代官山道場が入るビルの一室で行なわれたインタビュー。前半は主に極真会館の「鍛錬の今」について話を聞いた。松井氏からは、後輩たちへの熱い期待の想いが、淀みなく発せられた

週プレNEWSで配信中の連載漫画『50代の☆リアル体験入門 ドラゴン先生格闘ロード』は、『第5闘:国際空手道連盟 極真会館編』に入り、より緊迫した場面を迎えている。漫画家界最強を自認するドラゴン先生こと岡村茂氏が、突きや蹴りなど極真空手を支える基本的テクニックをコツコツと身につけていく模様をリアルに描く同作品は、PART3まで配信され、格闘技ファンからも大好評だ。

ここまでDDTプロレス、システマ、クラヴマガ、ブラジリアン柔術の道場に挑戦し、顕著なコピー能力を発揮してきた岡村氏。だが、極真空手は幼い頃からアニメや大会のテレビ中継などで親しみ、憧れた格闘技。友達と、組手の真似事に明け暮れた少年時代を過ごしただけに、空手の動きがなんとなく染み付いているはず。イチから動きを学んだ、他の格闘技へのチャレンジとは、また違った成果が得られるかも......。

そして、憧れの極真空手の道場での稽古というだけでも岡村氏にとっては感動モノなのに、さらにビッグな事態へと話が進んでいく。なんと、極真会館のトップに君臨する松井章奎(しょうけい)館長が、岡村氏のためだけに時間をくださり、稽古していただけることになったのだ!!

その贅沢な稽古の模様は10月5日配信の第22話(第5闘PART4)から3回に分けて掲載する予定。クライマックス感たっぷりの展開だが、この稽古で何を学び、何を身につけたのかは、ぜひ、作品でご確認いただきたい。

ドラゴン先生のマンツーマン指導を快く引き受けていただいた。広々とした道場で、自分だけのために館長が稽古をつけてくださるという奇跡。門下生もうらやむだろう果報者だ

さて、今回も岡村氏をみっちりとご指導いただいた格闘家への恒例アフター・インタビューを実施。松井章奎館長に再びお時間をいただき、岡村氏の今回の挑戦への感想から、極真会館の稽古、東京五輪についてなど、ギュッと詰め込んで伺ってきた。

――先日の稽古では、格闘技素人の漫画家をマンツーマンでご指導いただき、なんと贅沢な時間かと思いました。岡村氏なりに「意外に動けた」と感想を漏らしていましたが......。

松井 (ニヤリと笑ってから)ケンカにはお国柄があってね、日本だと取っ組み合いでしょ? 相手をつかんで何かをする。これが欧米だと叩き合いや殴り合いで、タイだと蹴り合いだと聞きます。

それは、昔からそこに根付いている格闘技、日本なら相撲や柔道、欧米ならボクシング、タイだとムエタイという風に格闘技としてあるものを真似するということにあるらしいんです。岡村先生も、かつて空手の真似事をしていたというのであれば、そのイメージが体に染み付いているんじゃないですか?

――パワー自慢の岡村氏なのですが、極真空手にパワーは必要なんでしょうか?

松井 大山総裁は「技は力のなかにあり」という言葉を残しています。まずは一人力(いちにんりき)の力をつけないといけない。何かを動かす力ではなく、正しく自分の体を扱えるだけのパワーを身につけなさいと。

――外に影響を及ぼす力ではなく、自分を支える内なる力ということですか。

松井 自分の体を(1)運べる(2)走れる(3)引ける(4)支持できる(5)飛ばせる、そのパワーです。一定の距離を走ったり、懸垂ができたり、腕立て・逆立ち、高飛び・幅跳び、まずはそれらができること。ベンチプレスで150kgを上げるという人でも腕立て100回できない人はいます。その腕立てだって、正しいフォームでできることがとても大事です。

稽古前に、極真会館の現状を語る松井氏。ドラゴン先生の児童向けの活動にも興味を示していただいた。そして「で、今日は何をするの?」と。失礼ながら、一同ズッコケました

――その人その人によって基準は違う、と?

