スランプからの覚醒を経て、今シーズン前半戦首位打者に。そして今、不運の故障離脱からの再起にかける――。バットもフォームも、そして思考も改革を断行、波瀾万丈な野球人生を送る"北の打撃職人"松本 剛選手(北海道日本ハムファイターズ 外野手)をスポーツキャスター・中川絵美里が直撃。前半戦の戦いとチームの変化を振り返ってもらった。

*このインタビューは7月初旬に行ないました

■ビッグボスから突然の通告

中川 シーズン前半を終えて、ここまでの手応えはいかがですか?

松本 数字的に残せているものが多いので、そこはいい前半戦を過ごせたのかなと。

中川 打率は断トツのリーグトップ(7月20日時点で.355とパ・リーグ唯一の3割打者)です。好調の要因はなんだと思いますか?

松本 うーん、なんでしょうね。シーズンが始まる前、開幕戦に出られるのかなって思っていたところに、ビッグボス(新庄剛志監督)から「開幕4番だ」と告げられまして。僕としてはその打順にビックリしたんですけど、なんとか期待に応えたいなと。開幕戦で2安打を打つことができて、そのまま勢いに乗れたと思います。

中川 新庄ビッグボスから4番と告げられたときは、どんな状況だったんですか?

松本 練習中に、「4番でいくぞ」って普通にサラっと言われたんで、本当なのかなって(笑)。

中川 半信半疑だった?

松本 ええ。でも、ビッグボスは有言実行タイプなんですよ。言葉で発したことは、キャンプ中も含めて全部実行してきた方なので、これはやっぱり本気なんだろうなと。

中川 自身初の4番、しかも開幕スタメンでの4番ともなると、かなりプレッシャーがあったのではないですか?

松本 そこは開き直ったというか、変に気負わないようにしたんです。根っからの4番打者タイプではないって自分でもわかっていたので、あえて4番を意識しないようにしました。開幕の試合に出てヒットを打ちたい、ただその一念で臨みました。

中川 そうした気持ちが功を奏して、開幕戦から見事な活躍ぶりです。投手の左右やコース別の打率、どれを見ても穴がないですよね。打席に立つときは、どんな意識で臨んできたんですか?

松本 今年は打席に入る前、なんていうかプランじゃないですけど、ちょっとイメージを練りながら向かうようにしていて。そのイメージに合致したときはいい打席を送れます。

逆にイメージどおりにいかなくても、しっかり考えて打席に臨んでいる分、いい意味で割り切りができているんです。失敗しても引きずることもなく、一打席ごとにうまく切り替えができていると実感しています。

中川 考えて打席に立つという意識は、いつ頃から実践し始めたんですか?

松本 去年の夏ぐらいですかね。昨シーズンの始めは1軍にいたんですけど、途中からはずっとファーム(2軍)にいて。その頃、とにかくヒットを打ちたいっていう一心で、数字を残さなければ1軍に呼ばれないと強く感じたんです。

で、それまでは打席内容にこだわるあまり"いい凡打"を求めすぎて、打撃が小さくなってしまうことも多かったんですが、そのスタンスを捨てたんですよね。凡打は凡打だろって。割り切りができるようになってからは、だんだんとうまく打てるようになっていきました。

中川 プロ3年目のある取材で、「打撃面は、特に精神面での良しあしが影響して、一打席ごとの切り替えがうまくできなくて難しい」とおっしゃっていましたが、今は一打席ごとに良い割り切りができているというわけですね。

松本 そうですね、それは間違いないと思います。

17年、「チームの打線に欠かせない存在になり、自分のスイングを確立させたい」と語っていた松本選手。「今年の前半はそれが形になったゲームが多かったので、継続させたい」©H.N.F.

