【新連載・元NPB戦士の独立リーグ奮闘記】
第1章 高知ファイティングドッグス監督・吉田豊彦編 第5回
かつては華やかなNPBの舞台で活躍。現在は「独立リーグ」で奮闘する男たちの野球人生に迫るノンフィクション連載。第1章は、南海・ダイエー、阪神、近鉄、楽天を渡り歩いた鉄腕で、現在は高知ファイティングドッグスの指揮官としてチームを優勝に導いた「トヨさん」こと吉田豊彦氏に密着する。
■ノーヒットノーラン達成でも淡々としていた藤井
2月26日、トヨさんと高知ファイティングドッグス(以下、高知FD)のホームグラウンドのある越知町の隣町、佐川町の駅前で待ち合わせた。午後2時から始まる、ソフトバンクの藤井皓哉(こうや)が先発する、侍ジャパン壮行試合を一緒に観ることになった。藤井は広島を戦力外になった後、高知FDを経て、1年でNPBに復帰。いきなり55試合に登板し、5勝1敗3セーブ22ホールド、防御率1.12という圧倒的な成績を残していた。
この前日、筆者は佐川駅前にある旅館に泊まった。佐川町は創業400余年の司牡丹酒造が酒造りを営む県内屈指の酒処で、賑やかな商店街はないが、白壁の酒蔵が並ぶ落ち着いた雰囲気の町だ。越知町と同じく、佐川町も人口減少や高齢化が顕著で、持続可能な地域づくりといった過疎化対策が課題だという。
そんな佐川町の駅から徒歩ですぐの場所に、高知FDの選手たちが暮らす寮がある。チェックアウトを済ませた後、トヨさんと合流するまでの時間を使って、選手寮を見に行った。
選手寮は旧国鉄時代に使用されていた職員宿舎を、町が無償提供しているそうだ。鬱蒼とした雑木林の小道脇にある3階建て。イメージは昭和レトロな公団住宅で、灰色の外壁の色は褪せ、屋根から雨水を流す鉄製の排水パイプに沿って真っ赤な錆びの跡が残っていた。日当たりもあまり良くなさそうだ。
建物の正面に回る。いくつかの部屋のベランダに、高知FDのユニフォームや練習着、アンダーシャツやソックスが干してあった。NPB入りを夢見る選手たちはここで暮らし、日々汗を流していることを改めて実感した。
「おまたせ」
午後1時、トヨさんは佐川駅前のロータリーに自家用車でやってきた。コンパクトなセダンタイプのエコカー。楽天時代は、たしかスポーツタイプのベンツに乗っていた記憶がある。藤井の投球は車内のテレビモニターで観戦することにした。試合開始までの時間を使い、早速インタビューを始めた。高知FDで、トヨさんはどう藤井を指導していたのか。
「(広島時代の藤井は)四球が多かった。その原因について、自分なりに映像を見ながら探ってみました。そして実際に投げている様子を見て、本人と話し合いながら少しずつ修正していきました。感覚的なもの、自分も経験がありますが、『抑えたい』という気持ちが強すぎると、力んでフォームのバランスを崩してしまう。そのあたりの感覚をどう修正するかが、課題のように感じました。
ただ、これは投げ込んでいくうちに改善されるだろうなとは思っていたので、あとはカウントの取り方についてとか、『自分の得意球をもっと大胆に投げればいいんじゃないか』という話をしました。
『八分程度の力で投げると素晴らしい球を投げられるけど、決めにいこうとしたりとか、少し力むと、踏み込んだときの足の位置が半足分、前にズレ込む。その分だけタイミングがズレて身体が上擦ってしまう。逆に、腰が引けるときは体の開きが早くなる』という話をしました。八分の力で投げるときはステップのズレは起きない。全力で投げると半足分ぐらい前にズレる。そうすると、ズレた分だけ身体の回転がうまく効かなくなり、球をリリースするとき、力が抜けてしまうんです」
藤井は広島を戦力外通告された前年には、ウエスタン・リーグで26試合に登板し、防御率0.33という驚異的な成績を残し、潜在能力の高さは誰もが認めるところだった。しかし、1軍では別の投手のように崩れてしまった。
当時、その要因は「精神的な弱さ」と言われることが多かった。しかし、トヨさんは実際に藤井の投球を見た上で、良いときと悪いときの違い、身体の動きについてなど改善方法を具体的に伝えた。そして、そのために選んだ方法は「先発転向」だった。
「日程の決まった先発で投げるほうが、結果の出ない試合があっても課題を見つけて次の改善に向けた取り組みにつなげやすいと思ったからです。広島時代は、1軍に昇格しても次はいつ登板機会が来るかわからない、『いつチャンスをもらえるのか』という不安な気持ち、常に焦る中で調整していたように思います。落ち着いて自分と向き合うことができたのは、高知に来て良かったことのひとつかもしれません。
最初の頃は、素晴らしい投球をしたイニングの後、極端に内容が変わってしまうこともありました。ただ、日を追うごとに修正できていたので、『これは面白いことになるかもしれない』と期待して見ていました」
