まさに天国から地獄。勝利は目前、ラスト3分のトラブルに泣いた中嶋一貴はスタッフに肩を借りてマシンを離れる

6月18~19日に開催された世界一過酷な耐久レース、ル・マン24時間

トヨタは自慢のハイブリッドシステムが実現する「燃費の良さ」を生かした戦略で、レースの主導権を握り、激しいトップ争いを展開。

しかし、誰もが勝利を確信したそのとき、トップを走る中嶋を悲劇が襲った。一体、何が起こったのか?(前編記事⇒『ル・マン、トヨタ激闘「23時間57分リタイア」涙の全舞台裏』参照

■「俺たちはみんな同じ船に乗っている」

中嶋はレース後、次のように話している。

「最後のスティントは11周。ともかく無事に、無事にと祈りながら、8周、7周、5周……と数えて……。でも、まさかあのタイミングで止まるとは思わなかった」

ちなみに、5号車のトラブルの原因はターボの過給圧を制御するコントロール系に異常が発生したといわれているが、レースから4日を経た今も正式な原因は不明のままだ。中嶋はさらにこう語る。

「残り約2周、ピットから無線で『クルマに優しくしろ』って指示された直後、ポルシェコーナーに入ったらアクセルを踏んでもパワーがなくて…そのままストレートでストップ。2014年もトップを走りながら残り9時間でリタイアしている。こんなことが続くと『自分が何か悪いものでも持っているのかな?』と思いそうになります。

でも、これもレース。ル・マン制覇という目標に『限りなく』近づいているのは確かなのだから、今は前を向くしかないですよね…」

と吹っ切れたような表情で語るものの、さすがに心に負った深い痛手は隠し切れない様子だ。トヨタTS050ハイブリッドの開発リーダー、村田久武氏は時折、言葉を詰まらせながらこう話す。

「過去にはル・マンのゴール30分前にマシンが壊れるという経験をした先輩もいるので、ラスト30分を過ぎるときは本当にドキドキしていて。あと1周だったのにね…。

レース直後はみんなショックで現実を受け入れられない感じだった。でもすべての責任は俺にあるから、まずはドライバーやチームのみんなに謝って回りました。

そうしたらみんな、『俺たちはみんな同じ船に乗っているんだから、ここから立ち直って来年は絶対に勝とうよ』って言ってくれた。

今はまだ気持ちが整理できないけど、ここで俺が暗い顔していたらいけないから、ともかく前を向くしかないと思っている。みんな全力で頑張ってくれたし、本当にすごいチームだったよね?」

「誰からも尊敬される敗者」

レース終了後、失意に沈むトヨタのガレージを、ポルシェやアウディをはじめとした他チームのドライバーや関係者が次々と訪れて、トヨタの素晴らしい戦いをたたえる。

「本当の勝者は君たちだ!」「君たちのつらい気持ちを自分たちも分かち合う」

こんなふうに励ましの言葉をかけていたのがとても印象的だった。

それはチェッカーフラッグのわずか3分前まで完璧と言ってもいい戦いを見せたトヨタに対するライバルたちの尊敬の念の表れでもあり、同じレースを戦う仲間としての素直な気持ちだったに違いない。

想像もしなかった事態に凍りつくトヨタのピットガレージ。現場の応援に訪れていた嵯峨宏英GAZOO Racing本部長は「この瞬間が来年のル・マンの始まり」とリベンジを誓う

「トヨタよ、敗者のままでいいのか。」

今季、こんな刺激的なキャッチコピーと共にル・マンに挑んだトヨタはまたしても「勝者」にはなれなかった。しかし、彼らはこの史上まれに見る激戦を通じて「誰からも尊敬される敗者」になったのだと思う。

もちろん、レースは勝ってナンボの世界。ラスト3分までどんなにライバルを圧倒しようと、勝たなければ意味がないという人もいるかもしれない。だが、トヨタが見せた23時間57分の勇猛果敢な戦いっぷりは、あの日サーキットを埋めた26万人を超える大観衆とライバルたちの胸に深く刻まれたに違いない。

「やはりル・マンは最後まで何が起きるかわからない。今年のトヨタは本当に期待していた以上の戦いを見せましたが、ここまできたら来年は絶対に勝ってほしい。そして、その先も参戦し続けなければ、あの世界で本当の仲間とは認めてもらえません」

こう語るのは今から17年前の1999年、「TS020」でル・マンに挑み、トップまであと20秒差と迫りながら残り30分でタイヤのトラブルに見舞われ、無念の涙をのんだ村田氏の「先輩」、元トヨタモータースポーツ(TMG)副社長の松井誠氏だ。

「こうして、ようやくポルシェやアウディから仲間として認めてもらえる『入り口』まで来たのですから、この先も継続して挑戦し続けることが何よりも大切です。ただ、まずはなんとしてでもル・マンに勝ってもらわないとね。じゃないとOBの僕も死んでも死にきれません(笑)」

悲願達成まであと3分間。来年のル・マンに向けたトヨタの挑戦は、あの衝撃の瞬間から始まっていると信じたい。最高のチームが見せた悔し涙を、「夢の続き」に変えてほしいと心から願っている。

(取材・文・撮影/川喜田 研 撮影/鈴木紳平)