■「名もない雑草にも陽は当たる」

中川 この取材時点でパ・リーグ首位打者の位置を堂々キープしています。周囲の反応も相当ですよね。

松本 ええ、近しい人たちはすごく喜んで応援してくれていますし、僕もうれしいです。でも、なんていうんですかね、正直、そんなに好調が長く続くって思ってなかったので......。今でも、どこかで数字が落ちてくるかもって、不安を抱えながらやってますね。

中川 これだけ好調が続いてもなお、不安はぬぐい切れないんですか。

松本 ええ。だから慢心することなく、ちょっとでも好調が長く続いたらいいなぐらいの感じにとどめています。いつかは調子が悪くなってくるだろうっていう不安を常に持ちながらやっていると、たとえ結果がよくないときでも深刻なダメージを受けずに済むんですよね。あまり気にせずにいけるという。

中川 この取材の時点で、パ・リーグで2位以下に大差をつけて首位打者争いをリードしています。しかも得点圏打率に至っては4割後半。驚異の数字です。

松本 うーん、年間を通じて数字を残せたら、少しは自信に変わるのかもしれませんが。打率や安打数とかというのは、いっときだけではなく、あくまで年間を通じて残せたときに初めて「数字」と言えるものだと思ってます。今は途中経過にすぎません。

中川 すごく謙虚ですね。でも、現時点で安打数、得点圏打率、盗塁数もずばぬけていて、ファンは大盛り上がりです。それでもやっぱり不安ですか?

松本 自信を持てるかと言われると、難しいですね。不安のほうが大きいです。いつ打てなくなっちゃうんだろうって。もちろん、ひとたびゲームに入れば、そんな考えは吹き飛ぶんですが。でも、普段は不安がよぎることのほうが多いですね。

中川 毎日、試合前などはそういう不安との闘いなんですか?

松本 ええ。明日は大丈夫かなって。たぶん、選手みんながそうじゃないかって思いますけどね。口では「明日も打ちます。頑張ります」って言うけど、実際は「明日打てるかな」って思っていることのほうが多いんじゃないかと。

中川 だからこそ、「開き直り」がひとつの救いになるわけですね。自信満々に突き進むよりも、いつどうなるかわからないという危機感を常に持っていたほうが、いざ調子を落としたときでも、すぐに切り替えられるという。

松本 そうですね。ただ、不安にがんじがらめにされるのはダメですけどね。ひとたび打席に入ったら、自分を信じることは大事だと思います。

中川 試合を見ていますと、常にチームを勝たせる意識が松本選手の中にはあるのかなと感じます。根本ではご自身の成績というよりも、そこを重要視しますか?

松本 うーん、そこは野球人としてすごく難しいなって思うところではありますね。僕みたいなタイプがガンガン打ちにいって、簡単にアウトになるのはよくないですけど、かといってリスクを避ける意識が強くなりすぎるとバッティングも小さくなってしまうので......。そこはやはり、状況に応じての割り切りが大切だと感じています。

中川 そのときどきでの状況判断ということですね。

松本 はい。ここは思いっ切りいっていいなと思ったら、とことんいく。ここはちょっと違うなって思ったら、受け身にまわったりだとか。使い分けがうまくできるようになったら、野球選手としての幅も広がって、チームに欠かすことのできない存在になるのかなって。

中川 去年はメンタル面以外でも、フォームを変えたりバットのグリップ部分をやや太くしたりと、思い切った自己変革を断行したとか。それまでは、あまり大きな変化を求めるタイプではなかったそうですね。やはり1軍に返り咲くための決断だったのでしょうか?

松本 ええ。バットに関しては、3、4年ほど形を変えてなかったと思うんですけど、去年は「とにかくヒットを打つためにはなんとしても」と思うようになって、バットを太くして。これは大きく変わったところですね。

中川 松本選手はプロ6年目の2017年に規定打席に到達していますけど、その後は調子が上がらず、手術による長期離脱などもあり、焦りや苦しさもあったんじゃないかと思うのですが......。

松本 規定打席に達していい経験をさせてもらいましたし、そこから数年間ダメになる悪い経験もあって、そういうのが今に生きているかなって思いますね。どちらかといえば苦しい時期のほうが長かったですし、去年も調子自体はそんなに悪くなかったんですけど、なかなか1軍に呼ばれなくて。でも、つらかった過去も全部プラスになったと思ってます。

中川 そうした積み重ねがあったからこそ、今、自分のスイングができていると。

松本 そのとおりです。

中川 松本選手のツイッターのプロフィール欄に「名もない雑草にも陽(ひ)は当たる」と書かれていますが、あれはご自身の座右の銘ですか?