先発に転向した藤井にした投球術のアドバイスは、「カーブの取得」と「低めに投げる意識」だった。
「中継ぎや抑えではなく、これからは長いイニングを投げるのだから、『カーブも覚えたほうがいいぞ』という話をしました。皓哉は『カーブはちょっと自信がありません』と答えましたが、『今は遊び程度で構わないので、投げられる準備はしておいたほうがいい。ここ一番という場面で使えるときが来るかもしれない』と話しました。
(低めに投げる意識については)『高めありきの低め』という意識でいると、低いコースに決めたいと思ったとき、球筋が垂れて打者からは打ち頃の球になりやすい。やはり『基本は低め』という話をしました。
でも、去年シーズンを終えて高知に戻ってきたときのトークショーで、『藤井投手は150kmを超えるストレートが武器だと思いますが、どういうイメージで投げていますか?』と質問されて、『(コントロール重視で)低めに投げる意識はあまりなくて、勢いを大切に高めでもいいという意識で投げています』と答えていました。そう答えたとき、皓哉は自分の顔をちらっと見た(笑)。
『そうかそうか』と(笑)。確かに勢いのあるストレートが投げられる調子の良いときは、高めでも空振りを取れるかもしれない。でも長いシーズン、調子の良いときばかりではない。『今日は調子が悪いな』と感じたときは、低めに投げる感覚やコツを覚えておけば、投球の幅は広がります。
中継ぎや抑えの投手なら1球1球が勝負なので、最初から全力勝負でいいかもしれない。でも、先発で長いイニングを投げるようになれば、NPBの1軍相手では、それだけでは通用しなくなることは実感するはずです。(藤井も)今すぐはわからなくても、経験する中で感じて、気づいてくれたらいいのかなと思っています」
トヨさんの指導を受けた藤井は2021年5月9日、ソフトバンク3軍との交流戦でノーヒットノーランを達成し、ふたたびNPBから注目されるようになった。高知FDで過ごしたシーズンは、この試合を含めソフトバンク3軍戦は計4試合に登板したが、30回を投げて被安打8、奪三振40、自責点1と圧倒的な成績を残した。
「元NPB選手にとって独立リーグはアピールの場として考えた場合、スカウトが見てくれるのは1年。結果を出すまでに2年も待ってはくれない。皓哉は地道に努力を積み重ねて、ソフトバンクの3軍相手にノーヒットノーランを達成した。
その試合をたまたま編成担当の小川(史)さんが視察していて、『この子は良いメンタルをしているな』と注目してくれた。普通ノーヒットノーランを達成したら、マウンドでウワーッ!と騒いだりしたくなりますけど、皓哉は淡々としていた。その姿が好印象だったようです」
■高知を離れる藤井にかけた言葉
高知FDで過ごした1年間の成績は11勝3敗、防御率1.12。最優秀防御率と最多奪三振の2冠に輝いた。2021年オフに育成選手としてソフトバンクと契約すると、オープン戦5試合に投げて防御率1.50、6イニングで10奪三振をマークし、3月22日に支配下契約を勝ち取った。
開幕を1軍で迎え、3月27日から6月8日まで21試合連続無失点の快投を続けるなど、シーズンを通して安定した活躍を見せた。年俸は育成契約時の550万円から推定5000万円へと一気に9倍以上も増額された。
藤井が高知を離れるとき、トヨさんはこう言って送り出したという。
「『ケガをしないようにな』ということと、『まずは支配下を目指して頑張れ』と伝えました。あとは、『もうこれ以上きつい経験はまずないと思うから、しんどくなったら、高知でやってきたことを思い出せよ』という話はしました。
皓哉は『俺はNPB出身選手だ』なんて雰囲気は一切出さず、他の選手と一緒に同じメニューを一生懸命に取り組んでいた。NPB出身を鼻にかけたような選手は伸びません。ブレずに愚直に取り組めるかどうかが、何よりも大切なことだと思います。
皓哉がある記事で、『(高知に来てから)何を俺は小さなことでくよくよしているんだ、もっと楽しめばいいのにという気持ちになった』と言っていたのを見ました。おそらく、そこから始まったのかもしれませんね。自分の投球パターンが理解できたことでリズムも掴みやすくなった。『イメージ通り投げれば結果はついてくる』ということが、ようやくわかったのかもしれない」
午後2時、侍ジャパンを相手に、藤井が先発マウンドに上がった。少し前まではNPBを戦力外になり、独立リーグで投げていた投手である。中継ぎでの活躍が評価された藤井は、今季から先発に転向。高知FD時代は、力みから制球難に陥り四球を出してしまう課題を克服するために先発転向した。奇しくも当時の経験は、開幕から先発ローテーションを任された今シーズン、あらためて役立つことになった。
「(先発転向は)良いことだと思う。先発で活躍できるほうが、投手としての評価を上げられるし知名度も上がる。先発をやる以上はやっぱり2桁勝って、信頼されるピッチャーになってもらいたい。それだけの力のある投手だと思います。
