強引な手口で立ち退きを迫る「地上げ」は、近年ではほとんどみられない 強引な手口で立ち退きを迫る「地上げ」は、近年ではほとんどみられない
2023年度上半期の東京23区の新築マンションの平均価格が1億円を超えるなど、一部地域では不動産価格の上昇傾向が続いている。しかしその一方で懸念されているのが、空き家や「負動産」の増加だ。そうした問題の解決手段として重要性が高まっているのが、「地上げ」だという。住宅ジャーナリストの榊淳司氏が解説する。

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昭和の終わりに衝撃を与えた映画に「マルサの女2」というのがあった。

立ち退きを拒む借家人の店舗兼住宅へダンプカーが突っ込んだり、血まみれの手首を渡そうとしたり......。あの頃ならではの乱暴な「地上げ」のシーンが盛り込まれていた。この映画の影響もあって、世間では「地上げ=反社会的な暴力行為」というイメージが浸透してしまった。

「マルサの女2」が製作・公開されたのは1988年。日本社会は平成大バブルが大きく膨張しようとしている時期だった。日本全国で土地の価格が急上昇。不動産は何を買ってもすべてが値上がりしていた。「地上げ」は間違いなく大きな利益を生む「事業」であった。

平成大バブルは1990年代に完全崩壊。さらに1992年3月から暴対法が施行され、いわゆるそれまでの乱暴な「地上げ」行為に対しては厳しく取り締まりが行われるようになった。その後、2008年のリーマンショックを経て不動産市場は長らく低迷期が続く。「地上げ」という言葉を聞く機会も激減した。

■不動産バブル再来で「地上げ」が復活

2012年12月、第2次安倍政権が成立。翌13年3月に黒田東彦(はるひこ)氏が日本銀行総裁に就任し「異次元金融緩和」が始まった。金利をマイナスまで下げることで資金調達コストが極限までに低減され、不動産市場は活況を取り戻す。特に都心部では平成大バブル期を超える水準まで土地やマンションの価格が高騰した。

そして、不動産価格が高騰するエリアでは、再び「地上げ」的な活動が見られるようになった。しかし、今の「地上げ」は乱暴な手法が横行した平成バブル期とはかなり様相が異なっている。私が見る限り、現代の地上げは売る側も買う側も、さらには地上げ交渉の役割を担う仲介業者側にとってもウィンウィンウィンである場合が多い。なぜそうなのかを説明したい。

■半端な土地を束ねて高価値に

私は東京23区と川崎市で開発されている新築マンションをすべてチェックしている。この10年ほど、新築マンションの開発は都心に偏重。都心や近郊の開発案件を見ていて、明らかな「地上げの失敗」事例を見ることも多い。例えば、マンションの敷地が凹型に囲むようなカタチで残された小さな建物やその敷地には、不動産としての資産価値はほとんど見出せなくなる。地上げ前よりもマンションが完成した後の方が、評価はかなり低くなるはずだ。

そういう建物はたいてい人が使っている様子がうかがえる。中にはまだ細々と何かの店舗を経営していることもある。きっと、頑固なオーナーが最後まで売却を拒み続けたのだろう。その結果、どうにも使えない不動産の物件が取り残されたことになっているのだ。

こうした変形地は、地上げによって近隣の土地と束ねられることで、価値が上昇することもある こうした変形地は、地上げによって近隣の土地と束ねられることで、価値が上昇することもある
現オーナーががんばっている間はいいだろう。しかし、相続が発生した後、その不動産を受け継いだ人はどうなるのか。常識的に考えると、ある程度の条件で地上げに応じて売却するか、等価交換でマンションの一画を所有しておいた方が資産の質がよくなる場合が多い。

あるいは、年々価値が下がっていく不動産を保有し続けるよりも、換金して定期預金や国債のような元本保証型の金融資産を保有しておけば目減りはない。

「地上げ屋」というと、ガラの悪い男たちをイメージするかもしれないが、今は違う。私が知る限り、地上げ行為というのは、多くの場合は普通の不動産業者が穏やかな話し合いで行っているケースがほとんどだ。

実のところ、地上げは気の長いビジネスである。

実は私も、一般消費者から不動産の売却相談をいただく機会は多い。そんな中で時には「これは隣地と一緒に売却できればもっと高く売れる」というケースがある。そういう場合は、隣地の所有者と根気よく話し合って、土地を売ってくれるようにお願いするのだ。

不動産価格の上昇が続くなかで復活した「地上げ」だが、かつての荒っぽいイメージとは実態がずいぶん違うという 不動産価格の上昇が続くなかで復活した「地上げ」だが、かつての荒っぽいイメージとは実態がずいぶん違うという
新たにマンションが開発される敷地を見て回っていると、つくづく「地上げ」という営みの大切さを実感する。売却と立ち退きに応じない建物にダンプで突っ込むのは論外だが、アタマが凝り固まった年配者を、粘り強く説得して新しい価値観を理解してもらうのは、ある意味では尊い仕事ではなかろうか。

不動産というのは、利用してこそ価値がある。逆にいうと、利用できない不動産には価値はない。ところが、日本人には土地を所有することに、何ものにも代えがたい価値を見出すDNAが組み込まれている。その根源は、土地は滅多に手に入らないし、持っていれさえすれば値上がりする、という思い込みだ。

しかし、それは昭和までの時代遅れな感覚にすぎない。利用できなくなった土地や家屋には実質的な価値がなく、いわゆる負動産となるだけだ。そうなる前に「しっかりと価値を保全しましょうよ」と持ち掛けるのが今の地上げだ。かといって、その全てが社会貢献につながるものではない。乱暴な手口こそ使われないものの、過去と同様に利害と打算だけを追求し、甘い汁を吸い上げるだけの「悪い地上げ」が存在することも確かだ。筆者は今後、地域の再生につながる「良い地上げ」が増えていくことを願っている。

榊淳司

榊淳司

住宅ジャーナリスト。1962年京都府生まれ。同志社大学法学部および慶應義塾大学文学部卒業。バブル期以降、マンションの広告制作や販売戦略立案などに20年以上従事したのち、業界の裏側を伝える立場に転身。購入者側の視点に立ちながら日々取材を重ねている。『マンションは日本人を幸せにするか』(集英社新書)など著書多数

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