ベトナムの首都ハノイにある、来日前の技能実習生の研修センター前で撮影された写真。日本側の受け入れ組織の面々を、実習生たちが取り囲んでいる ベトナムの首都ハノイにある、来日前の技能実習生の研修センター前で撮影された写真。日本側の受け入れ組織の面々を、実習生たちが取り囲んでいる

新型コロナウイルスの感染拡大の影響で、農業分野における「外国人技能実習生」2400人が来日できない事態となった。江藤拓(たく)農林水産大臣が4月28日の閣議後会見で、そう明らかにした。受け入れを予定していた農家は、深刻な人手不足から代替人材の確保に乗り出している。

農水省によると、この2400人の内訳は、中国人が過半数を占め、続いてベトナム人2割、フィリピン人1割弱など。来日できなくなったのは、日本政府による外国人の入国制限が理由だ。今後の見通しも立っていない。

一方、製造業の分野では、感染拡大防止のための休業に伴って多くの技能実習生が失職した。そこで法務省は、日本国内での雇用継続のため、技能実習生の在留資格を「特定活動」に変更するという特例措置を認めた。期間は最大1年で、これまで同じ分野の業種にしか転職ができなかったのが、異業種間の転職も可能になった。

このように現在、異国の地・日本でコロナ禍に振り回されている技能実習生たち。しかし彼らを取り巻く環境をさらにひもといていくと、それ以前からずっと続いている、国境をまたいだ「超貧困ビジネス」の実態も浮かび上がってくる。

■レッドカーペットで国旗を振りお出迎え

レッドカーペットの両脇に、作業着姿のベトナム人男女が整列し、日本とベトナムの小旗を手にする姿がスマホに映し出されている(冒頭写真)。背後には学校とおぼしきコンクリート造りの建物がある。

もう一枚の写真は、真っ赤なアオザイ(ベトナムの伝統衣装)を着た若い女性たちが、スーツ姿の日本人男性を出迎える場面だ。

上と同じ研修センターでの写真。ベトナムの民族衣装アオザイを着た若い女性たちが、スーツ姿の日本人男性を仰々しく出迎えている 上と同じ研修センターでの写真。ベトナムの民族衣装アオザイを着た若い女性たちが、スーツ姿の日本人男性を仰々しく出迎えている

画像を見せてくれたベトナム人男性、ズンさん(仮名、39歳)が、画面に映る日本人男性を指さし、状況を日本語で説明してくれた。

「これは『監理(かんり)団体』の人たち。赤い絨毯(じゅうたん)を敷いて、大臣みたいにお迎えします。並んでいるのは技能実習生の生徒。日本の企業に受け入れてほしいからこういうことをやる」

ズンさんの日本語は、首都ハノイの大学でみっちり勉強しただけあって流暢(りゅうちょう)だ。続けてこう語気を強めた。

「私、おかしいと思う。実習生たちがかわいそう。奴隷じゃないよ!」

私は昨夏、ベトナム人技能実習生の実態を取材するため、首都ハノイを訪れていた。その際に出会った、「送り出し機関」で働くズンさんからレッドカーペットの写真を見せられ、仰天してしまったのだ。その写真は、日本の受け入れ企業や監理団体幹部が、実習生の面接をするため、ハノイの研修センターを訪問したときの様子を伝えていた。

まるで大臣をお迎えするかのような光景もさることながら、アオザイ姿の女性としたり顔で写真に収まっている日本人たちはいったい何様のつもりだろう―そう思われても仕方がない場面だ。

同じ東南アジアのフィリピンに長年住んでいた私の感覚からしても、これほどまでに力関係が露骨に表れた儀式が日常茶飯事のように行なわれているのは、異常事態と言わざるをえない。

外国人技能実習制度は、日本で学んだ技能や知識を発展途上国に持ち帰る技術移転を目的に、1993年に始まった。が、実際には「技術移転」とは名ばかりで、もっぱら人手不足に悩む中小零細企業の労働力として駆り出されているのが実情である。

対象職種は食品製造、建設、農漁業など82職種で、在留期間は最長5年。日本での受け入れ形態は2パターンあり、商工会議所や事業協同組合など非営利の監理団体が実習生を受け入れ、傘下の企業で働きながら技能を習得する「団体監理型」、そして日本の企業が海外の現地法人や合弁企業などから直接実習生を受け入れる「企業単独型」に分かれている。法務省によると、団体監理型の受け入れが全体の約98%を占める。

日本に在留している実習生の数は2019年末現在、約41万人に上り、国籍別ではベトナム(約53%)が半数以上を占め、これに中国(約20%)、フィリピン(約9%)と続く。

制度開始時は中国人が大半を占めていたが、近年は中国の経済成長に伴う賃金上昇の影響で、ベトナムなどの新興国が新たな送り出し国として台頭してきた。

ズンさんが働く「送り出し機関」とは、実習生を募集し、日本の企業へ送り出す民間会社のことだ。これに対して「監理団体」は、日本側の受け入れ窓口である。

問題は、送り出し機関が徴収する手数料の高さだ。

「実習生ひとり当たり60万~80万円です。送り出し機関の大半が高い手数料を取ります」(ズンさん)

