武蔵小杉のタワーマンション群 武蔵小杉のタワーマンション群
先日、首都圏では有力地銀である京葉銀行が、返済期間が最長50年の住宅ローンを始めた、というニュースが話題になった。

巷(ちまた)に溢(あふ)れている住宅ローンの最長返済期間は35年である。返済期間を何年にするかは、借り入れる人が選べる。もちろん、貸し出す金融機関が認めれば、の話ではあるが、多くの人は最長の35年を選ぶ。ただ、35年間ずっと返済を続ける人は、実は少数派。大半の人が途中で返済を終える。

退職金で一括返済、というケースを想定している場合が多い。なぜなら、多くの人は初めて住宅を購入するのは30代以降。例えば35歳で35年ローンを組むと、完済時は70歳だが、今の制度では雇用が続くのはせいぜい65歳まで。多くは60歳時点でガクンと収入が落ちる。その収入が急減する60歳時点に得た退職金で住宅ローンの残債を全額返済、というのが多くの人の借入時の想定だろう。

ただ、実際には購入したマンションを売却しての一括返済、というパターンが多そうだ。特に首都圏のタワーマンションなどの場合、購入者の多くは「永住」を想定していない。人生のどこかの時点で購入したタワマンを売却して、「次のステップ」を想定している場合がほとんどだ。それだけに、タワマン族は自分が購入した物件の資産価値には異常なほど関心とこだわりを見せる。

■銀行にとってはノーリスク商品

そもそも、35年の住宅ローンが登場したのは1960年代である。当時、民間の銀行では「35年」という長期期間も融資するリスクは受け容れ難かった。だから最初に35年融資を担ったのは住宅金融公庫(現:住宅金融支援機構)であった。

その後、融資に対する保証制度が充実。住宅ローンの主役は民間の金融機関(主に銀行)に移行した。昨今では、銀行の主要な貸出先が住宅ローンとなっている。貸出金利は低いものの、保証制度が完備しているので、いわゆる「とりっぱぐれ」がない。利ザヤは低いものの、100%ノーリスクな貸出先が住宅ローンなのだ。

だからこそ、低金利競争が激しい。店舗をもたないネット銀行では0.2%台まで登場していた。

そんな中で話題となったのが「50年ローン」である。実のところ50年ローンは今に始まった話ではなく、1990年代にはノンバンクが取り扱っていたと記憶している。それが最近、首都圏以外の地銀やネットバンクが相次いで取り扱いを開始していた。その流れが、首都圏の地銀にまで波及したのだ。

■35年では払いきれない不動産価格

「50年ローン」が台頭する理由を最初に言ってしまえば、単純にマンション価格が高くなり過ぎたからである。35年ローンの返済計画で買えないほどマンションの価格が高騰したから、「50年だったら返せるよね」ということで登場しただけだ。

首都圏のマンション価格が平均的な勤労者の所得をもってして、35年ローンで返せる範囲内であれば決して登場しなかったはずだ。つまり、マンションの価格が上がり過ぎたからこそ生まれた、金融商品の「鬼っ子」のような存在が「50年ローン」なのだ。

ご存じのように、首都圏のマンション価格は2012年以来の値上がりで異様な高騰を見せている。東京23区で家族4人が暮らせる70平米程度のマンションを購入しようとすると、もはや1億円の予算でも探せないレベルになっている。そんな状況だからこそ、「50年ローン」が登場したのだ。

京葉銀行の広告。平均余命からすると、人生の半数以上をローン返済に費やすこととなる 京葉銀行の広告。平均余命からすると、人生の半数以上をローン返済に費やすこととなる
では、この「50年ローン」を利用する人はいるのだろうか? 私は、多くはないが一定数「いる」と考える。

住宅ローンを利用してマンションを購入する人は、購入対象の物件価格よりも月々の支払額を基準に購入の可否を決める。つまり「自分達の収入で払えるかどうか」という視点である。当たり前だが35年ローンよりも50年ローンの方が、毎月の返済額は明らかに低くなる。50年ローンでの返済額を提示されて、「これなら買える」と考える人は多い。

■人生の半分以上払い続けるリスク

ただし、冷静に考えるとその判断はかなり危うい。

50年もの間、今と同じかそれを上回る収入が続く...などと言うことは通常あり得ない。35歳の人なら25年後の60歳時には、確実に収入が大幅に下がる。ただ、多くの人は先述のように「退職金で一括返済」とか「値上がりしたら売ればいいや」と考えている。そういう「甘い未来図」を描く人が「50年ローン」に手を出すのだ。

頭を冷やして考えてみよう。

60歳の一時定年まで、今の勤務先との間でずっと雇用関係が続くのか。今と同じかそれ以上の給与が得られるのか。さらに、退職金は想定通りに支払われるのか。公務員なら問題ないが、民間企業は業績や業界の事情に大きく左右される。50年も業績を維持できる民間企業は稀有だ。ペアローンを組むのであれば、配偶者にもまったく同じ想定をぶつけてみる必要がある。どちらかに「想定外」が生じれば、返済計画は行き詰まる。

購入したマンション価格が値上がりしてくれれば、問題は少ない。いざとなったら売却すればお金の問題はチャラにできる。しかし、マンションの価格が今後も値上がりを続ける保証はどこにもない。

今、世界の主要国で不動産価格が値下がりしていないのは日本くらいだ。中国はもちろん、アメリカやヨーロッパでも不動産価格は鮮明に値下がりしている。やがてその波は日本にもやってくるだろう。

近未来には「売ればなんとかなる」という解決法が使えなくなっている可能性が高い。それでも「50年ローン」でマイホームを買う選択肢はあるのだろうか? 

日本人の寿命はバブルが終わってからでも10年も延びていない。なのに、住宅ローンの返済期間が15年も延びる、というのはかなり不可思議な話なのだ。

榊淳司

榊淳司

住宅ジャーナリスト。1962年京都府生まれ。同志社大学法学部および慶應義塾大学文学部卒業。バブル期以降、マンションの広告制作や販売戦略立案などに20年以上従事したのち、業界の裏側を伝える立場に転身。購入者側の視点に立ちながら日々取材を重ねている。『マンションは日本人を幸せにするか』(集英社新書)など著書多数

榊淳司の記事一覧