埼玉県八潮市の陥没事故。今年1月28日午前、埼玉県八潮市の県道に直径約10mの穴が開き、トラックがそこに転落した。原因は下水管の老朽化だとされる。1ヵ月以上にわたってトラック運転手の捜索が行なわれているが、いまだ発見には至っていない(写真/共同通信イメージズ) 埼玉県八潮市の陥没事故。今年1月28日午前、埼玉県八潮市の県道に直径約10mの穴が開き、トラックがそこに転落した。原因は下水管の老朽化だとされる。1ヵ月以上にわたってトラック運転手の捜索が行なわれているが、いまだ発見には至っていない(写真/共同通信イメージズ)
水道管の老朽化が起こした埼玉県八潮市の道路陥没事故を受けて、全国で下水道への注目が集まっている。中には水道管の補修のために大幅な水道料金の値上げを発表した自治体も。下水道問題は、なぜここまで放置されてしまったのか? そして、下水道危険地帯を見分ける方法とは? 徹底取材で明らかにする!

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■八潮市だけじゃない! 日本中の下水道が危ない

埼玉県八潮市で起きた老朽下水道管が原因とされる陥没事故。現在、総務省下水道事業アドバイザーを務める菊池明敏さん(66歳)は「ある意味、予測されていた」と語る。

菊池さんは「10年前から上水道管の老朽化での陥没や水の噴出はよく報道される。そして、下水道管の建設は上水道よりも10~15年遅れて始まった。つまり、上水道から10年遅れで下水道でも問題が発生する」と予期していた。そして10年後の今年、あの事故が起きたのだ。


もっとも下水道が起因となる陥没事故はこれが初めてではない。2022年度には約2600件もの陥没事故(9割は小さい穴)が起きたが、菊池さんは、事故の増加は自治体存続の危機のバロメーターであると指摘する。

下水道運営の決定的欠陥は、超赤字体制であることだ。下水管は人が入れるほど大きなものもある。それを使って下水を自然流下させ、途中でポンプアップしてまた自然流下を繰り返し処理施設まで送るため、建設費や維持費が上水道の3~4倍かかる。しかし、どの地方公共団体でも使用料金が安く設定されており、必然的に赤字になる。

「でも、3倍もの値上げなどできるはずがない。結局、ほとんどの団体は一般会計予算を下水道維持に繰り入れています」(菊池さん)

本来、幅広い用途に使われる一般会計だけではなく、地方公共団体は自ら起債した「企業債」で国や金融機関から借りた資金を下水道予算に投入している。


総務省の令和5年度の「地方公営企業等決算の概要」によると、企業債の発行額2兆4840億円のうち、下水道は1兆1697億円(47.1%)と1位であり、以下、水道が5514億円(22.2%)、病院の3857億円(15.5%)と続く。

さらに、その借入金残高35兆5005億円のうち、下水道はやはり断トツの20兆585億円を占める。これは税金で返済されるが、多くの住民はその事実を知らない。

そして、お役所特有の問題だが、下水道事業の担当者も「多くの場合で長くて6年で人事異動する」(菊池さん)から、技術者が育たず下水管の異常に対処できない。

さらに、菊池さんは恐ろしいデータを示す。

22年度末で、全国の下水道管渠(かんきょ)は約49万㎞。このうち、標準耐用年数50年を経過した管渠は約3万㎞だが、10年後は約9万㎞、20年後には約20万㎞へと激増する。

ところが、21年度での管路更新率はわずかに0.64%。これではすべての管路更新に約150年かかる計算になる。予算もない、人材もいない。日本の下水道は大丈夫か。

■下水道が地方自治体を潰す?

06年、北海道夕張市が財政破綻し、翌年国から「財政再建団体(現・財政再生団体)」に指定された。また、破綻までいかずとも厳しい財政状況にあると判断された「財政健全化団体」は07年度で43市町村、08年度で22市町村あった(不思議なことにその後急減し、23年度はゼロ)。

菊池さんがそれらの財務状況を調べてわかったのは「そのすべてで下水道事業が逼迫していたこと」だ。

そのひとつが和歌山県和歌山市。07年度で下水道事業の赤字は全国一の年間約110億円。それを多額の税金で補填(ほてん)。結果、市では入院時の食費の補助や母子家庭への給付金カットなど、住民サービスの低下を招いた(ただし08年度に財政健全化団体から脱却)。

