今後、全国で巻き起こると予想される分譲マンションの大規模修繕ラッシュだが、人件費や資材価格が高騰するなか、修繕積立金の金額見直しに迫られる所有者も増加しそうだ 今後、全国で巻き起こると予想される分譲マンションの大規模修繕ラッシュだが、人件費や資材価格が高騰するなか、修繕積立金の金額見直しに迫られる所有者も増加しそうだ
政府は、分譲マンションの住人集会での決議について定める区分所有法を2024年度に改正する方針で検討している。欠席を反対票とみなす現行法から、出席者の過半数の賛成で決議が可能にするという。今後20年で600万戸近い分譲マンションが築30年を超えると見込まれるなか、修繕方針などの決定をスムースにさせる狙いがある。一方で、住宅ジャーナリストの榊淳司氏は、決議だけではどうにもならない、分譲マンションの問題を指摘する。

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私はマンション業界に関わって36年になる。その間、マンションデベロッパーが開発して世に送り出すマンションの中身に、格段の進歩があったとは思わない。設備などは使いやすくなり、セキュリティは強化された。ただ、その基本的な構造にはほとんど変わりはない。鉄筋コンクリート造のマンションは、年月を経ると確実に劣化する。

先日、35年ほど前に分譲されたマンションの売却をお手伝いすることになり、所有者さんに内見をさせてもらった。その物件は、平成バブルの真っただ中に開発・分譲されたという、準郊外のブランド立地にある、高級仕様の物件だった。

内見して驚いたことに、最近の物件と比べてほとんど遜色がない。管理やメンテナンスを丁寧に行なうと、築35年でも新築に勝るとも劣らない居住性を維持できる、ということだ。

分譲マンションを巡る社会的な環境はここ10年程度で激変している。都心エリアやその周辺の一部で、価格がバカに高騰している事象についてアレコレ言うのは、別の機会に譲ろう。ここでは分譲マンションを保有し、維持することに関するコストに注目してみたい。

実のところ、この「管理コスト」という面ではここ数年、急激な変化がみられる。ありていに言ってしまえば、大幅に値上がりしているのだ。

私から取材コメントを取るために、時々電話をかけてくる週刊誌の記者さんがいる。40代だろうか。彼はマンションの購入に関しては非常にうまくやっていて、大阪で購入したタワマンを、今は賃貸に出している。家賃はそれなり。管理費やローン返済を差し引いても、それなりの実収を得ている。

彼と先日久しぶりに話したら、予想外に管理費と修繕積立金が値上がりしたことで、賃貸運用による実収がかなり減少したと嘆いていた。

管理コストが上がったからといって、家賃を値上げするのは容易ではないのだ。だから管理コストの負担増は、ダイレクトに彼の実習減となる。実はこういった「管理コストが上昇」という現象は今、東京を中心に全国に広がりつつある。なぜか?

いちばんの理由は人手不足による人件費の高騰である。まず、管理員のなり手が激減した。管理員には、サラリーマンの管理職経験者が定年退職後に就くケースが多かった。ある程度の常識を備えていて、コミュニケーション能力があることが求められるからだ。団塊の世代のボリュームゾーンである団塊の世代は現状、ほぼ後期高齢者となりつつある。彼らは低賃金でもよく働いてくれた、といえるのではないか。

今は、多少賃金を上げて募集を掛けてもなかなか人が集まらないという。当然、人件費が上がる。それは管理会社にとってのコストアップだ。管理組合に請求する業務委託料の値上がりにつながる。そして、最後は区分所有者が払う管理費の値上げとなるのだ。
 
修繕工事費もほぼ同じ構造で値上がりしている。原因は、建築業界の人手不足に加えて、円安と資源高だ。人も建築資材も大幅に値上がりしているのだ。

一般財団法人建設物価調査会が発表している建設物価建築費指数によると、東京都内の集合住宅(RC造)の建築費はここ3年ほどの間に約2割上昇している。修繕工事費も建築費の変動と大差はないはずだ。

一般財団法人建設物価調査会が発表している建設物価建築費指数(東京) 一般財団法人建設物価調査会が発表している建設物価建築費指数(東京)
修繕工事費の相場上昇により、修繕積立金の増額も迫れられている。

国土交通省は2021年9月、分譲マンションの修繕積立金に関するガイドラインを改訂した。それによると、20階以上の高層マンションでは、修繕積立金の月平均額の目安は1平方メートルあたり338円とされている。それ以前には、1平方メートルあたり206円前後とされており、一気に1.6倍以上に上昇したことになる。しかしこの改訂以降も建築コストの高騰が続いていることを考えると、近いうちにさらなる改訂を行なわないと現実との乖離が激しくなると予測される。

