高橋氏が着用しているのは今大会仕様の日本代表ユニフォーム・谷口彰悟モデル。もちろん三笘薫モデルも所有している高橋氏が着用しているのは今大会仕様の日本代表ユニフォーム・谷口彰悟モデル。もちろん三笘薫モデルも所有している
アルゼンチンvsフランスの壮絶な決勝戦で、サッカーW杯カタール大会は幕を閉じた。軍事・安全保障戦略のプロとして、ウクライナ情勢などの解説に連日引っ張りだこの防衛省防衛研究所・高橋杉雄氏は、サッカー日本代表と川崎フロンターレの20数年来の"ガチサポ"という顔も持つ。今大会の開幕直前、日本代表が番狂わせを起こすための条件について分析したインタビューに続き、今回はその「答え合わせ」をお願いした。

ドイツとスペインを破ってグループリーグを1位突破し、大きなインパクトを残した一方、決勝トーナメント1回戦でクロアチアにPK戦で敗れ、目標のベスト8には届かなかった森保ジャパンを高橋氏はどう総括するのか?(本文中敬称略)

■カナダ戦からの修正が"計算された番狂わせ"を生んだ

――まずは日本代表のサポーターとして、W杯カタール大会はどんな大会でしたか?

高橋 ひと言でいえば、いい大会だったんじゃないでしょうか。目標のベスト8は達成できませんでしたけれど、いわゆる爪痕は残した。4年後の北中米大会がまた楽しみだなと純粋に思えるような大会だったと思います。

――クロアチア戦が終わったのは日本時間の深夜2時40分頃でしたが、高橋さんは翌朝、「起きたら涙が出てきた」とツイートされていました。それはどんな涙だったんでしょうか。

高橋 実は試合終了直後は、2010年南アフリカ大会のパラグアイ戦や2018年ロシア大会のベルギー戦で負けたときに比べると醒めていたんです。ただ、翌日は朝から大事な仕事があって早めに起きたんですが、テレビでW杯のニュースを見ていたら、負けちゃったんだ、終わっちゃったんだ、と突然感情がこみ上げてすごく悲しくなって。

このままじゃ仕事に行けないと思って、10分くらい泣いて気持ちの整理をして、なんとか切り替えて......という感じでした。

――大会前のインタビューでは高橋さんに「番狂わせの条件」についてうかがいました。グループリーグでドイツとスペインに対し、二度も番狂わせを起こした日本代表の勝因はなんだったと見ていますか?

高橋 サッカーにおける番狂わせの定番は、とにかく守り切って、キーパーもめちゃくちゃ当たっていて、カウンターで1点取って1-0という形です。ところが、今回の日本代表はドイツ戦もスペイン戦も1-0ではなく2-1、それも逆転勝ちでした。

しかも、その2点はちゃんと理由があって取れている。最大のポイントは、やはり試合の中で戦い方を変えていったことでしょう。

最初は基本的にあまり走らず、立ち位置をベースに守る。そして、ドイツ戦では後半から、スペイン戦では前半30分過ぎから、突然ハイプレスをかけてボールを高いところで奪って点を取る形に切り替えた。

そして勝ち越したらまた後ろに下がって、なりふり構わず時間を使って守り切った。試合のペース、時間をコントロールしたという言い方ができると思います。

この戦い方のメリットは、ペースを切り替えた瞬間に相手が戸惑い、対応できない時間帯が生まれることです。今回の日本代表はその時間に点を取り切った。単に運よく勝ったのではなく、"計算された番狂わせ"を起こしたということじゃないかと思います。
高橋氏は戦術を分析しながら試合を見るタイプのサッカーファン。ちなみにW杯準決勝のフランス対モロッコでは、Abemaの全体カメラでフランスのキープレーヤー、グリーズマンの立ち位置を随時チェックしていたとのこと高橋氏は戦術を分析しながら試合を見るタイプのサッカーファン。ちなみにW杯準決勝のフランス対モロッコでは、Abemaの全体カメラでフランスのキープレーヤー、グリーズマンの立ち位置を随時チェックしていたとのこと

――ドイツ戦は後半のスタートから冨安健洋を入れ、4-2-3-1から3-4-2-1へとフォーメーションを変えました。そして後半12分に三笘薫と浅野拓磨、26分に堂安律、30分に南野拓実を投入し、そこから8分間で逆転。スペイン戦は後半スタートから三笘と堂安を入れ、6分間(VAR待ちの時間は除く)で逆転に成功しています。