実は、菊池さんが職員として勤務していた岩手県北上市も危なかった。07年、下水道企業会計課に配属されたときのことだ。

「会計を調べたら下水道経営がめちゃくちゃ。ムダな仕事も多く、経費も過剰。年6億円の赤字。すぐに資料を作り、市長に『下水道は潰れます』と直談判しました」

その結果、北上市では事業のスリム化と料金値上げ(約26%)を実施した。だが、菊池さんは「今回は乗り切ったが、値上げは何回もできるものではない」と考えていた。

その後の詳細は割愛するが、14年に菊池さんは北上市、花巻市、紫波町の上水道を事業統合した「岩手県中部水道企業団」を設立し、積極的にダウンサイジング(施設の統廃合)を実施。料金を値上げすることなく8年間で約250億円の経費削減を実現した。

菊池さんは「日本の上下水道を健全に保つにはダウンサイジング、そして地区にもよるが、一般家庭でも生活排水を処理できる設備である合併処理浄化槽の普及が必要」と断言する。

■チェックすべきは水道事業の「有収率」

地方公共団体は下水道問題にどう対処すべきか。菊池さんは「有収率」を強調する。

有収率とは、上水道ならば、浄水場から配水された水量に対して住民が使った水量の割合。つまり100%でない限りどこかで水が漏れている。下水道ならば、下水処理施設で処理した水の量に対して、住民が流した下水量の割合。地下水などが下水管に浸水すれば100%以下となる。有収率は、各地方公共団体の「経営比較分析表」から知ることができる。

宇都宮市の公共下水道の有収率は64.18%(21年度)。実際に、今年2月に市道の地下を配する下水管に直径80㎝程度の穴が2ヵ所開いていたことが同市の調査でわかっている。ちなみに陥没事故の起きた八潮市の公共下水道の有収率は83.10%(22年度)。80%超えでも安心はできなそうだ。下水道事業の有収率については、多くの地方自治体がホームページの「経営比較分析表」などで公開している 宇都宮市の公共下水道の有収率は64.18%(21年度)。実際に、今年2月に市道の地下を配する下水管に直径80㎝程度の穴が2ヵ所開いていたことが同市の調査でわかっている。ちなみに陥没事故の起きた八潮市の公共下水道の有収率は83.10%(22年度)。80%超えでも安心はできなそうだ。下水道事業の有収率については、多くの地方自治体がホームページの「経営比較分析表」などで公開している
東海地方の都市から「下水道に投資を増やしているのに有収率が70%のままで向上しない」と相談があり、現地を訪れた菊池さんはこう言う。

「簡単な点検と工事しかしていなかった。その街では郊外にある真っすぐな漏水していない管だけを点検・工事し、交通量の多い町中心部の入り組んだ経路の管は後回しだったんです」

まさに八潮市でもそういう場所で陥没が起きたのだ。各地の有収率をざっと見ると、70%以下の数字が散見される。菊池さんは「これだけ率が低いと、点検が行き渡っていない可能性がある」といぶかしがる。すると2月21日、宇都宮市(21年度で下水道有収率は約64%)で、下水道管の2ヵ所に直径80㎝もの穴が確認されたのだった。

■下水道を選ばなかった自治体の現在

長野県下條村は「奇跡の村」と呼ばれる。出生率が1.63と高く、学校給食費は8割を補助、人間ドックやがん検診は7割負担、若者用の定住促進住宅も廉価で提供。こうした取り組みは、村の一般予算約31億円に対し、貯金である基金残高が約76億円もある(23年度)など、潤沢な資金があればこそだ。

筆者が19年に村を取材した際、伊藤喜平前村長は「これもひとえに、下水道ではなく合併処理浄化槽を選択したから」と明言した。

出生率が高く、給食費や検診の補助も手厚い、「奇跡の村」と呼ばれる長野県下條村。国から打診された下水道設置計画を「赤字になる」と判断し、代わりにほぼ全世帯に合併処理浄化槽を設置している。住民の福祉に潤沢な予算を回せる理由のひとつだ 出生率が高く、給食費や検診の補助も手厚い、「奇跡の村」と呼ばれる長野県下條村。国から打診された下水道設置計画を「赤字になる」と判断し、代わりにほぼ全世帯に合併処理浄化槽を設置している。住民の福祉に潤沢な予算を回せる理由のひとつだ
村は1990年に下水処理についての議論を始めた。選択肢は3つ。下水道、農村集落排水、合併処理浄化槽だ。

「試算の結果、下水道は国が半額補助するとはいえ、残り半分の村の負担は45億円。これでは村は潰れる。合併処理浄化槽なら約9億円で済むので、浄化槽でいこうと住民へ説明に走りました」(伊藤前村長)

現在、下條村では、浄化槽の維持に1世帯当たり年間2万円台の負担をするだけ。先に挙げた福祉政策は25年度もさらに改善されそうだという。

もうひとつ、やはり合併処理浄化槽の普及で注目されているのが静岡県南伊豆町だ。

町の入間地区では、それまでの漁業集落排水(集落の下水道)を廃止して、合併処理浄化槽に切り替えた。

入間地区では、86年に漁業集落排水が完成。総事業費2億5000万円のうち町費が6875万円、地元(66世帯)負担金が1678万円だった。

問題は、下水施設を約15年おきに改修すること。2001年度には改修費が4250万円(うち町費983万円。地元負担金421万円)、18年度には1億4000万円(町費3100万円、地元負担金1080万円)と、少ない人口のために多大な費用がかかった。これはいつまでも続けられないと、町は18年から住民との協議に入った。