松本 ええ、昔、その言葉を聞いて、強く心に残りまして。大好きな言葉です。努力し続ければ、陽が当たるときが来るのかなって、今でもそう思ってます。

中川 ここまでの松本選手のキャリアを象徴するような言葉ですね。

松本 僕自身、ファームにいる時間のほうが長かった選手なので。雑草魂っていうんですかね、その気持ちは絶えず持ち続けていたいです。

■理想とする打順とチームのための打順

中川 チームについてもお聞きしたいと思います。冒頭の4番指名のお話にもあったとおり、新庄ビッグボスは選手と密にコミュニケーションを取られている印象があります。

松本 そうですね、ビッグボスはいろんな角度から選手を見ているなと。練習中も「そこを見ていたのか」って驚くことも多々あって。とにかく、僕らが想像もつかない視点から選手を見ていると感じます。

中川 ビッグボスから具体的に受けたアドバイスとか、何か印象に残っている出来事などはありますか?

松本 僕がちょっとヒットを打てなかったり、凡打の内容がよくなかったりしたときは気にかけてくれて。バッティング練習中にスッと近づいてきて、ひと言ふた言言い残してくれましたね。「もうちょっとタイミングを早くしてみ」とか「ちょっと前でボールを打ってごらん」とか。

中川 ビッグボスが就任してから、チームは著しく変化したと感じますか? 全体的に積極性が出てきたと思うのですが。

松本 めちゃくちゃ感じますね。おっしゃるとおり、みんな打席に立つと積極的に自分から仕掛けにいっているので。ただ、現段階ではそれがうまくハマるときとハマらないときの差が激しいので、僕がもうちょっと頑張れば変わるのかなって。

中川 今年、7月まではチームの打線は固定されず、ポジションもかなり替わっていますよね? 試合中に内外野で守備位置が入れ替わることもしばしば。その点についてはどう感じていますか?

松本 もちろん、打順もポジションもある程度固まったほうが、選手としては役割を理解しやすいというのはあります。ただ、打順とポジションが明確になるような選手がまだ少ないというのが正直なところなんじゃないかと。

中川 ビッグボスの中で、まだ揉(も)んでいる最中だと。

松本 ビッグボスが「打順やポジションはあんまり気にしなくていいよ」って、言葉に出さずとも言っているような気がしてます。1番だから粘れとか9番だからコツコツいこうっていうのではなく、どの打順になっても今の自分の持っている力を出し切れと。少なくとも僕はそう解釈してます。

中川 松本選手は4番や3番、1番を打つこともありますが、個人としては何番が最もしっくりきますか?

松本 難しい質問ですね(笑)。これはあくまで個人の考えですが、よりチームが強くなることを考えたら、6か7番ですかね。僕自身は、3番を打てるレベルに到達したいって思ってます。あんまり偉そうなことは言えないですけど。

中川 いや、十分に実力はあると思いますよ。それと、ビッグボスはさまざまな仕掛けも繰り出しています。そのひとつにバリエーション豊富なサインがありますが、実に20を数えるそうですね。

松本 いや、もっとですよ(笑)。このシーズン中もいくつか増えましたしね。昨年までは、特定の選手に対してはいくつかサインを出すというのがありましたけど、ビッグボスの場合は、強打者の清宮(幸太郎・内野手)や野村(佑希・内野手)にも出すよと。

中川 気が抜けないですね(笑)。絶えず集中していなければならないし、サインを覚えるだけでも大変ではないですか?

