晴海フラッグでは、選手村として使われた低層棟では入居が開始されている一方、2棟のタワーマンションが新たに建設中だ 晴海フラッグでは、選手村として使われた低層棟では入居が開始されている一方、2棟のタワーマンションが新たに建設中だ
「異例の五輪」はまだ終わっていなかった。

東京五輪の選手村跡地に「晴海フラッグ」というマンション群が建設された。分譲マンションが4145戸と賃貸マンションが1487戸で合わせて5632戸の住戸が生まれた。

賃貸住戸の募集は現在も進行中。ゆっくりと募集して、最終的に満室にする計画のようだ。ただ、この選手村跡地の分譲マンションは、スタート時点からいわく付きだった。

元の土地13.4ヘクタールは東京都が所有していた。それを2016年に総額129.6億円で三井不動産など11社に売却。これは「市価の9割引き」だと裁判まで起こされた「疑惑の払下げ」だった。単純計算で晴海フラッグのマンション1戸あたりに換算すると約230万円。「9割引き」と指摘されても仕方のない安値だ。

最近、建築費が高騰したとはいえマンション1戸当たりの建築コストはせいぜい3千万円。晴海フラッグの売主は原価が3300万円程度の住戸を6千万円から1億円前後で販売しているので、この事業は結果的に大儲けになっているはず。売主11社の2025年3月期の決算には、その「大儲け」が反映されるかもしれない。

■平均数十倍という人気の謎

それはさておき、この東京五輪選手村跡地の晴海フラッグは一般消費者から人気大爆発。何期かに分けて分譲されたが、最高倍率は200倍を超えるほどだった。つまり、買いたくても買えないほどの人気物件であり、それは今も継続中なのだ。

この原稿を書いている時点(2024.8.31)までに、分譲住戸のオフィシャルページがなぜか消えてしまっている。少し前まで、最終販売が10月に行われると表示されていた。内情を探ると、最終期約350戸も平均数十倍の人気で完売する目途が立った、ということらしい。

ただ、この現象は私のように40年近く首都圏のマンション市場を眺めてきた人間からすると、なんとも珍妙なものだ。

なぜなら、晴海フラッグの最寄り駅は東京では最も新しく開通した部類に入る都営大江戸線の「勝どき」。そこから歩いて16分から20分。この数字は、公道上の駅の入口とマンションのエントランスに近い敷地の端を結ぶ道路距離を、1分=80メートルで換算した(少数以下切り上げ)ものである。

晴海フラッグの最寄駅となる大江戸線勝どき駅。物件によっては徒歩30分ほどの所要時間となる 晴海フラッグの最寄駅となる大江戸線勝どき駅。物件によっては徒歩30分ほどの所要時間となる
晴海フラッグのタワマン住戸から「勝どき」駅のホームまでの実質的な所要時間はおそらく、片道30分前後だろうと推測できる。

マンションという住形態のメリットは、限られた敷地に多くの住戸を設けられることである。都会では駅に近いエリアの土地には限りがある。だからマンションを建設する意味がある。都心でも、駅から遠ければマンションを建設する必要性が薄れる。

ところが、晴海フラッグは駅から遠すぎる。

とはいえ、このマンションのアドレスは「東京都中央区晴海5丁目」である。多くの人は、そこに魅力を感じたのだろう。だから人気が爆発した、ともいえる。しかし、「選手村跡地」という来歴と「東京都中央区」というアドレスだけでは、ちょっと無理があったかもしれない。

■魅力は"中央区アドレス"のみ

晴海フラッグではすでに建物が完成して人が住んでいる。いったい誰が買って、誰が住んでいるのか‥。NHKが詳しく調べて特集番組を何度も放映した。

放送では外国人や転売目的の不動産業者が多くを購入している実態が紹介された。ただ、住む目的で購入し、実際に住んでいる方も一定数いる。残念ながら彼らは多数派ではないようだ。

現在、分譲されて引き渡しが終わった多くの住戸で賃借人を募集している。賃貸に出されているのだ。いわゆる「分譲賃貸」と呼ばれる住戸だ。

1月に入居が開始された晴海フラッグの低層棟。夜になっても灯りがともっていない部屋も少なくない 1月に入居が開始された晴海フラッグの低層棟。夜になっても灯りがともっていない部屋も少なくない
おそらく、分譲賃貸だけで数百戸が賃借人を募集しているのではないか。募集賃料の相場は平米単価で3千円台から4千円台。賃料を値引きした住戸から成約しているので、実質的には平米単価3千円台半ばかと推測する。つまり70平米の住戸が月額20万円台の半ばで借りられる。ここを都心だと考えれば高くない。晴海フラッグは「中央区で最も安く住める」街になりつつあるのだ。

逆に、賃貸に出す側にとってはやや不本意な水準かもしれない。だからといって、売却しようにも難しそうだ。

■転売は困難な状況か

この晴海フラッグの中古市場を見てみると、売り物件は常に100物件以上ある。しかし、国交省の所管サイトに登録された成約数は月に10件程度。そこから考えれば、売主側にとって実質的には2,3カ月での売却は著しく困難な状況だ。

売り出し価格は坪単価が500万円以上がほとんど。700万円以上も珍しくない。しかし、実際に成約した物件の坪単価は400万円台から500万円台が中心だ。

新築時の販売価格よりも高くは売れた物件もある一方で、買い手がつかない物件も少なくないという状況だ。こうした"売れ残り物件"の一部が、賃貸市場に流れていると思われる。

NHKの特集報道などでも明らかになっているとおり、晴海フラッグは「実際に住む」という需要ではなく、「転売しても儲けよう」という投機目的で購入されたケースが半分以上だ。しかし、そもそも駅から遠すぎる上に、数も多い。五輪選手村跡地という来歴の看板だけでは無理があり過ぎたのではないか。

当てが外れた転売ヤーたちの嘆息は、今後、何かとお騒がせ事件が多かった東京五輪の最後の「負の置き土産」になりそうだ。

榊淳司

榊淳司

住宅ジャーナリスト。1962年京都府生まれ。同志社大学法学部および慶應義塾大学文学部卒業。バブル期以降、マンションの広告制作や販売戦略立案などに20年以上従事したのち、業界の裏側を伝える立場に転身。購入者側の視点に立ちながら日々取材を重ねている。『マンションは日本人を幸せにするか』(集英社新書)など著書多数

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