今夏、鳴り物入りでドイツ・ブンデスリーガのマインツに移籍した武藤嘉紀(よしのり)

FC東京時代から親交の深かった本誌デザイナーが彼を追ってドイツを訪ね、シーズン直前に独占ロングインタビューを実現していた。そこには、普通なら決して語られることのない“本音の言葉”があった。 (前編⇒「マインツ・武藤が孤独な心境を独占告白!『英語を使いたいけど、監督はそれを好まない』」

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FC東京U-18時代には右のサイドバック、FC東京でも最初はサイドハーフ、そして現在のマッシモ・フィッカデンティ監督体制に変わってからはフォワード。異なる監督の下で異なるポジションを経験してきた武藤は、「選手がどこをやりたいかという前に、監督が描くサッカーがある」と語る。

「『自分でいける』と思うところでもあえてパス出したりっていうのがあるけど、それも監督が求めているから。『簡単にはたいて裏にいけ』って。もちろんドリブルで仕掛けたいって気持ちはあるけど、俺はそんなスーパーなプレーヤーじゃないから、外国人の強いディフェンダー相手に全部自分でいっても、全部勝てるわけじゃないし。だから、日本にいた頃の自分らしさは、もう忘れる。その自分らしさを変えていかなきゃいけないから、今は点を取ることだけにこだわっていればいいです。とにかく、ゴールを。

サイドハーフをしていた頃は、ドリブルで相手を抜いたりカットインしたりっていうのが一番気持ちよかったけど、フォワードになってからはどんなにいいプレーをしても得点がなければ、それは『足りない』から」

マルティン・シュミット監督が描く「マインツのサッカー」。加えて、「ドイツのサッカー」にじかに触れて感じた、日本との違いも尋ねてみた。

「球際の強さとダイナミックさ。個々の能力や切り替えの速さというのは、日本よりさらにレベルが高いなと思う。まず体格が違うし、重さが違うし、日本で『抜けた』と思ったところで足が出てきたり。逆に細かい動きに弱かったり、裏への対応がよくなかったりというところは攻めていけるかなと思います。だけど、それにもやっぱりコミュニケーションがいりますからね。ここが“隙”だと俺が狙っていても、そこにボールが来なかったら意味ないので。

あと、ドイツのほうが自分のポジションを守る意識が強いです。この前アシストを決めたプレーも、サイドに流れて裏をとってというプレーだったんですけど、本当はもっと真ん中にいてほしいみたいで。ただ、真ん中の裏って相手のキーパーも出てくるし、なかなかとれないんですよ。だから日々試行錯誤ですね」

武藤には忘れられない言葉がある。FC東京で開幕レギュラーとなった昨シーズン、フォワードとして出場するも、自身が無得点の試合が続いた時のことだ。

「もちろん冗談交じりなんですけど、チームメイトから『おまえ出ると負けるな』って言われたことがあるんです。確かに俺出てる試合ずっと勝ててないわーと思って、すごく心に響いた。

でも結果が出るようになって、同じ試合の中で90分間、一緒にプレーすることでわかってもらえる部分があって、認めてくれるようになって。東京でも、最初から全部うまくいっていたわけじゃないから、マインツでまたゼロから始めればいいのかなって」

いつか、FC東京に帰りたい

■ドイツでの挑戦は「逃げ道」との決別

もうひとつ、日本とドイツの環境の決定的な違いがある。それは、今の武藤には養わなければならない家族がいるということだ。

「(奥さんの存在は)大きいです。俺が朝起きたときにはもう朝食を作ってくれていて、遠征で夜10時とか11時過ぎて帰ってきても、起きてて日本食作ってくれて。だから、ドイツでは第二章が始まったっていう感じです。第一章は、俺が生まれてから、日本での最後の試合になった清水戦(6月27日)まで。

日本では逃げ道があったけど…例えば、高校生の時はサッカー選手になれなくても違う道にいけばいいやって気楽に考えられていたし、東京の時だって、まだ自分だけのためにプレーしていればよかった。けど今は、このドイツで、サッカーで家族を食わせないといけないから。しかもこの先、子供ができてどんどん家族が増えていったりしたら責任はもっと重いわけじゃないですか。子供たちの学費を払うために、もっと貯金しとかなきゃなとか」

武藤は未来の筋書きをつくることを嫌う。プロに行かず大学に進学した時も、その数年後、ついにプロで戦う覚悟を決めた時も、そして今年、ドイツへと渡る選択をしたときもーーいつだって目の前の扉をひとつずつこじ開けてきて、今がある。だからこそ、無意識のうちに口をついた「この先」の話に、彼の覚悟を感じた。

そんな武藤だが、唯一決めている筋書きがある。

「いつか、FC東京に帰りたい。ヨーロッパでやりきったって思える日がきたら、まだ体の動くうちにもう一度最後、むち打って。(プロ野球でメジャーリーグから広島に戻ってきた黒田博樹選手みたいな感じ?)そうそう。やっぱり俺は、東京生まれの東京育ちで、FC東京でいい出会いに恵まれたから。人によくすると、それって絶対返ってくるんですよ。邪念とか持っていると、運って絶対来ない」

確かにーーこれは彼自身も認めていることだが、例えばプロ1年目に出会った監督がフィッカデンティではなかったら、今の武藤はなかったかもしれない。だからいつか、FC東京に返したいーー彼は言外にそう伝えたかったのかもしれない。

「そのためにはまず、マインツでゴールを決めて、結果を出さないといけないですけどね。試合に出ているだけじゃ、もう日本ではニュースにもならないだろうし、絶対代表にも呼んでもらえないから」

(撮影・取材/佐々木真人[pmf co.,ltd.] 協力/ポリバレント株式会社)

●武藤嘉紀(むとう・よしのり) 1992年7月15日生まれ、東京都出身。身長178cm、体重72kg。利き足=右 ポジション=FW、MF 愛称は“よっち”。慶應義塾大学在学中にFC東京とプロ契約。1年目でいきなり開幕レギュラーを勝ち取り、リーグ戦33試合で13得点、続く2年目は17試合で10得点。Jリーグ史上、城彰二以来ふたり目となる、ルーキーイヤーから2年連続2桁得点を達成するなど、チームを牽引する。今夏、ドイツ・ブンデスリーガの1.FSV マインツ 05に完全移籍。日本代表13試合出場1得点