手数料の詳細については後述するが、ズンさんの言う金額は、平均月収が2万円台のベトナムでは大金だ。日本の物価水準に換算すれば、1000万円を支払って海外へ働きに行くような感覚だろう。

実習生たちの日本での月給は最低賃金で計算され、都市部で額面上は約15万円。社会保険、家賃や光熱費などを差し引かれると、手元に残るのは10万円ほどになる。

そこから母国の家族に仕送りを続け、借金の返済に充てる。それでも計画どおりに完済できたら、200万円ほどを持ち帰り、故郷に錦を飾れる可能性がある。だから皆、家と土地を担保に借金してまで、手数料を工面するのだ。

だが、そんな理想とは裏腹に、借金を背負った一部の実習生たちには、日本で過酷な現実が待ち受けていた。

■「女紹介してくれ」。横行する過剰接待

技能実習制度を監督する国の機関「外国人技能実習機構」によると、送り出し機関は4月末現在、ベトナムに約360社。日本の監理団体に実習生を多数受け入れてもらえばその分収益が上がるため、あの手この手で売り込んでいる。この競争社会が「過剰接待」につながるゆえんだ。

そのひとつが冒頭で紹介したレッドカーペットの場面である。ズンさんが実情を嘆く。

「接待は大変です。お金のある送り出し機関は、ベンツで空港まで迎えに行きます。お金なければ接待できない。接待できなければ派遣できない。送り出し機関は立場が弱いのです。『女紹介してくれ』と言う社長さんもいます」

接待は、空港での出迎えやレッドカーペットにとどまらず、食事や観光案内はもちろんのこと、夜の歓楽街までとまさに至れり尽くせり。

送り出し機関の間で定番とされている夜の店は、ハノイ市内にある高級ホテルに入居する高級クラブだ。

店の入り口には、「ママさん」と呼ばれる複数の中年女性が待機している。ママさんに案内されて中へ入ると、店内は薄暗く、前方のステージでは、スポットライトを浴びたバンドが生演奏をしている。

ソファに腰を下ろすと、ドレス姿の若い女性たち10人ほどがずらりと目の前に並び、笑顔でアピールしてくる。

ママさんが日本語でシステムの説明を始める。

「ショートは1万5000円で、朝までは2万5000円よ!」

これは私が実際に入店した際の体験談だが、ズンさんはこの店で接待を繰り返している常連客だ。

「女のコの連れ出し費用も送り出し機関が負担することがあります。接待のお金は実習生の手数料から支払います。だからみんな借金多い」

日本の受け入れ企業や監理団体の幹部は実習生の面接のためにベトナムを訪れる。その際、夜の店まで含めた接待が行なわれることが通例になっていることが多いという 日本の受け入れ企業や監理団体の幹部は実習生の面接のためにベトナムを訪れる。その際、夜の店まで含めた接待が行なわれることが通例になっていることが多いという

ズンさんが先に示したように手数料が60万~80万円という高額に上る理由は、航空チケットやビザ申請手数料、日本語学習費などに加えて、この接待費も事実上、負担させられているからだ。

手数料については、送り出し機関の認定を行なうベトナム労働・傷病兵・社会省により上限が3600米ドル(約38万円)と定められている。しかし、接待費などが積み重なり形骸化しているのが実情で、時には100万円に達する。

訪日した実習生たちは当面、借金の返済に追われるため、仮にパワハラや長時間労働、残業代未払いなど、劣悪な雇用環境に直面した場合でも我慢せざるをえない。

つまり監理団体や企業側から、完全に足元を見られているのだ。

「こいつらは借金があるから、多少の理不尽でも文句を言えないだろう」

と。もちろん、すべての実習現場に該当するわけではない。特に地方の製造業や農業の現場では、実習生の労働力なくしては「成り立たない」と重宝されているほどだ。それでも、暴言や暴力事件が絶えないのである。

実習生の借金を膨らませるこの過剰接待について、外国人の労働問題に詳しい指宿(いぶすき)昭一弁護士は、「残念ながら、現行制度の下では違法性があるとはいえない」と述べた上で、その理由をこう説明する。

「日本国内であれば、雇用契約が結ばれるまでの過程に第三者が介入し、そこで利益を得ることは中間搾取とみなされ、明らかに違法です。ところが、国を越えると中間搾取ができてしまう点に法の不備があります。本来取り締まるべきものが、国境をまたぐことで取り締まれていない」

立場の弱い実習生から手数料を吸い上げ、それが監理団体や日本の受け入れ企業の接待費に消えていく。その歪(いびつ)な現実に、ベトナム人からも批判の声が寄せられている。

★後編では、日本側の仲介業者が不当に手にしていた"甘すぎる果実"のさらなる実態に迫る。

●水谷竹秀(みずたに・たけひで)
ノンフィクションライター。現在、アジアと東京・山谷を拠点に活動。2011年『日本を捨てた男たち』(集英社)で開高健ノンフィクション賞受賞。近著に『だから、居場所が欲しかった。 バンコク、コールセンターで働く日本人』(集英社文庫)など