高橋 日本代表が試合のペースをコントロールし、選手交代やシステムチェンジで能動的に戦い方を変えて勝つのは、W杯本大会では初めてではないかと思います。大会前にも推測として申し上げたことですが、やはり森保一監督は戦い方をきちっと決めた上で、それに合う選手を選んだのでしょう。

しかも、単に相手によって戦い方を調整するというだけでなく、おそらく「ドイツ戦の戦い方A」「ドイツ戦の戦い方B」といったレベルまで考えていたのだと思います。

――ただ、3バックは東京五輪代表ではやっていましたが、A代表ではほとんど使ってこなかった形です。

高橋 本大会直前のカナダとの強化試合で、最後の10分くらい試しただけですね。しかし、カナダ戦で出た問題点は、ドイツ戦の時には修正されていました。おそらく大会に入る前の非公開練習でその確認をやったのだと思います。

――問題点というのは、具体的には?

高橋 日本のWB(ウイングバック、3-4-2-1の「4」の両サイド)が攻め上がった状態でボールを奪われ、その裏のスペースにボールを出された時に誰が対応に行くのかという問題です。

カナダ戦では右WBの山根視来の裏にボールを出され、右CB(センターバック、3-4-2-1の「3」の右)の谷口彰悟が出ていったんですが、そこからカナダがボールを回した際に堂安(3-4-2-1の「2」の右)と谷口・山根との意図がずれてしまい、谷口が真ん中へ戻れなかった。そこをカナダに突かれて山根が真ん中へカバーに行く形になったところで裏を取られ、相手を倒してPKを与えてしまったんです。

ところがドイツ戦では、そのスペースを使われたときに左右のCB(ドイツ戦では板倉滉と冨安)は出ず、ボランチ(3-4-1-2の「4」の中央2枚、ドイツ戦では遠藤航と田中碧→鎌田大地)が対応していました。

CBは飛び出さずに自分のレーンを守ることを優先し、最後のところでクロスを上げさせなければいい、あるいは中できっちり守ればいいという形で意思統一ができていたわけです。
カナダ戦では右CBの谷口が外につり出されたところからピンチを招き、敵にPKを与えてしまったが、ドイツ戦ではボランチがこのスペースまで対応していたカナダ戦では右CBの谷口が外につり出されたところからピンチを招き、敵にPKを与えてしまったが、ドイツ戦ではボランチがこのスペースまで対応していた

■スペイン戦とクロアチア戦は何が違ったのか?

――そう考えると、カナダ戦の最後の10分間の"テスト"はものすごく大きな意味があったんですね。では、スペイン戦の勝負のカギはどこにあったと見ていますか?

高橋 スペインは4-1-2-3の「1」のブスケツが前を向いてボールを持つと、「2」のペドリとガビが動きながらボールを受けて崩していく。日本は主に前田大然が、相手CBのボールホルダーとブスケツの間に立つことでパスコースをふさぐ形を取りました。いわゆる「背中で消す」というやつですね。

ところが、日本の前線は3人(スペイン戦の前半は前田、鎌田、久保建英)で、スペインのディフェンスラインは4人。そのため構造的にひとりはフリーになり、そこを経由されてブスケツらにいい形でパスを出されるケースがどうしても出てしまいます。

そこで、日本は前半30分過ぎから、もう一列後ろの田中が前に出てプレスをかけるようになった。これで前線が4対4の同数になり、高い位置でボールを奪う場面が出始めました。
前半30分頃までは日本の前線のプレスに対してスペインのディフェンスラインがひとり余っていたが、田中がプレスに参加することで同数になった前半30分頃までは日本の前線のプレスに対してスペインのディフェンスラインがひとり余っていたが、田中がプレスに参加することで同数になった

高橋 これが選手たちの現場判断なのか、ベンチの指示なのか、それとも当初からのゲームプランだったのかはわかりません。いずれにしても、あのスペインに対してハーフタイムを待たずに前半の途中で戦い方を修正して圧力をかけ、自分たちでゲームをコントロールできたのは本当にすごいことだったと思います。

――しかしクロアチア戦では、日本は先制したものの後半に追いつかれ、ドイツ戦やスペイン戦のような"自分たちの時間帯"を作ることもできませんでした。

高橋 クロアチアの中盤の基本構成はスペインと同じく「1-2」の3枚ですが、大きく違うのはモドリッチ、コバチッチ、ブロゾビッチの関係性が流動的で、どんどん入れ替わっていくこと。日本はそれを捕まえきれずに、最終ラインから中盤までを押さえられてしまい、「なんとなく押されている時間」が長かったということだと思います。

