「僕は“感覚派”だったけど、それだけじゃこの先やっていけない。去年はいろいろ考えさせられました」と語る山田哲人 「僕は“感覚派”だったけど、それだけじゃこの先やっていけない。去年はいろいろ考えさせられました」と語る山田哲人

プロ入り以来、順調に成績を伸ばし続け、2年連続トリプルスリー(打率3割、30本塁打、30盗塁)を達成した山田哲人(東京ヤクルトスワローズ)。しかし昨季は打率2割4分7厘、盗塁14、本塁打も24本と、チームの低迷と歩みを同じくして初めての壁にぶち当たった。

今季は監督はじめ首脳陣が大きく代わり、チームのムードも一新。そんななか、天才と称されるバットマンはいかなるリベンジを目指しているのか? 新人時代からコーチとして接していた伊勢孝夫氏にその心境を語る。

■モチベーションの維持に苦しんだ

伊勢 去年はこの時期にWBCがあって大変やったよな。調整を1ヵ月近く前倒しして、しかも代表では指名打者という慣れない仕事。シーズンの成績がよくなかったのも、やっぱりWBCの影響というのはあったのかな?

山田 うーん……いや、それはあんまり関係なかったです。確かに、指名打者は試合に入っていないような感じがして難しかったですけど、それとシーズンのことは関係ないですね。それよりシーズン中は、モチベーションの部分が難しかったです。

伊勢 まあ、やっぱりチームが弱いとな(苦笑)。96敗だっけ? 感覚的には毎日負けてるようなもんだ。

山田 本当に、ほとんど負けみたいな感じでした。負けていい試合なんてひとつもないんですけど、「また今日も負けるのか」っていう気分にもなってましたし。そういう意味では、いろいろ勉強になったシーズンでもありました。

伊勢 勉強?

山田 僕、今までは“感覚派”だったんですけど、感覚だけじゃこの先やっていけないなというのを感じて。しっかり頭で考えて、スイングするときの体の動きも、頭の中で意識するようにして。そういうことをいろいろ考えさせられましたね。

伊勢 じゃあ、例えば調子の目安はどんなところに置いてるの?

山田 打球の角度ですかね、やっぱり。それと、フォームのチェックポイントは右足と頭の位置です。右足はタメの部分で、しっかり体重が乗っているかという確認。あとは基本的な、小学生の頃からやってることなんですけど、前(投手寄り)に突っ込まないように頭の位置を確かめる。その2点ですね。案外、これをキープするのって難しくて。

伊勢 シーズンは長いからね。連戦が続いたり疲れたりすると、右足のタメがほどけてしまっているのに自分でも気づかないことがある。

山田 そうですね。周りに言われて初めてわかることもあるので。

 年度別個人成績 年度別個人成績

“地獄のキャンプ”で何かが変わった

■“地獄のキャンプ”で何かが変わった

伊勢 今年は小川(淳司)監督が戻って、宮本慎也もヘッドコーチとして帰ってきて、チームのムード自体が変わったと思うけど、中にいてどう感じる?

山田 公式戦をやってみないとわからないですけど、ただ、練習量は増えました。

伊勢 キャンプは練習がとにかく長かったんだって?

山田 長かったですね(苦笑)。かといって質の部分も軽視するわけじゃなくて、一球一球丁寧にやってきたので、そこで何かが変わると思います。チームの目標が「底上げ」ということだったので、ひとりひとりがこういう練習していればレベルアップするなっていう実感もありました。

伊勢 やっぱり去年、チームがああいう成績だったわけで、長くてもやるしかない、というのはあるわな。

山田 そうですね。結果がどうあれ、同じことをしていてはいけない、何かを変えないといけないというのはみんな絶対あると思うんで。

伊勢 石井琢朗打撃コーチが広島から移ってきたけど、彼とはどんな話を?

山田 琢朗さんは、僕自身の感覚をすごく大事にしてくれていて。特別に技術のことを教えてもらうというより、「どういう練習がしたい?」とか、そういう感じで接してもらっていますね。

伊勢 琢朗は広島のコーチ時代も、基本的には選手のやりたいようにやらせてあげる、という感じやったからな。ただ、バットは振らせるよな。チーム全体としていい練習してると思うよ。で、今年もトリプルスリーやるの?

山田 そうですね。そこは個人的な目標として。

伊勢 じゃあ、そこが最低限の目標か(笑)。

山田 いや、最低限ではないです(笑)。やっぱり難しいんで。でも、去年は本当に、練習しても練習しても成績も上がらなかったですし、なんだかよくわからないうちに終わってしまったので。

―トリプルスリーを目標に置くって、精神的にはヘビーじゃないですか?

山田 うーん、でも周りからもそれを求められているというか、打って走って、というところが山田哲人だという目で見られているので、そこは自覚を持って。やっぱりトリプルスリーを達成できれば、それだけ活躍できているということなので。

トリプルスリーよりも重視する数字

 この2月は「プロに入ってこんなに長く練習したのは初めて」というキャンプを送った この2月は「プロに入ってこんなに長く練習したのは初めて」というキャンプを送った

―トリプルスリーって、達成するコツとか条件ってあるんですか?

