俊足とパンチのある打撃が持ち味のサンフォ・ラシィナ外野手。昨シーズンまで2年間、外国人選手として初めて高知ファイティングドッグスのキャプテンを務めた(高知ファイティングドッグス提供) 俊足とパンチのある打撃が持ち味のサンフォ・ラシィナ外野手。昨シーズンまで2年間、外国人選手として初めて高知ファイティングドッグスのキャプテンを務めた(高知ファイティングドッグス提供)

【新連載・元NPB戦士の独立リーグ奮闘記】
第1章 高知ファイティングドッグス監督・吉田豊彦編 第9回

かつては華やかなNPBの舞台で活躍。現在は「独立リーグ」で奮闘する男たちの野球人生に迫るノンフィクション連載。第1章は、南海・ダイエー、阪神、近鉄、楽天を渡り歩いた鉄腕で、現在は高知ファイティングドッグスの指揮官としてチームを優勝に導いた「トヨさん」こと吉田豊彦氏に密着する。

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2月27日、トヨさんへの密着取材も最終日(3日目)を迎えた。

高知FDはこの日、韓国プロ野球リーグ(KBOリーグ)に所属するハンファ・イーグルス2軍と急遽、練習試合が組まれた。ハンファ・イーグルス2軍は2015年以降、高知市でキャンプを実施しており、その間、NPBの2軍や独立リーグのチームなどと練習試合をしていた。

今回の取材で、トヨさん以外にも話を聞いてみたい高知FDの選手がふたりいた。この日はふたりともケガで調整中だったため、試合中にインタビューができた。

ひとりは13年ぶりに年間優勝した昨シーズン、キャプテンとしてチームを牽引した西アフリカ・ブルキナファソ出身の外野手、サンフォ・ラシィナ。もうひとりは、昨シーズン最多勝と最優秀防御率の二冠に輝き年間最優秀選手にも選出された平間凛太郎(ひらま・りんたろう)だ。ふたりとも監督のトヨさんが特に信頼を置くチームの中心選手でNPB入りを目指しているが、その経歴はかなり特徴的だった。

初来日から10年が経ち、流暢な日本語を話すサンフォ・ラシィナ 初来日から10年が経ち、流暢な日本語を話すサンフォ・ラシィナ

■10万円ほどの月給から母国の家族に仕送り

「キャプテンは2021年シーズンから2年間経験しました。最初に吉田監督から打診があったときは、正直驚きました。『外国人の自分がキャプテンなどして、本当にいいのですか』と聞き返しました」

初来日から10年、サンフォは流暢な日本語でコミュニケーションを取ることができ、通訳は一切必要ないレベルまで上達している。

2008年、野球振興のためブルキナファソに赴任していたJICAのボランティア事業、青年海外協力隊の野球指導者との出会いがきっかけで野球を始めた。当時はまだ10歳の少年だった。

アフリカ西部にある内陸国、ブルキナファソは、マリ、ガーナ、コートジボワールなどと隣接する世界最貧国のひとつで、1960年まではフランスの植民地だった。ユニセフの資料によれば、国連開発計画(UNDP)が各国の健康、教育、生活水準の指標として算定する人間開発指数(HDI)では189ヵ国中182位(2020年度)。独立後も政情不安は続き、現在もたびたびクーデターが発生している。

平均寿命は62歳(日本は85歳)で、5歳未満児の死亡率(1000人中)は88人(日本は2人)。基本的な衛生設備(トイレ)を利用できる割合は22%(日本は100%)というデータからも、ブルキナファソがどのような国なのか、ある程度はイメージが湧くのではないか。

選手とファンの距離が近いのも独立リーグの魅力 選手とファンの距離が近いのも独立リーグの魅力

「プロ野球選手になる」という夢を描いたサンフォ少年は15歳のときに来日が叶い、支援に賛同した高知FDの練習に参加することができた。練習参加後のトライアウトでは不合格。しかし高い身体能力と将来性が評価されて練習生として契約。2015年、選手契約を勝ち取ってブルキナファソ初のプロ野球選手になった。

