球団内での生き残り競争も厳しい巨人において、19年目の鈴木尚広(たかひろ)は、“代走屋”として確固たる地位を築いている。
本誌で「アウトロー野球論」を連載する江夏豊氏が、その走りの神髄に迫る対談の後編。(前編記事「ワニとボルトの走りを研究しています」)
***
江夏 ワニからボルトまで、ずいぶん勉強してるな(笑)。ところで、ワニのような動きは打つこと、投げることに関してもプラスになる?
鈴木 なります。僕は背骨をひとつひとつ動かすためのトレーニングもしているんですが、体のパーツが分離して動けば、同じ力を出すにもエネルギーが少なくて済みますから。ケガの防止になりますし、疲れにくくもなります。
江夏 それは初耳だな。これからの野球界、ワニとかヘビの動きも理解しないと(笑)。
鈴木 そうですね(笑)。
江夏 もうひとつ、足に関して聞きたいんだけれど、接戦の試合終盤になると、あなたはベンチの前でちょろちょろ動いているよね。あれは相手チームから見てプレッシャーになると思う。監督から言われてやっていること?
鈴木 いえ、特に言われていません。監督がどの場面で勝負をかけるか、どの選手が出塁したら自分が代走に使われるか、予測を立てて常に準備しています。
江夏 準備でいうと、例えば相手キャッチャーの性格的なこととか、ピッチャーのクセは把握している?
鈴木 もちろん把握していますし、中継ぎピッチャーの起用法、牽制(けんせい)の傾向、性格、キャッチャーはどう考えるかなども頭に入れています。あとは、相手ベンチの動きも見ていますね。
「野球って楽しいか?」「楽しいですね」
江夏 そこまで見るのか。
鈴木 はい。コーチが何か指示を出しているかな、とか。
江夏 確かに、若いキャッチャーであればベンチ主導で動く可能性は高いよね。そこまで考えてやっていると、最初から試合に出るより野球に関する視野はかなり広くなるだろうな。
鈴木 確かに、観察力は増しました。観察して、準備さえすれば、勝負できると思うので。その勝負からわかることもあって、次はまた新たな観察ができますし。
江夏 なるほどな。野球って楽しいか?
鈴木 楽しいですね。
江夏 今あなたがやっていることは、なかなか目に見えない部分だけれど、あなた個人だけでなく、これからのチームにとっても絶対にプラスになる材料だと思う。そのあたりはどう考えてる?
鈴木 巨人にいる限り、勝たないといけませんので、それが一番いいと思います。仮に僕が試合に出ないとしても、勝てれば。
40歳になっても代走で出て「変わった選手だな」と
江夏 試合に出る出ないを超えて、そういう考え方がチームに浸透していくといいと思うよ。じゃあ、あなた個人の今後の目標は?
鈴木 まずは、常に日本一になること。そして、40歳になっても代走で出ることですね。とにかく、皆さんから「変わった選手だな」と思われたいんです。
江夏 「変わった選手」って、変人に見られたいの?(笑)
鈴木 40歳でも全然スピードが落ちないとか、そういう面で「こいつ変わってるな」と(笑)。元々、30代になってケガが減るというのも変わっていますし。そういう選手がひとりでもいると、若い選手たちにいい影響を与えられるでしょうし、目標にしてもらえると思うので。
言葉ではなく背中で感じてもらえるプレーヤーになって、自分が今、毎日やっていることを後輩たちに受け継いでもらえたらと思います。
江夏 それは言葉ではなかなか伝わらないね。実際にグラウンドで、あなたの一挙一動を見ないとわからないことがたくさんあるから。それにしても、いい野球人生だな。これからも、もっといい野球人生を送ってほしいよ。
鈴木 ありがとうございます。
江夏 こちらこそ、今日はありがとう。
●江夏豊(えなつ・ゆたか) 1948年生まれ。阪神、南海、広島、日本ハム、西武で活躍。シーズン401奪三振、オールスター9連続奪三振などの記録を持ち、日本球界における抑え投手のパイオニアでもある。通算成績は206勝158敗193セーブ
●鈴木尚広(すずき・たかひろ) 1978年生まれ、福島県相馬市出身。相馬高校から97年ドラフト4位で巨人に入団。5年目の2002年に一軍デビューして以来、二塁手・外野手をこなす俊足のバイプレーヤーとして一軍に定着。08年には外野でゴールデングラブ賞受賞。昨年4月、規定打席到達経験のない選手として史上初の通算200盗塁を達成。続く5月には代走盗塁数の日本記録も更新した。通算盗塁成功率.824は歴代2位(200盗塁以上)。巨人在籍19年目で、現役の生え抜きでは最古参。180㎝78㎏、右投げ両打ち
(構成/高橋安幸 撮影/村上庄吾)