『週刊プレイボーイ』で「挑発的ニッポン革命計画」を連載中の国際ジャーナリスト、モーリー・ロバートソンが、世界中に広がる"反ワクチン運動"に警鐘を鳴らす。
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米ニューヨーク市ブルックリン地区で、はしかの感染拡大を受け、公衆衛生の非常事態宣言が発令されました。
同地区における感染者は、主にユダヤ教超正統派の子供たちです。ニューヨーク州では個人の思想・信条を理由にワクチンの予防接種を拒否する権利を認めており、宗教上の理由で接種を拒否した人々が、はしかが流行しているイスラエルを訪問し、抗体を持たない子供たちに広く感染した......という流れのようです。
近年、アメリカに限らず欧米諸国を中心に、3種混合MMR(はしか・おたふく・風疹[ふうしん])ワクチンの接種を子供に受けさせない親が増えています。いわゆる"Anti-Vax(反ワクチン)運動"の影響です。
SNS上では「マスメディアが報じない真実」として、ワクチンに関するあらゆるデマが世界中で共有されています。ワクチン推奨は医薬業界の陰謀だ、むしろ接種すると自閉症になるリスクがある......。
なお「ワクチンで自閉症」説の元ネタは、英国人医師が1998年に発表した論文ですが、後に捏造(ねつぞう)疑惑(実際はワクチン接種と自閉症の関係を示す有意なデータが存在しない)が発覚し、掲載した医学誌から永久削除されています。
しかし"Anti-Vaxxer(反ワクチン派)"はそんなことはお構いなく、巧みに連携を取り、ターゲットになりそうな層や組織を狙い撃ちして勧誘(オルグ)を仕掛けています。
ニューヨークのケースでは、正統派ユダヤ人コミュニティの宗教指導者たちは「ワクチンは必要で無害」との見解で一致しているものの、都市伝説やフェイクニュースに影響された一部の人々が頑としてワクチンを拒否。
現地で結成されたNPOが「ワクチンが自閉症をもたらす」などと訴えるマガジンを配布したり、ワクチン相談用のホットラインを設けたりといった事例も報じられています。
一方で、非常事態宣言を受け、バスの運転手がユダヤ人の乗車を拒否しようとしたという事例も報告されており、新たな「ユダヤ人差別」へと発展することも懸念されます。
また、Anti-Vaxxerは自分たちの邪魔になりそうなジャーナリストや一般人を徹底的に個人攻撃することもあります。例えば、はしかが原因で子供を亡くした母親が「ワクチンを受けていれば......」とでも言おうものなら、あらゆる手段を使ってさらし者にし、本人のフェイスブックページにもヘイトの書き込みを集中させる。
「子供が死んだのはおまえのせいだ」「いや、死んだというのも嘘だろう」「そんなにワクチンを推進させたいのか」......。ワクチン=悪と思い込む"信者"たちが、正義感や使命感にかられ魔女狩りをするという衝撃的な構図です。
Anti-Vaxの波が止まらないのは、その"文脈"が、世界中に広がるポピュリズムと親和性が高いこともあります。政府やエリートが私たちをだましている、ワクチン推進の裏には「理由」があるはずだ――。
本当の「理由」は、そうすることでより多くの命を救えるというシンプルな事実なのですが、反対派はその裏に果てしない物語を見ているのです。
WHO(世界保健機関)によれば、今年1~3月の世界のはしか患者数は前年同期比4倍。科学的な思考を放棄すれば、いずれ自分たちが傷つくことを忘れてはいけません。
●モーリー・ロバートソン(Morley Robertson)
国際ジャーナリスト。1963年生まれ、米ニューヨーク出身。日テレ系情報番組『スッキリ』の木曜コメンテーター。ほかに『教えて!ニュースライブ 正義のミカタ』(朝日放送)、『報道ランナー』(関西テレビ)などレギュラー多数。本連載を大幅に加筆・再構成した書籍『挑発的ニッポン革命論 煽動の時代を生き抜け』(集英社)が好評発売中!