松井 極真会館でいえば、審査で一般の人は腕立て50回、黒帯を目指す人なら100回、これが最低の数字ですけど、柔軟性や跳躍力、バランス感覚なども備えていなければいけません。それぞれ目標値があるので、そこが基準になって、回数など難度も上げていきます。

――板を何枚割ればいいというものでもないんですね。

松井 板は動かない。試し割りでいえば、板にどういう風に力を加えるか。自分と板との距離、自分のフォームとかいろいろなものが問われます。けれど、組手には相手がいますから、黙ってそこにいてくれるわけじゃないでしょ。相手の動きを察知し、適正に攻撃を仕掛けることが必要なんです。

そこで、自分が動くということをちゃんと学んでいると、相手の動きを察知することもできるようになってくるんです。

――相手の動きを察知できてはじめて、力を生かすも殺すも自分次第という境地に踏み入れることになるわけで......。

松井 (左手の平に右の拳をぶつけて)こうボンと当たって、これが100の力だとすると、相手が下がると100じゃなくなる、相手が吸収してしまうから。でも、相手が前に出てきてくれれば100の力はもっと増える。

――相手は大きなダメージをくらいます。

松井 相手がこの時、息をのんでどんと出てくれば、かなりの抵抗力があるから弾き返されるかもしれない。でも、ふっと気を抜いた時とか、息を吸った瞬間とか、攻撃と攻撃の間とか、相手を攻撃する上で、細かい状況や環境を整えて、その機に動けば、本来、100の力でしか効かない攻撃が、10の力でもものすごい打撃力を生むことができるんです。相手と自分との間にこういう空間を作れる人が強いんですよね。

時折、見せてくださる手本。右足は動いている(写真でぶれている)のに、それ以外の部位はまるでゆるぎなし! ムチのようにしなる足はミットに当たり、ドスンという半端ない音を出す

――相手の動きを見極めてこそ、ですね。呼吸でさえも観察の対象になる、と。

松井 究極は「自分が何をしたか」より「相手に何が伝わるか」。そして相手と調和する。相手が身長2mの選手でも、突っ立っているわけじゃなく自分に働きかけにくる。その時に、頭は当然、下りてきます。その瞬間に蹴り出す......まあ、いろいろな状況が整ってこそ技は決まるわけです。

いわば、相手の協力を得て、自分の技を成立させるっていうことが必要。そのためには自分の体を動かすことを感じながら、自分の肉体的、精神的なものをよく観察しながら稽古する必要があるんです。

――まずは己を観察するのですか?

松井 人間は自分の体を通じて、また、感性や考え方を通じて他者を理解します。レモンをかじったことのある人なら、レモンをかじっている人を見て、あ、すっぱそうだな、と感じられますよね。

空手も、自分の体をどのように扱うかを試行しながら、また、感じながら稽古してこそ、相手の心理や行動、動作を読めるようになる。試合でいえば相手のそういうものを読んで、自分との間の空間を支配し、攻防をコントロールするわけです。

――極真空手の稽古は、そうやって自分を鍛えることの大切さを連綿と伝えられてきた、というわけですね。

松井 うーん。今は良くも悪くも合理的になったというのかな、鍛錬が。一種、欧米化したというか、いろいろな研究データがもたらされ、専門家の指導やアドバイスをもとに稽古するようになってきてますね。このことは、良くなったともいえるのだけれども......。

――合理的なものと反対側にある泥臭いものによって、極真空手は支えられてきたということですよね。2015年に週プレNEWSでインタビューさせていただいた際にも、「ムダをムダと知ることはムダではないという世界がある」とおっしゃっています。

松井 必要なのは「自分の鍛え方を構築する」作業なんです。「データやマニュアルを活用する」というやりかたは、統計的な最大公約数のところを受け入れることが多くなりますよね。でも、それが実際に自分にハマるかはわからない。データに支えられた欧米式のトレーニングは、欧米人がやるから合うのであって、すべてが日本人に当てはまるかどうかというと......。鍛え方も、欧米式と日本式では違ってこないといけないんです。

