『週刊プレイボーイ』で「挑発的ニッポン革命計画」を連載中の国際ジャーナリスト、モーリー・ロバートソンが、アジア系へのヘイトと渋沢栄一について語る。
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プロテニスプレーヤーの大坂なおみさんや錦織(にしこり)圭さんが、アジア系の人々へのヘイトに反対するATP(男子プロテニス協会)/WTA(女子テニス協会)のビデオメッセージに出演したことが話題になりました。
欧米諸国ではアジア系に対する偏見や差別が長年存在してきましたが、新型コロナの感染拡大以降、「"武漢ウイルス"は中国の細菌兵器だ」といった陰謀論の広がりとともに、アメリカなどでヘイトクライムが目に見えて増加しています。
アメリカでは古くから、アジア系移民の多い西海岸がアジア系差別・排斥運動の中心でした。19世紀末~20世紀前半の黄禍(おうか)論(黄色人種脅威論)に始まり、戦後もハリウッド映画やテレビ番組でステレオタイプな「東洋人=オリエンタル」という図式が戯画化され続け、偏見を助長していきます。
20世紀中盤以降の公民権運動やフェミニズム運動の潮流においても、黒人・ヒスパニックと白人の平等、男女の平等が前面に押し出されましたが、アジア系アメリカ人は基本的に蚊帳(かや)の外。アジア系コミュニティが団結して自分たちの権利獲得を声高に叫ぼうという動きも見られませんでした。
こうした沈黙もあり、またアジア系には"マジョリティ憑依(ひょうい)"して白人社会に取り込まれようとする学歴強者や経済的成功者が多かったという傾向もあり、アジア系に対する差別や偏見はさほど問題視されることなく社会に定着し続けました。ただ、それでも時代ごとに差別に対抗しようとする人、思いやりをもって相互の理解を深めようとする人たちがいたことも事実です。
例えば、日系移民に対する排斥運動が激化していた1927年のアメリカで、「人形計画」を実行した宣教師のシドニー・ギューリック。彼は20年の日本在住経験がある親日家で、友好のかけ橋になろうと、米国内で集めた1万2000体以上の"青い目の人形"を日本の子供にプレゼントしました。
そして、その心遣いに感動した日本側も、友情の証(あかし)として日本人形を贈り返したのです。たった58体でしたが、260万人の日本人からの寄付をもとに、熟練の職人によって一体一体つくられた高級な市松人形だったそうです。
実は日本側でこの事業に尽力したのが、現在NHK大河ドラマ『青天を衝(つ)け』でその生涯が描かれている実業家・渋沢栄一でした。多くの起業に携わり、社会事業にも深くコミットするなど「近代日本の資本主義の礎を築いた」とされる渋沢ですが、悪化する日米関係改善のため4度も渡米した経験があり、特に晩年は平和的な活動に注力していたといわれています。
残念ながら日米はその後、第2次世界大戦という悲しみの歴史を歩むことになり、友好の証として贈られた多くの人形も多くが焼失してしまいました。渋沢やギューリックの活動は、社会のあちこちに爪痕を残しつつも、大きな目で見れば"歴史の轟音(ごうおん)"にのみ込まれてしまったということになります。
いつの時代も、思いやりを持って相互の理解を深めようとする個人は存在します。その存在は今、世界のあちこちで轟音のような憎悪にかき消されているかもしれませんが、その声を知ろうとすること、耳を傾けることが必要ではないでしょうか。
●モーリー・ロバートソン(Morley ROBERTSON)
国際ジャーナリスト。1963年生まれ、米ニューヨーク出身。レギュラー出演中の『スッキリ』(日テレ系)、『報道ランナー』(関テレ)、『所さん!大変ですよ』(NHK総合)ほかメディア出演多数。NHK大河ドラマ『青天を衝け』にマシュー・ペリー役で出演し大きな話題に!