マイナス金利解除を決めた金融政策決定会合の後、報道陣の取材を受ける植田総裁。3月19日の一瞬、舌舐めずりをしたようにも見えた マイナス金利解除を決めた金融政策決定会合の後、報道陣の取材を受ける植田総裁。3月19日の一瞬、舌舐めずりをしたようにも見えた
3月19日、日本銀行が17年ぶりに利上げを決めた。具体的にはマイナス0.1%としていた政策金利を0~0.1%程度(無担保コール翌日物レート)に引き上げ。その他、イールドカーブ・コントロールや上場投資信託(ETF)など、リスク資産の買い入れも終了することとなった。

これは足元のマンション市場にどう影響するのだろうか?

まず、住宅ローンの変動金利は0.1から0.3%程度の利上げになる可能性がある。ただし、そこには多少のタイムラグが生じるだろう。なぜなら、住宅ローンというのは各銀行にとってはゼロ金利時代にあって、利幅はわずかながらも確実でノーリスクで利幅が稼げる「おいしい」商品だったからだ。

他行に先駆けて利上げに踏み切ると、自行の住宅ローン利用者が激減する可能性がある。一方で、利上げをしないと住宅ローン分野での銀行の収益が圧迫されるのは紛れもない事実だ。

■金利が上がると不動産は下がる

今回、日銀が「17年ぶり」に政策を変更した重大な意味は、この最大わずか0.2%の利上げ幅にあるのではない。この政策変更とは、金利がないことが当たり前だった時代が、どうやらそれが「終わったらしい」ということの合図かもしれないのだ。

金利が上がると不動産価格が下がる。これは経済におけるゆるぎなきセオリーだ。なぜなら、多くの不動産取引には銀行融資が利用されているから。企業が事業用に不動産を購入するときも、消費者がマンションなどの不動産を購入するときも、銀行からお金を借りる。前者は不動産担保融資、後者は住宅ローンと呼ばれる。

17年ぶりの金融政策転換を行なった日本銀行本店 17年ぶりの金融政策転換を行なった日本銀行本店
今回の日本銀行の決定は、その銀行融資の金利上昇につながる。上昇幅はほんのわずかだが、「17年ぶり」という長期間続いた政策が変更された、という事実にはそれなりのインパクトがある。

実のところ、直近の13年間は都心やその周辺のマンション価格が上がり続けた。その最も大きな原因は、前日銀総裁の黒田東彦氏が打ち出した異次元の金融緩和であった。

今回の決定は、事実上その軌道修正が図られたということだ。この異次元金融緩和によるマンション価格の高騰は、やや行き過ぎた感がある。東京23区で売り出される新築マンションの販売価格水準が、あの平成バブルを超えたのもそのひとつの現れといえるだろう。

■データに現れた変化

ここ十数年の東京都心のマンション価格は、「異常」の一言に尽きる。不動産業界の方々と話していると「高すぎるよ」という声を聞くことがほとんどだ。ただ、「まだまだ上がる」なんておっしゃる御仁には会ったことがない。そこがあの平成バブルの時と大きく違うところだ。

業界関係者の誰もが「高過ぎる」と感じているということは、誰もが「バブル崩壊」を恐れていることでもある。ニュースなどで報じられているマンション市場動向は、依然として「値上がりが続いている」という内容に終始している。

ただし、最近ではそこに有意な変化も出てきた。

例えば「マンションナビ」というサイトを運営するマンションリサーチという企業が、東京都23区中古マンション価格の実態を調査したところ、「価格が下落した中古マンション」が平均で30%以上増加している、という結果が出たのだ。

ただしそれはあくまで「23区全体」でのこと。都心5区のデータでは、依然として価格は上昇傾向である。逆に言えば、23区の相場を押し上げているのは、「一部の限られた区」なのだ。

私は東京23区で販売されている新築マンションをすべて調査し、各物件別の資産価値を評価するレポートを有料頒布している。新築マンションの価格政策や販売動向については、それなりに理解しているつもりである。

このレポートの作成・更新作業の過程で最近実感することは、「実需エリアの需要が弱い」ということだ。つまり、都心5区以外では新築マンションの販売は振るわず、「値引き」という実質値下げが行われている様子が窺える。

今や新築マンション価格は高騰し、23区の外郭周辺や湾岸埋立地エリアでもファミリータイプやタワマンの販売価格が7000万円から1億円程度となっている。サラリーマンの平均所得である年収400万円台で買えるレベルの2倍以上。これでは売れないのは当たり前だろう。

だからここ数年は、夫婦でペアローンを組んでの購入が主流になっている。ただ、結婚した3組に対し1組以上が離婚する今の日本で、ペアローンを組むことは危険極まりないレバレッジだ。

見てきたように、東京都心とその周辺でのマンション市場は、新築・中古ともに価格は「限界」ラインに達している。そこに今回の「17年ぶりの利上げ」である。これは限界ラインに達したマンション価格が下落に転じる大きなサインではなかろうか。

日銀は年内にあと何回か利上げ行う、という観測も出ている。市場の潮目は今、変わりつつあるのかもしれない。

榊淳司

榊淳司

住宅ジャーナリスト。1962年京都府生まれ。同志社大学法学部および慶應義塾大学文学部卒業。バブル期以降、マンションの広告制作や販売戦略立案などに20年以上従事したのち、業界の裏側を伝える立場に転身。購入者側の視点に立ちながら日々取材を重ねている。『マンションは日本人を幸せにするか』(集英社新書)など著書多数

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