マッサージひとつでも、そうでね、白人種と黄色人種、黒人種でいうと、筋肉が一番硬いのが黄色人種。ハードプレッシャーで筋肉をゆるめる必要があるんです。黒人種の筋肉は一番柔らかいといいますが、さするようにしても筋肉はほぐれます。本来、日本人は、ある程度、ハードに押さえないと筋肉がほぐれていかないからこそ、指圧という手法が生まれ、伝わってきたのも理にかなっています。スポーツマッサージやオイルマッサージは欧米人だからこそなんです。

相手の心を見通すかのような視線。世の風潮に晒され鍛錬も変わってしまいつつある現在だが、「忘れてはいけない伝統もあり、そこは受け継いでいくべし」という考えは普遍だ

――欧米化というと、それこそウェイトトレーニングやマシンワークなどをイメージしますが、それによって弊害がもたらされていると?

松井 我々の先輩方の時代もウェイトトレーニングはやったんですよ。でも、それ以上に「空手の稽古」をやったんです。かつてはウェイトトレーニングは補強(運動)だったのに、だんだんウェイトトレーニングのほうが重きを置かれる時代になって、そして今はまた違ってきた。キックボクシングみたいな突き、蹴りの練習をやったり、サンドバックを使ってみたり。マシンやモノを使う練習は悪くはないんですが、さっきも話した自分を自分で動かすんではなくて、モノに依存して体を支えることになるので、やはり補強でやるべきです。ちゃんと自分の体重を使って、空突きや空蹴りを、相手をイメージしながら何度も反復してやるべきです。そのなかで「当てる」ということをやっていくのが正しい方法なんですね。

――マシンやモノを使う練習がメインでは、強くなれないのでしょうか?

松井 なんとなく突いたり蹴ったりができるようになると、道具を対象に突きや蹴りの練習をし始めるのが今の風潮です。これだと自分の体を支持するにも、そういう対象物を利用して、支えられて支持するようになってしまうんです。自分だけで自分の体を支持できなくなる。型をやると体がぶれます。ぶれちゃいけないわけです。試合のとき、上手な人が相手だと、ぶれた瞬間を狙われますから。基本の動作を何度も何度も反復して、自分自身の体を自分で統制できるようにしておかなきゃいけないのに、その段階を経ずにモノを使うようになるのが、さっき話した「良くも悪くも合理的」の「悪い」ほうの影響です。

――かつて観た漫画やアニメ、映画などのイメージが強く、極真の稽古といえば、道場で、大勢で号令かけて、何百回、何千回も繰り返される突きや蹴り、という光景ですが。

松井 空突きや空蹴りなど単純な動作を何度も何度も繰り返しやるのは根気がいります。面倒くさいからやらないで、手っ取り早く先に進みたい。目先のことを追うばかりだから、いわゆる「叩き上げの人間」が出てこない風潮になっているんです。先を急ぐばかりの人は試合になるとポカする。なんでここで負けるの、というところで負けちゃったりするんですね。

★後編では、スポーツの世界でのハラスメントからオリンピックまで、話は広がる

(取材協力/国際空手道連盟 極真会館 http://www.kyokushinkaikan.org

■連載漫画『50代の☆ リアル体験入門 ドラゴン先生格闘ロード』第5闘:国際空手道連盟 極真会館編は週プレNEWSで配信中!

■松井章奎(まつい・しょうけい)
1963年1月15日東京生まれ。13歳で極真空手に入門。入門後約1年で初段取得。1984年の第3回全世界大会で3位に入ると、翌1985年には全日本大会優勝、国内極真空手の頂点に立つ(翌年、連覇)。1986年、中央大学を卒業し、まもなく空手回最大の荒行といわれる「百人組手」を完遂する。1987年には全世界大会でついに優勝を収めた。本部直轄浅草道場支部長を経て、1994年、極真会館の館長に就任する。国内の組織運営はもちろん、世界各地を訪問し、技術指導や後輩の育成にあたっている。