『週刊プレイボーイ』で「挑発的ニッポン革命計画」を連載中の国際ジャーナリスト、モーリー・ロバートソンが、アメリカで話題になっている「キャンセルカルチャー」について語る。
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近年、アメリカなどで流行中の"woke(ウォーク)"というスラングをご存じでしょうか? もともとは「目覚める」という意味の動詞"wake(ウェイク)"の過去分詞ですが、そこから転じて「社会的正義や人種差別などに敏感なこと」を意味し、「あの映画はwokeだった」「あの人はwokeだ」のように使います(日本でもwokeな人が徐々に増えているように思います)。
wokeであること自体は、もちろん素晴らしいことでしょう。しかし、一部ではそれが暴走して「絶対的な正義」を掲げ、自分と違う意見や大らかな意見、あるいは何も気にしない人々を強く非難するような人も出てきています。最近アメリカでしばしば話題となる「キャンセルカルチャー」もその流れでしょう。
キャンセルカルチャーとは、著名人やインフルエンサーの過去の発言などを掘り出し、前後の文脈や時代背景を無視して徹底的に糾弾するという潮流です。キャンセルとは「いらない/受け入れられない」を意味し、SNS上でさまざまな著名人が「おまえなんかキャンセルしてやる」とばかり吊るし上げられています。
例えば、今年2月のアカデミー賞授賞式で司会を務めるはずだった黒人コメディアンのケヴィン・ハートは、約10年前の同性愛嫌悪的な発言がwokeな人たちの目に留まり大炎上。大役を辞退するに至りました。
僕が個人的にも驚いたのは、アンダーグラウンド・コミックス運動の中心人物である作家のロバート・クラムまでもが"キャンセル対象"となったことです。
社会秩序を守るためにコミックスの表現が厳しく規制されていた1960年代、クラムはメインストリームでは決して描けない過激な性的表現、暴力、ドラッグ、差別......など社会の病んだ部分をテーマに、グロテスクな画風でアンダーグラウンドシーンを牽引(けんいん)しました。
彼の作品はたびたび摘発対象となり、販売した書店の店主が逮捕されるなど、麻薬と同じような扱いを受けた時期もありました。
そんな困難を乗り越え、アーティストとして評価されるに至ったクラムは、がんじがらめのメインストリームとは違う場所で独自に自由な表現を勝ち取ったパイオニアといっていいでしょう。彼の挑戦が、コミックスの表現そのものの広がりに寄与したことも紛れもない事実です。
しかし、今や一部の"woke系"の人々にとっては、クラムの作品は「差別的でおぞましいもの」のようです。昨年マサチューセッツ州で開かれたインディ系コミックスの博覧会ではクラムの名前が削除され、先日もメリーランド州での出版系エキスポで、黒人女性漫画家ベン・バスモアがクラムをくさす発言をすると大きな拍手が起きたそうです。
ポップカルチャーを代表する作家で偉大なイノベーターでもあるクラムが、同業者から「表現が不快」との理由でキャンセルされるとは......。
こうした状況を受け、オバマ前大統領は先日シカゴで開催されたイベントに登壇した際、こう述べました。
「こんなやり方で世の中を変えることなどできない。そうやって気に入らないものに石を投げつけているだけなら、成功には程遠い」
"正義の押しつけ"はリベラルを衰退させるだけ――オバマの忠告は、アメリカにだけ当てはまるものではないと感じるのは僕だけでしょうか。
●モーリー・ロバートソン(Morley Robertson)
国際ジャーナリスト。1963年生まれ、米ニューヨーク出身。日テレ系情報番組『スッキリ』の木曜コメンテーター。ほかに『報道ランナー』(関西テレビ)、『水曜日のニュース・ロバートソン』(BSスカパー!)などレギュラー多数。本連載を大幅に加筆・再構成した書籍『挑発的ニッポン革命論 煽動の時代を生き抜け』(集英社)が好評発売中!!!