2021年9月改訂された国交相の「マンションの修繕積立金に関するガイドライン」 2021年9月改訂された国交相の「マンションの修繕積立金に関するガイドライン」

日本は約30年続いたデフレ経済から脱しつつある。4月に退任した日本銀行の前総裁である黒田東彦氏が、9年かかって達成できなかった「物価上昇年率2%」は昨年、表面的には易々と到達し、乗り越えてしまった。2022年度の物価上昇率は、速報値で3.0%である。

仮に、年率2%から3%のインフレが継続するのなら、今後マンションの修繕積立金はそれ以上の比率で値上げしていかないと、必要な額に達しないことは自明である。

最近、新築マンションの修繕積立金が新築入居時から値上げをするケースも珍しくなくなった。

というのは、新築マンションの修繕積立金は本来必要とされる額の3分の1から4分の1程度に設定されているケースがほとんどだ。なぜそんなことをするのかというと、デベロッパーが売りやすく見せるためだ。

「住宅ローンと管理費などを合わせた月々のご負担は○○万円ですね。今の家賃と比べてください」という決まり文句を言うために、修繕積立金を安く設定するのだ。そして長期修繕計画に値上げの計画をちゃっかり盛り込んでおく。デベロッパーにとって分譲マンションは、基本的に売ってしまえばそれまで。よほどのことがない限り、引渡し後の責任は生じない。

そしてもうひとつの決まり文句。「お引き渡し後の管理は、組合様が行なっていくのが原則。当社のグループ企業である管理会社が全面的にお手伝いします」何のことはない、売り逃げの法的な立場はしっかり確保したうえで、その後も子会社である管理会社の売上を厚かましく確保しているだけである。

そういった手法で販売された分譲マンションがほとんどなので、引渡し後に「管理」をぶん投げられた管理組合の多くでは、深刻な修繕積立金不足に陥っている。

最近「一時金徴収」ということもよく耳にする。これは、大規模修繕工事などを行ないたいが、区分所有者から修繕積立金として徴収して積み上がった金額では到底足りないので、すべての住戸から面積に応じた一時金を徴収する、というやり方だ。

管理組合の総会議案として決議されると、すべての区分所有者に支払い義務が生じる。額は数十万円程度が多いが、中には1住戸につき100万円を超えることもある。

築年数が浅いマンションなら、滞りなく一時金が聴取できる。しかし、築30年や40年以上を経過するマンションだと、当初からの入居者はかなり高齢化している。年金で何とか暮らしている区分所有者に、いきなり「○○万円払ってください」となっても、困難な場合もあり得るだろう。

だから、管理組合の総会に出される一時金徴収の議案は、否決されることもままある。そういう場合は、予定した修繕工事が実行不可能になるのだ。

人件費の高騰、円安、資材高などで、マンションの管理コストはますます高騰するだろう。特に普通のマンションよりも管理コストが割高になる湾岸エリアのタワマンなどは、今後10年以内に管理コストは㎡あたり1000円を超えると、私は予想している。標準的な75平方メートルの3LDKだと、月々の管理コストが75000円になる。

前出の週刊誌記者は「管理費と修繕積立金を合わせて、月に3万円くらいなら『まあいいか』、という感覚ですね。それ以上だと......」と言っていた。彼が賃貸で運用している大阪のタワマンの管理コストが7万円を超えると、住宅ローンの支払いを合わせた「賃貸運用」は、かなり苦しくなりそうだ。

鉄筋コンクリート製のマンションは、維持管理さえしっかりしていれば寿命は長い。少なくとも50年はそこそこのクオリティを維持できる。

しかし、問題はその維持管理にかかるコストだ。現存するほとんどのマンションは「月々3万円くらいなら」という、のどかな時代に建設された。しかし、今後は「月々7万円」時代に突入する。この住宅ローン返済額とは別の付加費用を受容できない区分所有者が、今後は一定数発生するはずだ。その規模によっては、維持管理不能の分譲マンションが全国で続出することになる。

●榊淳司 
住宅ジャーナリスト。1962年京都府生まれ。同志社大学法学部および慶應義塾大学文学部卒業。バブル期以降、マンションの広告制作や販売戦略立案などに20年以上従事したのち、業界の裏側を伝える立場に転身。購入者側の視点に立ちながら日々取材を重ねている。『マンションは日本人を幸せにするか』(集英社新書)など著書多数