元五輪選手村だった晴海フラッグ。このエリアとしてはお買い得とされている物件だが、それでも賃貸で入居したほうがお得になる可能性が高い 元五輪選手村だった晴海フラッグ。このエリアとしてはお買い得とされている物件だが、それでも賃貸で入居したほうがお得になる可能性が高い
買うべきか、借りるべきか――。人生に付きまとうこの永遠の二者択一に変化があったという。住宅ジャーナリストの榊淳司氏が解説する。

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私の主な肩書は「住宅ジャーナリスト」である。メディアの取材を受けたり、テレビの情報番組に呼ばれたりする際に、5回の内4回は聞かれる質問がある。

「買うのと借りるのと、どちらが良いのですか?」

これはある意味、「神学論争」である。あるいは、その人の生き方や価値観の問題である。だから容易に答えることができない。ここでは条件を絞って答えを出してみる。ずばり、経済的に「どっちが得か」という視点である。

まず、あらかじめこの仮説の前提条件についてご理解いただきたい。

住まいというのは、ある意味で人間と同じ。まったく同じモノは存在しない。

例えば、同じエリアでまったく同じ条件のマンションや戸建て住宅は存在しえない。ましてや、同じ物件が売却と賃貸募集を同時に行っていることも、ほとんどない。したがって、すべては「同じような」物件が、仮にあったとした場合として考えることになる。

結論から言うと、ある基準を使えば、どちらが得かをカンタンに判断できる。それは「買った場合の価格が家賃の何年分に相当するか」という基準である。

榊淳司氏。住宅ジャーナリスト。1962年京都府生まれ。同志社大学法学部および慶應義塾大学文学部卒業。バブル期以降、マンションの広告制作や販売戦略立案などに20年以上従事したのち、業界の裏側を伝える立場に転身。購入者側の視点に立ちながら日々取材を重ねている。『マンションは日本人を幸せにするか』(集英社新書)など著書多数 榊淳司氏。住宅ジャーナリスト。1962年京都府生まれ。同志社大学法学部および慶應義塾大学文学部卒業。バブル期以降、マンションの広告制作や販売戦略立案などに20年以上従事したのち、業界の裏側を伝える立場に転身。購入者側の視点に立ちながら日々取材を重ねている。『マンションは日本人を幸せにするか』(集英社新書)など著書多数
私は、家賃の10年分で買えるのなら、買うべきだと思う。もちろん、それは10年以上住むと考えた場合である。家賃の20年分以上だと、慎重になるべきだろう。30年分を超えるなら買わずに借りたほうが良いのではないか。

では、計算方法をカンタンに説明したい。

まず、家賃の場合は2年ごとに1か月分の更新料が発生すると想定して、その分を加算する。そして、家賃はずっと変わらないという前提に立つ。

買った場合の費用は、所有することによって発生する費用をすべて加算する。マンションなら管理費や修繕積立金。そして固定資産税や都市計画税。給湯器やエアコンの更新も想定した方がいい。給湯器は15年に一度で約30万円。エアコンは15年に一度で1基10万円前後。あと、ローンで購入する場合は利息分も加算すべきだ。

この基準で考えると、都心になればなるほど家賃に換算した場合の年数が増える。つまりは「買うべきではない」という判断になる。逆に、都心から離れれば離れるほど「買うべきである」という結論が導かれる。

例えば、東京都心で今話題の「晴海フラッグ」という物件がある。

この中のタワー棟の販売価格は74㎡で9400万円前後。管理費関係が月額5.5万円。固定資産税などは年間30万円と想定しよう。

8500万円を20年ローンで借りた場合の利子負担は0.5%(やや低すぎるが)と想定して425万円。20年間の保有費用は1億1130万円。1ヵ月あたり約49万円となる。同様に30年なら1か月約36万円。

これに対して、同様のマンションを賃貸で30年借りた場合、共益費を含めた月額家賃は33万円程度、想定できる。ここに2年に1回の更新料1ヵ月分や賃貸契約時の礼金や仲介手数料を加算しても約34万円だ。