それでも前半の最後には、日本がプレスラインを上げて対応し、コーナーキックから先制点を取れたわけですが、全体を通して難しい試合になりました。

クロアチアはグループリーグから同じメンバーが出ずっぱりで、本来なら体力的に不利なはずですが、日本は延長前半の三笘のドリブルシュートが最後のチャンスで、延長後半は点が入る気配がありませんでした。

――あの三笘のシュートは惜しかったですね......。

高橋 あれは三笘の得意な形で、Jサポなら何度も見たことがあるはずです。私も、ドリブルで突破した瞬間からすでにシュートがゴール右上隅に突き刺さるイメージがはっきり見えたんですが......(笑)。少しゴールから遠かったのと、クロアチアもさすがに最後の寄せは速かったですね。

――意地でもパスをつなぐスペインとは対照的に、クロアチアはロングボールも使うし、ロングスローもある。戦い方がつかみづらい相手でした。

高橋 戦い方へのこだわりがない、相手に応じて戦い方を変えられるという強さがありますよね。また、モドリッチの世代がいるうちに優勝するんだという思いの強さも相当なものがあったと思います。

それと、クロアチアという国はユーゴ内戦を経て成立した国です。クロアチアの独立戦争は、サッカースタジアムでの暴動が大きなきっかけとなって始まったという歴史もある。

モドリッチ自身も内戦でおじいさんを亡くし、家を失い......というところから立ち上がった、そういう国です。やはり、延長戦やPK戦の精神力勝負になった時点で、日本は分が悪かったと言わざるを得ない部分もあるでしょう。

■日本は"戦略兵器・三笘"を使い切れたのか?

――次に、大会を通しての総括です。森保監督は三笘をいわば"戦略兵器"として使い続けました。単なる交代のカードではなく、味方の攻撃のスイッチを入れる、相手に警戒を強いることで別の場所が空く......といった効果も期待していたと思います。

フロンターレサポーターとして三笘を以前から見てきた高橋さんの目から分析していただくと、今大会の日本代表はこの"戦略兵器"を使い切れたと思いますか?

高橋 使い切れたとは言えないですよね。やはりWBの位置で使うと、どうしてもボールを持つスタートポジションが低い。そこからドリブルで前線を押し戻すという仕事にももちろん意味はあるんですが、点を取り切る、相手を仕留めることを考えると、最善のポジションではなかった。

それと、味方が三笘の特徴をどこまで共有できていたか。例えばコスタリカ戦の後半、三笘が左サイドをえぐって右足のアウトサイドでクロスを入れるシーンがありました。あれは彼の得意なパターンですが、中央に走り込んだ浅野は明らかに前に入りすぎていて、右足のアウトから出てくるというイメージがなかったように見えました。

たらればの話になってしまいますが、この試合で先発したものの前半だけで交代した上田綺世は大学時代から三笘と一緒にプレーしていて、五輪代表のジャマイカ戦では素晴らしい連携からゴールも決めています。欲を言えば、ふたりが同時にピッチに立つところも見てみたかったですね。

――前回大会の後には、いわゆる"ロストフの悲劇"――ベルギー戦のアディショナルタイムにカウンターで勝ち越されたシーンについて、さまざまな議論がありました。その結果、Jリーグでもボールをキャッチした敵GK(ゴールキーパー)の前で速攻を防ぐためにブロックをするチームが増えたという話もあります。

今大会ではドイツとスペインに勝ったものの、日本サッカー協会が掲げたベスト8という目標はまたしても達成できませんでした。大会後にはいったい何が検証されるべきでしょうか? 

高橋 まず目に見える部分では、すでに多くの議論が出ていますが、PK戦の準備がどれだけできていたか。スペインやブラジルもPK戦で敗退したわけで、準備したからといって勝てるわけではありませんし、挙手制がいいか悪いかというのも基本的には結果論でしょう。しかし、それでも事前の準備や対策が十分だったかどうかはきちんと考える必要があります。

2010年大会でも、日本代表は決勝トーナメント1回戦でパラグアイにPK戦で敗れました。ただ、その時に唯一失敗した駒野友一のキックは、GKに読まれても止められない左上を狙ってバーに当ててしまったもので、"攻める"ことはできていました。

その点、今回気になるのは、まずキッカーを募った時に最初は誰も名乗りを上げなかったこと。そして3人の失敗の中に、駒野のように左右の上の隅を狙った"攻めた失敗"がひとつもなかったことです。