山田 そんなのないですよ(笑)。コツも何も、一日一日、大事にプレーすることしかないです。積み重ねなんで。特に盗塁は、走れる状況と走れない状況があるので、走るべきときに走る。走っちゃいけないところで走っても価値がないですから。あとはやっぱり、好不調の波はどうしても来るので、いかにその波を減らすか、小さくするかというのはありますけど。

伊勢 そのなかで、個人として何か新しい取り組みというのはあるの?

山田 具体的に新しい練習方法がどうこうっていうのはないですけど、過去の映像を見たりして、今の自分のコンディションに合ったフォームを模索してみたりとか…。その点では、すごく頭で考えながらやってます。

伊勢 ふふふ、過去のビデオからヒントを探すっちゅうのは、阿部慎之助も同じこと言ってたな。

山田 え、ホントですか? 阿部さんも?

伊勢 スーパースターには共通点があるってことだな(笑)。

■トリプルスリーよりも重視する数字

―山田選手は今25歳。体力的にも若いから挑めるトリプルスリーだと思いますが、では30歳、あるいはそれ以上の年齢になったとき、やはりトリプルスリーを目指しますか? それとも3部門のうちどれかを重視するようになると思いますか?

山田 数字は大事ですけど、何が一番とか、そういう考えはないです。…まあでも、強いていうなら出塁率が一番大事かなと思います。

伊勢 トリプルスリーの3部門より、出塁率が大事?

山田 大切だと僕は思います、野球をする上で。打率3割で出塁率3割3分の人と、打率2割5分だけど出塁率3割5分の人がいたら、出塁率が高い人のほうが絶対、評価はいいと思います。やっぱりチームが勝たないとつまらないですし、せっかくの記録も価値はないですから。

やっぱり緊張感のある試合をしたい

―伊勢さんは、新人時代の山田選手をコーチとして知っていますよね。どういう選手でしたか?

伊勢 1年目、シーズン中はずっとファームだったけど、ナゴヤドームで中日とCS(クライマックスシリーズ)ファイナルS(ステージ)を戦ったとき、川端慎吾が直前にケガをして急遽、小川監督と相談して、山田を呼んだんだったよな。

山田 はい。

伊勢 で、何試合か使ったんだけど、なかなかヒットは打てなくてな。

山田 最後に1、2本打ったんですけど、でも最初は全然ダメでした。

伊勢 だけど、その凡打がすごいのよ。ほとんどが打ち損じじゃなくて、バットの芯でとらえた打球で、ハードラックばっかりだった。それで小川監督とも「すごいぞ、全部バットの芯でつかまえとるぞ」と話して。それが1軍での最初の評価だったね。

―その後、ブレイクのきっかけ、あるいはトリプルスリーを目指せるようになったきっかけのようなものはあったんですか?

山田 いや…ないですね、そういうのは特に。

伊勢 ふふふ、まあ、きっかけといえるような明確なものはないだろうな。あの試合のあの打席でふと感じたことで打撃が開眼したとか、そんな話があれば面白いし本人も楽だけど、なかなかそんなのあるもんじゃないからね。そこが野球の難しいところであり、面白いところだと思うし。

ただ、哲人はたぶん自分自身の成績より、チームが勝って、そのなかで活躍することが一番の喜びっていう選手なんじゃないかな。

山田 そうですね。やっぱり緊張感のある試合をしたいですし、優勝した15年のときなんかはすごくやりがいもありましたから。

伊勢 ほかのチームのキャンプを回ると、みんな「今年のヤクルトは怖い」って言うし、頑張ってな。

山田 はい、いいシーズンにしたいと思います。

(取材・構成/木村公一 撮影/小池義弘)

 2月は紅白戦含め実戦6試合で3本塁打。「WBCがあった去年より仕上がりは早い」と早くもエンジン全開だ 2月は紅白戦含め実戦6試合で3本塁打。「WBCがあった去年より仕上がりは早い」と早くもエンジン全開だ

●山田哲人(やまだ・てつと)

1992年生まれ、兵庫県出身。身長180cm、体重76kg、右投げ右打ち。履正社高校から2010年ドラフト1位でヤクルト入団。3年目の途中にレギュラーをつかみ、翌14年に打率.324、29本塁打と大ブレイク。15年、16年と史上初の2年連続トリプルスリーを達成(15年の本塁打王&盗塁王同時受賞も史上初)。しかし昨季は初の大不振に陥り、巻き返しを期す

●伊勢孝夫(いせ・たかお) 1944年生まれ、兵庫県出身。現役時代は近鉄、ヤクルトで活躍。引退後35年にわたりヤクルト、広島、近鉄、オリックス、巨人、韓国SKでコーチ、編成担当として活動。的確な打撃指導とデータ分析に定評があり、阿部阿部慎之助と山田にもそれぞれコーチとして接した。201 6年からは大阪観光大学野球部のアドバイザーを務める