不動産を保有するということは、様々なリスクを背負うことでもある。大きな地震がやってくれば建物が壊れるかもしれない。それを補修するために、区分所有者であれば一時金を徴収される可能性もある。

上階に耐え難い振動を発する家族が住むかもしれない。あるいは自分が振動の発生源になって、クレームを受けることもあり得る。タワマンなら、ちょっとした施工不良で隣戸の生活音が聞こえやすい住戸もある。そういう住戸に当たると、ずっと隣戸の生活音を聞きながら暮らすことになる。

あるいは、管理組合の運営トラブルに巻き込まれるかもしれない。マンション内の人間関係がこじれることもあるだろう。

「買って住む」ということは、それらのリスクをすべて背負い込むことでもあるのだ。それが賃貸なら、さっさと引っ越してしまえばたいていのトラブルは解消できる。

給湯器やエアコンなどの設備が故障すれば、修理のための費用はオーナー負担である。漏水事故が発生した場合も、借り手に過失がなければ修理や賠償の費用はオーナー持ち。賃借人はローリスクだ。

購入する場合はそういったリスクをすべて背負うことになる。そして、30年のローンを返し続けて残るのは、築30年の老朽初期マンション。資産価値がどの程度に評価されるのかは、その時の市場環境次第だ。ただ、よほど立地が良い物件でないと、購入時の半分程度にも評価されない場合が多い。

そう考えると、どうやらこの選手村跡地のマンションは、買うよりも賃貸の方がよさそうである。

しかし郊外ならどうだろうか。

例えば、東京湾を挟んで神奈川県川崎市の向かい側にある千葉県の木更津市。このエリアでは家賃16万円前後で延べ床面積が110㎡程度のカーポート付き戸建て住宅が借りられる。同様の物件を購入する場合の市場価格は1500万円から2000万円。仮に2000万円としても家賃の10年分ちょっと。10年以上住む予定なら、断然買ってしまった方がお得に思える。

家賃16万円と聞くと「木更津だったらもっと安く借りられるのでは」と考える人もいるだろう。しかし、こういう物件の家賃というのは、通常の賃貸借契約の場合は物件価格が安くても一定以上は安くできない。その理由は、オーナー側には設備を維持する義務が生じるからだ。

前述のように給湯器やエアコンが故障すれば修理したり取り換える義務はオーナー側にある。台風で破損した場合も、補修するのはオーナー。そういうリスクを背負うわけだから、家賃もそれなりのレベルに設定されるのだ。

持ち家のほうがお得とされる郊外の住宅だが、相続時には「負動産」となってしまうリスクが 持ち家のほうがお得とされる郊外の住宅だが、相続時には「負動産」となってしまうリスクが
ただ、郊外の物件を所有することは、相続時にはリスクとなり得る。こういった郊外の不動産を残されても、子どもたちは迷惑だ。いわゆる「実家の後始末」の悩みの種になるだけだからだ。

全国で空き家問題が顕在化していることをみてもそれは明白だ。少子高齢化のさらなる進行が決定的となるなか、今後は貸すことも売ることもできない「負動産」がさらに続出することになる。

そしてもうひとつ、居住エリアに関わらず、賃貸を有利にさせる新たな要因が加わりそうだ。それは予想されている住宅ローン金利の上昇だ。現金一括で購入する場合以外、ローンの支払総額が増加することになるからだ。

以上のように、「買う」と「借りる」を経済面での損得だけで考えれば、「都心に住む場合は賃貸が有利」というケースが多いのではないだろうか。

ただ、人が何十年も暮らすと考えれば、経済面だけで判断すべきなのかという疑問もある。ライフスタイルというものは、自分はおろか、一緒に住む家族の人生や価値観にも配慮する必要があるからだ。「賃貸か持ち家か」の神学論争はこれからも続きそうだ。