現在は京都サンガF.C.U-18監督を務める手島和希氏

かつて、日本の代表チームが世界の頂点へあと一歩まで迫ったことがある。1999年、フィリップ・トルシエ監督率いるU-20日本代表がワールドユース選手権(現U-20W杯)で準優勝――20年前、「黄金世代」と称された面々が刻んだ伝説である。

その激闘を主力選手たちが振り返る短期連載「ザ・黄金世代」。今回は、手島和希氏が登場!

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大会に入る前は、トルシエ監督が志向するDFシステムである"フラット3"の完成度を高めることを一番意識していました。

全員の選手が初めての経験となった"フラット3"というトルシエ監督独自の戦術は、ボールの状況によって、ラインコントロールすることが生命線であったので、それを3人のDFで息を合わせてやることに必死でした。

初戦のカメルーン戦は、個人の身体能力の高さにやられ敗戦しましたが、チームとして戦える手応えは感じていました。(小野)伸二や本山(雅志)をはじめ、前線の選手は個のスキルが高く、またアイデアも豊富だったので、攻撃は見ていて楽しかったし、すごく頼もしかったです。どこの国とやっても点が取れる雰囲気がありました。

個人的に大会で一番印象に残っている試合は、準々決勝のメキシコ戦です。この試合では、ラインコントロールをすることによって、自然にオフサイドが取れるシーンが多かったゲームで、失点もゼロに抑えることができ、トルシエ監督の戦術"フラット3"に手応えを感じたゲームでした。

トルシエ監督が志向する「フラット3」の真ん中を任された手島。全7試合に出場し、的確な判断とラインコントロールで守備陣を統率した

"準優勝"という結果は、世界大会が初めての僕にとっては自信になりましたが、決勝で対戦した、スペインの選手たちのスキルを体感し、世界との差も感じた大会となりました。

しかし、世界と戦い、大会を終えて(当時所属の)京都パープルサンガに戻って試合に出場したとき、プレーに余裕を持つことができたり、これまでより「できる」と感じることができたのは、大会での大きな収穫でしたね。

このチームは、今思い出しても"タレントがそろったチーム"だったと思います。個において飛び抜けた選手が多く、特に、伸二を見たときは衝撃的で、サッカーをするために生まれてきた人間を初めて見た気がしましたね。

そんなメンバーと共に、決勝の舞台までトータル7試合を戦い、"フラット3"という世界的に見てもまれな戦術の下、準優勝という結果がついてきたことは、指導者になった今にもつながっていると思います。

★次回は氏家英行氏のインタビューを掲載予定です。

●手島和希(てしま・かずき)
1979年6月7日生まれ、福岡県出身。京都サンガF.C.U-18監督。現役時代はクレバーなDFとして活躍。東福岡高→横浜フリューゲルス→京都パープルサンガ→ガンバ大阪→京都サンガF.C.