松本 サイン自体は割と覚えられるんですけどね。でも、たまにまさかのタイミングでサインが出ているときがあって、うっかり見落としてしまうという(苦笑)。だから、練習の段階から常に意識して三塁コーチを見るようにしてます。

中川 チームとして、頭もとことん使う野球を実践しているわけですね。

松本 ああ、それは確かにありますね。まだまだ噛かみ合わない部分がありますけど、噛み合ってきたら、いい方向へ向かうと思います。

■「きつねダンス」はすごく耳に残った

中川 チームに主将が存在しないだけに、今や松本選手は上沢(うわさわ)直之投手、近藤健介外野手の同期入団組と共にチームを牽引(けんいん)する存在だと思うのですが......。

松本 数年前から上沢はエースとして、近(こん)ちゃん(近藤)はチームの主軸として活躍してます。僕が少しでも彼らに近づけたら、っていう思いでプレーしてます。

中川 近藤選手は右脇腹肉離れで5月に登録抹消されていましたが、しっかりと復調されましたよね。

松本 近ちゃんが帰ってきてくれたのは本当に大きいです。それまで、打線が成り立っていない試合もけっこうあったので。近ちゃんがいるとチームの雰囲気も打線の厚みも全然違いますからね。

中川 松本選手の立ち位置、役割としてはいかがですか?

松本 試合によっては僕が最年長になることもあるので、ある程度後輩たちをケアするようにしてます。もちろん、僕自身も結果を残さなきゃいけない立場ですが、打席や守備でどんどんトライしている若い選手がたくさんいるので、声かけとかで緊張を和らげるようにしていますね。 

中川 確かに、松本選手はいつも朗らかなんだろうなぁという感じがします。

松本 ええ、そんなにイライラするほうではないので(笑)。

中川 明るいムードづくりといえば、「きつねダンス」が、もはや球界の枠を超えて大はやりですよね。松本選手プロデュースの球団公式YouTube動画も再生回数が300万回近くまで伸びています。

松本 けっこういきましたね(笑)。初めて聴いたとき、すごく耳に残ったんですよね。ダンスもかわいらしくて、かなりお気に入りです。それで注目を浴びるのもとてもうれしいことですが、まずはチームが強くなって、ファンの方をたくさん呼び込まないととも思います。

中川 パ・リーグは"投高打低"という言葉が話題になっています。これについてはどうお考えですか?

松本 球が速いピッチャーが多いですからね。いい投手って、ストレートの球がいいのが大前提。そういった意味で、今のパ・リーグの投手陣は平均して球速が高いので。負けないようにしたいですね。

中川 このインタビューが記事になる頃にはシーズン後半に突入しています。意気込みをお聞かせください。

松本 後半戦も、一打席一打席を無駄にせず、粘ってヒットを一本でも多く打ちたいです。なかなかうまくいかないこともあるとは思いますけど、なんとか粘っていきたいです。打率は変動がありますが、ヒット数は積み重なるだけで減らないですから。

中川 もうひとつ、松本選手の躍進を語る上で欠かせないのは、お子さんの存在ですか?

松本 子供の存在は大きいですね。最近、ハイハイとかつかまり立ちをするようになったんですが、ほっこりすると同時に気持ちが高ぶるんですよ。本当に幸せを感じますね。単身赴任の状態なので東京に行ったときにしか会えませんが、試合前、子供の姿を思い浮かべてパワーをもらってます。

●松本 剛(まつもと・ごう)
1993年8月11日生まれ、埼玉県出身。帝京高校では遊撃手として3年連続で甲子園に出場。2011年、ドラフト2位でファイターズへ。13年に1軍デビュー、15年には外野にも挑戦。17年、2番・右翼として定着、交流戦では4割近い打率を記録し、自身初となる規定打席に到達。昨年は不調に終わったが、今年は故障離脱が発表された7月20日の時点で打率.355という驚異の数字を記録している

●中川絵美里(なかがわ・えみり)
1995年3月17日生まれ、静岡県出身。フリーキャスター。昨年まで『Jリーグタイム』(NHK BS1)のキャスターを務めたほか、TOKYO FM『THE TRAD』の毎週水、木曜のアシスタント、同『DIG GIG TOKYO!』(毎週木曜27:30~)のパーソナリティを担当。テレビ東京『ゴルフのキズナ』(毎週日曜10:30~)に出演中

*取材に当たって、撮影時のみマスクを外しました。

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