先日、ニューヨークのオフィスビルが2006年の取得時から97%下落した価格で売却された、という報道が衝撃をもたらした。
アメリカの商業用不動産は激しい下落の様相を呈している。その原因は、コロナ禍によるリモートワークの浸透だ。日本ではオフィスへの出勤率がほぼコロナ前まで戻っている様子が窺えるが、何事も合理的に考えるアメリカではそうでもないらしい。その結果、オフィスの床面積に対する需要が激減。それがオフィスビル自体の不動産的な価値下落に結び付いている。
ヨーロッパでも不動産価格は昨年あたりから下落に転じた。この春にはフランクフルトの超高層ビルのオーナーがデフォルト(債務不履行)に陥ったというニュースも伝えられた。オリンピックが開催されたフランスでも、今年に入って不動産価格ははっきりと下落に転じている。
中国の不動産市場に関しては、当局が価格下落の実態が表面化しないように画策してきたと見られる。しかし、最近になって国家統計局ですら下落を認めるようになってきた。最後まで下落が伝えられなかった北京や上海でも、マンション価格は最高値から半額前後まで下落しているという未確認情報も伝わる。しかし、中国には正確な統計情報がどこにもないので、実態はきわめて不鮮明だ。「半額でも買い手が見つからない」という声も聞く。
■「日本市場のみ好調」という異様
一方で、日本では今のところそんな兆候は全く見られない。毎月のように発表される各種統計では、未だに価格上昇が伝えられている。特に新築マンションの販売価格は、基本的に上昇基調である。しかし、日本の不動産市場の好調はいつまでも続かないことは自明である。なぜなら、金融ほどではないにしろ、主要国の不動産市場は緩やかながらも影響し合いながら動いているからだ。
世界の不動産市場を繋いでいるのは、国際的なファンドと桁違いの資金力を持つ個人の投資家たちである。
まず、世界には日本円にして数千億円規模の資金を不動産で運用するファンドがいくつもある。それらは世界規模で不動産に投資する。
つい最近まで、日本の不動産市場は格好の投資先であった。資金調達が容易である上にゼロに近い低金利。賃貸による運用収益率は高くないが極めて安定している。しかも、ドルで運用する目から見れば、円安もあって日本の不動産価格はかなりリーズナブルであった。
そういった不動産ファンドの運用は、基本的に分散投資。世界各国の優良不動産が投資対象になっている。ところが今、主要国の都市部では不動産価格が下がり始めた。ファンドの運用担当者は慌てふためいているかもしれない。そんな中で、世界の中でも際立って好成績を上げている国が日本なのだ。
■「売り時」を迎えた日本の不動産
彼らが5、6年前に購入した日本の不動産は安定的な収益をもたらした上に、値上がりまでしている。さらにこのところの円高によって、今すぐに売却すればかなりの譲渡益が発生する。それは欧米で発生している含み損を一時的に覆い隠す原資になり得る。「直ちに運用中の日本不動産を売却せよ」ファンドの運用責任者からそういった指令が出ている、という記事も散見する。
次に、ここ数年、日本の不動産の有力な買い手であった中国人の動きが注目される。
コロナ禍以降、中国から大量の資金が流出していることは、統計上の数字にも現れている。富裕層が海外へ資金を持ち出すほか、自らも移住する動きである。
数百億円単位で資金を持ち出す中国の富裕層は、海外で不動産にも投資する。有力な投資先は日本である。世界的に見て割安であると思えるほか、政治も社会も経済も安定しているのが日本だ。運用環境は悪くない。
先日、NHKが東京都中央区で分譲されている東京五輪の選手村跡地のマンション「晴海フラッグ」の登記簿を調べたところ、かなりの割合で外国人や外国籍企業が所有権を有していたと番組で伝えていた。
もとより港区や湾岸エリアのタワーマンションには中国系の購入者が多いことは知られている。彼らは自ら住むために購入するケースもあるが、値上がりが目的であったり、賃貸運用や民泊などでの運用しているケースも見られる。ただ資産の保全のために保有を続けているケースもあるだろう。
彼らは、購入したタワマンを何十年も保有するつもりはなさそうだ。機を見て「今がチャンス」と考えたときには、躊躇(ちゅうちょ)なく売るはずだ。自分が住んでいない住戸であれば、なおさら決断は早くなる。もしかしたら、そのチャンスは今かもしれない。少なくとも、彼らがそう考える条件はそろってきた。
数年前に購入したのなら、今は1割から3割程度は確実に値上がりしている。加えて、ここのところの円高で、ドル換算にすればさらに1割の為替差益が生じる。さらに、世界の主要国で不動産がそろって値下がりしているのに、日本だけはまだ下落が始まっていない。世界を平たく眺めている外国人からすれば、今が日本のマンションの売り時に見えても何ら不思議はない。
■外国人が不動産バブルに引導!?
日本人の多くは、日本の不動産市場しか見ていない。それも、ほとんどの人は自分が買いたいエリアだけを見ている。例えば、タワマンが林立する湾岸の埋め立てエリアだ。
その狭いエリアを見ながら「ここなら値下がりすることはあり得ない」と思い込んでいる人も多いことだろう。
何年か前、北京や上海、深圳の都心エリアでのマンション購入に躍起になっていた人も多分、同じような目でその狭い市場を見つめていたはずだ。しかし、市場は生き物だ。変化は突然現れることも多い。
特に、日本の不動産市場の一部は、外国の資本や富裕層が主要なプレイヤーの一員になっている。彼らは、数十年単位での居住や使用を考える日本人とは、基本的な発想が異なる。例えば、数年間の保有で大きな運用益や譲渡益が発生すれば、利益確定には躊躇しないという点だ。
外資や外国人が日本で不動産投資をする場合、その損益は国内の不動産相場に加え、為替の変動にも大きな影響を受ける。このところの不動産相場の高騰と急激な円高は、彼らに国内投資家以上の利益をもたらしている。
例えば、1ドル160円の時に引き渡しを受けた販売額8千万円の晴海フラッグの住戸を、1ドル145円の時に1億円で売却できたとする。日本円だけで考えた際の譲渡益は2千万円だ。しかし、購入額と売却額をどちらもドルで計算すると、約50万ドルで購入した物件が約69万ドルとなったこととなり、4割近い粗利が得られるのだ。
さらに彼らの一部は、不動産の短期売却に発生する高額な税率も厭(いと)わないという。不動産の譲渡所得は、売却年の1月1日の時点で物件の所有期間が5年を経過していたかどうかで短期譲渡所得か長期譲渡所得に区別される。所得税と住民税あわせ、前者は39%、後者は20%と課される税率が大幅に異なるため、投資家は多くの場合、長期譲渡所得となるように売却する。ところが、国内に拠点がない外国籍の個人投資家は 税務当局による徴収から逃れることも不可能ではないのだ。
今後、ファンドや個人など外国人たちの「日本不動産売り」の動きは激しくなりそうだ。それが長らく続いた都心や湾岸エリアの「マンション局地バブル」の終焉を告げる合図になる可能性は高そうだ。