南伊豆町の高野克巳生活環境課長は「幸いにも住民の理解もあり、20年から浄化槽への転換を開始して21年には終了。協議から3年で実現できました。もし下水道を続けていたら15年おきに3000万円負担しますが、それがなくなったのは大きい」と振り返る。

ただし課題もある。町では、入間地区以外の3地区に漁業集落排水、町の中心部に公共下水道が設置されている。両方の公営企業会計(後述)では、01年度から22年度までの総事業費約180億円のうち料金収入は約15億円。残りは一般会計や公的資金で補填している。町はこの状況にメスを入れたい。

「町中心部でも合併処理浄化槽に切り替えたい。でもそうなると、下水管の掘り起こしで多大な費用が発生し、国からの補助金の返還が必要になるかもしれないなど課題が山積みです」(高野課長)

高野課長は今、浄化槽の導入を検討している自治体からの問い合わせに追われている。

■今秋、全国の下水道の会計が明らかに!

下條村や南伊豆町は下水道問題に真正面から対峙(たいじ)したことで展望が開けたが、菊池さんは「そういう自治体を増やしたい」と語る。

菊池さんが北上市の下水道運営がめちゃくちゃだと判断できたのは「公営企業会計」を使ったからだ。

自治体の一般会計は、収入や支出を列記する単年度限定の家計簿のようなものだが、公営企業会計は、収入/支出の絡む事業(上下水道や病院など)のそれぞれについての会計だ。これにより、収入、一般会計の繰り入れ、起債、負債、その償還時期などが把握でき、財政を長期的に俯瞰(ふかん)できる。

ところが、つい10年前までその適用率は2割台。多くの地方公共団体では漫然と上下水道運営をしていたのだ。総務省アドバイザーに就任した菊池さんは公営企業会計の普及に力を入れた。

「それまでは人口3万人以上の地方公共団体だけに適用されていましたが、私は3万人以下にまで適用するよう手を尽くしました」

その結果、ほとんどすべての地方公共団体が企業会計を実施し、その決算結果が今年6月には出され、秋には統計として整理される。これで全国の下水道会計の概況が俯瞰できるのだ。総務省は、データという側面から下水道問題を明らかにしようとしている。

一方、下水道建設を促進してきた国交省はどうか。2月21日、国交省で「下水道等に起因する大規模な道路陥没事故を踏まえた対策検討委員会」が開催された。八潮市のような陥没事故を防ぐため、下水道の点検手法の見直しや、地下管路の施設管理のあり方などを検討するのが目的だ。

今年2月21日、国交省の「埼玉県八潮市の道路陥没事故を踏まえた第1回有識者委員会」が開かれた。しかし、取材を許可されたのは家田仁委員長(起立中)の挨拶までで、あとは非公開となり、実際にどんな審議が行なわれたのかはまったくわからない 今年2月21日、国交省の「埼玉県八潮市の道路陥没事故を踏まえた第1回有識者委員会」が開かれた。しかし、取材を許可されたのは家田仁委員長(起立中)の挨拶までで、あとは非公開となり、実際にどんな審議が行なわれたのかはまったくわからない
だが、委員会は完全非公開。ライブ配信も録画配信もないので、何を話し合ったのかすらわからない。

閉会後の記者会見で、私は「全国の下水道の緊急点検を行なうのであれば、有収率に着眼するのか?」と質問した。すると、国交省担当者は「有収率とは上水道で使われる言葉です」と回答してきた。

この認識には一抹の不安を覚えるが、今後の下水道体制について、同委員会は秋には何かしらの結論を出すという。菊池さんの訴えるダウンサイジングや合併処理浄化槽の促進について触れるかは不明だが、下水道についてはその安全面だけではなく、国と地方公共団体の予算を食い潰す財政面についてこそ話し合ってほしい。

日本の時限爆弾である下水道問題。解決への長い道のりはまだ始まったばかりである。

樫田秀樹

樫田秀樹かしだ・ひでき

社会問題や環境問題を中心に取材活動を続け、特にリニア中央新幹線の取材は10年以上にわたる。著書『悪夢の超特急 リニア中央新幹線』(旬報社)は、2015年度JCJ(日本ジャーナリスト会議)賞を受賞。ほかに『リニア新幹線が不可能な7つの理由』(岩波ブックレット)などがある。外国人の入管・難民問題も取材中。

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