そう考えると、メンタル面での準備やアプローチでもっとできることがあったのかもしれない。また、2010年大会でも今大会でも、日本側のGKが1本もPKをストップできていないというのも、少し気になるところではあります。

■「感動をありがとう」で終わってはいけない

――突き詰める余地はあるだろうということですね。

高橋 それともうひとつ、極めて根本的なところが問われていると私は思っています。それは、代表監督の4年任期制の是非です。

今大会のアジア最終予選では、日本は当初4-2-3-1で戦ったもののうまくいかず、森保監督は4-3-3を採用し、フロンターレの選手を中心に中盤を構成して乗り切りました。ところがその後は再び4-2-3-1、しかもトップに大迫勇也のようなポストプレーヤーを置かず、以前とは別の形の4-2-3-1に切り替えた。

じゃあ、それで本大会を戦うのかと思いきや、結局最後に頼ったのはほとんど使ってこなかった3-4-2-1でした。つまり、4年間で戦術的に積み上げたものを本大会にぶつけるという形ではまったくなかったわけです。

過去にベスト16入りした大会を振り返っても、2018年は本大会直前にハリルホジッチ監督を解任し、西野朗監督が本大会を率いました。2010年は岡田武史監督が本大会直前に戦術を大転換し、本田圭佑を"ゼロトップ"に据えました。

自国開催(日韓共催)だった2002年大会のトルシエ監督時代も、フラットスリーといわれた最終ラインを低くする修正をして本大会に臨んでいます。逆に、4年間同じやり方で貫いたジーコ監督、ザッケローニ監督は本大会で結果を残せなかった。

つまり、いい結果が出たときは、いずれも4年間の積み上げとして本大会に臨んでいるわけではないのです。だとすれば4年間を同じ監督で臨む必要はないのではないでしょうか。

W杯で勝ち上がるために4年任期制が本当にベストかどうか、きちんと検証する必要があるはずです。個人的には2年、あるいは1年任期で何人かの監督を試して、本大会への臨み方を決めればいいのではないかと思います。例えばアジアカップまで、W杯アジア最終予選まで、そして本大会まで、という3タームくらいに分けてもいいんじゃないでしょうか。

――現時点では森保監督の続投が濃厚という報道も多いですが......。

高橋 ベスト8という目標を設定し、それを達成できなかったわけですから、きちんと検証をして、きちんとけじめをつけなければならないと思います。「感動をありがとう」で終わってはいけない。仮に続投であれば、アジアカップ優勝は最低限のノルマでしょう。

――それと、次回の北中米大会からは、本大会出場国が48チームに拡大される予定です。おそらく決勝トーナメントがベスト32から始まることになるなど、大会自体が大きく変わりますが、引き続きベスト8という目標を掲げるべきだと思われますか?

高橋 日本サッカー協会は2050年までにW杯で優勝するという長期目標を設定しています。これが本気なのだとすれば、ベスト8を超えなければ当然優勝はないわけですから、変わらず目指すべきだと思いますね。
それに、「準々決勝からが本当のW杯だ」とよく言われますよね。それは実際に行って体験してみないとわからない。とにかく早くそこまで行く必要がある。

――W杯は4年に1回。2050年までに実はあと7大会しかないんですよね。

高橋 そうなんです。私は2050年までに日本がW杯の決勝に行ける可能性はあると思っています。人口400万のクロアチアも前回大会で決勝まで進んだわけですから。
ただ、クロアチアは1998年にも3位になっている。やはりW杯で上に行くというのは、何度も扉を叩き続けてやっと実現することなのだと思います。今回、日本はベスト8への4度目の挑戦で、その扉のノブに手がかかっていただけに残念です。

しかも、これまで日本が決勝トーナメントで負けた相手はトルコ、パラグアイ、ベルギー、クロアチア。今回の韓国のように、いきなりブラジルのような圧倒的な優勝候補と当たったケースはなく、組み合わせにはそれなりに恵まれてきました。だからこそ敗戦をきちんと検証しないといけない。そうでないと、いつまでも先に進めない国になってしまうと思います。

高橋杉雄(たかはし・すぎお)
1972年生まれ。防衛省防衛研究所防衛政策研究室長。早稲田大学大学院政治学研究科修士課程修了、ジョージワシントン大学コロンビアンスクール修士課程修了。専門は現代軍事戦略論、日米関係。新著『現代戦略論 大国間競争時代の安全保障』(並木書房)が間もなく発売予定