さらに上のチャレンジ、将来的にメジャーリーグを目指すとなれば、先発で結果を残すこと。野茂(英雄)が道を切り開いてくれて、今はそういう道筋も普通に考えられる時代ですよね。われわれの頃はそうではなかったので、ある意味、羨ましいよね」
初回、藤井は先頭バッターの山田哲人に初球から4球続けてストレートを投げて追い込んだ。1球フォークを挟んで投じた7球目、レフトに良い当たりを打たれるも、レフトの好守備でアウトを奪った。続く2番・近藤健介にはセンター前に運ばれるが、3番・岡本和真、4番・村上宗隆を仕留め無失点で乗り切った。21球のうち16球が最大の武器、ストレートだった。
初回を切り抜けた藤井について、トヨさんは「まだ自分の意図したところに決まってないかな。コースが高い。モニターで見ているからわからないけど、若干フォームの緩みや、腕の出どころの角度が違ったりしている気がする。相手はNPBの中でも一流のバッターばかりだから、高めのボールに対応するのはうまいからね」と話した。
2回はカーブを打たれるなどして1死満塁の試練が訪れた。しかし、9番・西川愛也に3球続けてフォークを投げてファーストゴロ。1番・山田には最後、スライダーを投げて見逃し三振に仕留めた。
「あのカーブが決まり出せば、先発として良い武器になる。今はカーブを投げて打たれても別に構わない。今シーズンどう使うかを試して探っている段階ですからね。どんどん試して、打たれたり、仕留めたりする中で試行錯誤して、精度を上げていけばいい。でも、言われそうだな、『吉田監督がカーブを使えと言うから試しましたけど、打たれたじゃないですか』って(笑)」
3回、藤井は2回に続いて四球と内野安打で無死1、2塁のピンチを招いた。しかし、この場面でも4番・村上をフォークでファーストフライに仕留めると、5番・山川穂高には7球すべてストレートを投じて空振り三振に仕留めた。
昨シーズン、藤井は「引き分けでもパ・リーグ優勝決定」という大一番の試合で、延長11回、山川に決勝2ランを浴びサヨナラ負けした。打たれた球種はフォーク。当時、藤井は「真っすぐ(を打たれて)のホームランが頭をよぎって、少し怖がってしまった」とコメントした。そんな因縁の相手に、この日はすべて真っすぐ勝負で空振り三振に仕留めてリベンジした。
藤井は予定していた登板回数の3回を終えてマウンドを降りた。3回で球数は65球。打たれたヒットは4本。与えた四球は2つ。苦しみながらも侍ジャパンの一流打者ばかりを相手に無失点で乗り切った。
トヨさんに、藤井の投球への感想を聞いた。
「順調だと思います。打たれることもあり、その中できちんと修正して抑えることもできた。『打たれた後に、きちんと抑えられた』というところが一番の収穫です。ただ、打たれたことに対してこれからどう修正するか。簡単に打ち返された場面は、身体の開きが早くて球の出どころが見やすかったのかなと思います。打者を仕留めた決め球については、追い込んでからの結果球だったならば評価は高いですね。
(カーブに関しては)これからでしょうね。でも、それで良い。期待をプレッシャーにしないこと。やるべきことをきっちりやって、課題と向き合って、期待を自分の中で膨らませる。今、評価されていることを喜びに変えて、『よしっ、頑張ろう!』と思えばいい」
試合は3回終了時点で、ソフトバンクが2―0でリード。観戦は切り上げ、場所を変えてインタビューの続きをすることにした。
テーマは「監督」。トヨさんは南海時代の杉浦忠氏に始まり、ダイエー時代の王貞治氏、阪神、楽天時代の野村克也氏ら、8人の監督の下でプレーした。当時の振り返りとともに話を聞いた。
●この続き、第6回「『ファンの野次は愛情でした』。吉田豊彦が語る南海・ダイエー」はこちら。
■吉田豊彦(よしだ・とよひこ)
1966年生まれ、大分県出身。国東高校、本田技研熊本を経て、87年ドラフト1位で南海ホークス入団。南海・ダイエー、阪神、近鉄、楽天を渡り歩き2007年に引退。現役20年間で619試合に登板した「鉄腕」。楽天2軍コーチを経て、2012年シーズンより四国アイランドリーグplusの高知ファイティングドッグス投手コーチ。20年に監督に就任し、22年にはチームをリーグ年間総合優勝に導いた
■会津泰成(あいず・やすなり)
1970年生まれ、長野県出身。93年、FBS福岡放送にアナウンサーとして入社しプロ野球、Jリーグなどスポーツ中継担当。99年に退社しライター、放送作家に転身。楽天イーグルスの創設元年を追った漫画『ルーキー野球団』(週刊ヤングジャンプ連載)の原作を担当。主な著書に『マスクごしに見たメジャー 城島健司大リーグ挑戦日記』(集英社)『歌舞伎の童 中村獅童という生きかた』(講談社)、『不器用なドリブラー』(集英社)など