な戦争が起きるだけだ」と。
そして、かつて理想に燃えた人たちの一部(知識層も含む)は"第三極"としての精神世界を支持するようになります。その頃に出てきた"詐欺師スレスレのトリックスター"とでもいうべき指導者が、日本でも有名なカルロス・カスタネダであり、このバグワンでした。彼らは人々の心に突き刺さる"ホットボタン"を知っており、西洋の物質社会に生きるナイーブな人たちから金を巻き上げ、"ユートピア"をつくっていったのです(日本ではラジニーシ教団とオウム真理教の拡大プロセスの類似性を指摘する声もあります)。
西洋文明は唯物主義で心が満たされず、東洋文明は心だけで科学を迷信の世界に引き込む。キミたちが、人類で初めて両者の橋渡しをするのだーーそんなストーリーをラジニーシ教団は吹聴(ふいちょう)しました。教団のひとつの売りは"フリーセックス"だったのですが、これもあらゆるものからの解放を求める人々にとっては自由の象徴と思えたのでしょう。
人は"信じたいものだけを信じる"
バグワンは事件の後、インドに戻って「OSHO(和尚)」を名乗り活動を続け、90年に死去した後も多くの信者がいます。アメリカでの事件についても、「側近が悪かっただけだ」「OSHOの教えそのものは正しい」などと彼らは言う。こうした声を見るにつけ、人は"信じたいものだけを信じる習性"があるのだということを再認識させられます。
もちろん宗教と同一視するのは危険ですが、昨今のSNSなどにおける政治議論にも似た構造があります。自分の考えをとにかく正しいものとし、意見の合わない人を切り捨て、先鋭化していく。そして自分が理想とする社会にならないという"苦い現実"を、簡単に陰謀論と結びつけてしまう。
今、自分の周りにいる誰かの顔を思い浮かべた人も多いかもしれませんが、実は知らず知らずのうちにあなた自身がそうなっているかもしれないのです。若きエリートたちの道を誤らせたラジニーシ教団の騒動はそれを教えてくれます。
●モーリー・ロバートソン(Morley Robertson) 国際ジャーナリスト。1963年生まれ、米ニューヨーク出身。日テレ系情報番組『スッキリ』の木曜コメンテーター。ほかに『教えて!ニュースライブ 正義のミカタ』(朝日放送)、『報道ランナー』(関西テレビ)、『けやきヒルズ・サタデー』(Abema TV)などレギュラー多数。
■2年半におよぶ本連載を大幅加筆・再構成した待望の新刊書籍『挑発的ニッポン革命論 煽動の時代を生き抜け』(集英社)が好評発売中!