当初は代走や代打での途中出場が多かったサンフォだが、人一倍の努力が実り、先発出場の機会は年々増えた。2019年にはブルキナファソ代表として東京オリンピックの西アフリカ予選にも初出場し、予選1位通過という同国の躍進に貢献した。予算も参加選手も限られた中で戦ったアフリカ選手権は4ヵ国中4位という成績に終わったものの、「全人口2150万人のうち、競技人口は600人弱」というブルキナファソ野球の歴史に貴重な1ページを刻んだ。

翌2020年シーズンはレギュラーに定着し打点王のタイトルを獲得し、外野手部門のベストナインに選出された。新キャプテンに就任した2021年シーズンは、打率も初めて3割を超え(.318/リーグ4位)、2年連続ベストナインという活躍で12年ぶりの後期優勝に貢献した。そして、キャプテン2年目の昨シーズンは13年ぶりの総合優勝に貢献するなど、今では高知FDというチームの象徴的な存在になった。

「野球の存在は『人生を変えてくれたもの』です。自分の人生で一番良かったことは、野球と出会えたことかもしれません」

プロ野球選手とはいえ、独立リーグの給料は10万円程度。しかし、サンフォは高知FDの選手になって以来、生活費を除いた分はブルキナファソに暮らす家族への仕送りに充てている。

オフは他選手と一緒に、寮の近くにある生姜畑で収穫の手伝いをして地域との交流を深めるなど、野球以外での活動でもさまざまな経験を積む。生姜畑を所有する農家さんからは「人手不足の中、とてもありがたい」と感謝の言葉をもらったそうだ。

そんな人間性も含めた上で判断し、サンフォを高知FD初の外国人キャプテンに指名したのだとトヨさんは言う。

「チームで誰よりも周りをよく見ているし、気配りもできる。ただ、真面目で誠実な性格の一方で、おとなしく控えめなので、リーダーシップを養う経験を積めば、もっと良い選手になれると思いました」

キャプテン就任時は、「最初からなんでもできる人はいないのだから、何も心配しなくていい。まずは率先して声を出すことから始める。気づいたことがあればアドバイスするから、ゆっくりやればいい」とアドバイスしてサンフォの背中を押した。

チーム初の外国人選手キャプテンに指名されたサンフォは、「先輩」「後輩」の垣根を越えて選手個々が本音を言える雰囲気作りを心がけ、試合後は必ず課題や意見を出し合える時間を設けた。経験の浅い選手には積極的に話を振って発言しやすい環境を作ると、最初の頃は静かだったミーティングは、次第に誰もが意見を言い合う活気あふれたものに変わった。

「キャプテンになってからは、『どうすればもっとチームの雰囲気は良くなるのか』とか『みんながひとつにまとまるためには自分は何をすれば良いのか』などと考えるようになりました。特にキャプテン2年目の昨シーズンは、全体の3分の2にあたる20人も新しい選手に入れ替わったので大変でした。そういう状況で年間優勝することができたので本当に嬉しかったですね。来日以来、高知の方々にはずっとお世話になっているので、少しは恩返しできたような気がしました」

2020年に打点王、21年は初めて打率3割を超えた(高知ファイティングドッグス提供) 2020年に打点王、21年は初めて打率3割を超えた(高知ファイティングドッグス提供)

■NPBのスカウトに注目されるためには

「プロ野球選手になる」という夢を日本の独立リーグで叶えたサンフォ。今はNPB入りという新たな目標に向かって日々邁進している。

「もしNPB入りが叶うならば帰化しても構わないと考えています。国籍が日本に変わっても、自分がアフリカ出身であることは変わりませんから。吉田監督からは『選手として成長するために、もっと欲を出すように』と言われます。『NPB入りという高い目標を目指すならば、今以上に欲を出して、何事も積極的に取り組まなければ届かない。自分たち指導者は、選手の背中を押してあげることしかできないのだから』と。

今シーズンは『盗塁30』を目標にしています。あとは、ただヒットを打つだけではNPBのスカウトもなかなか注目してくれないので、長打も打てるスタイルに取り組んでいます」

年齢は25歳。現役選手としてはこれからピークを迎えるが、その後のキャリアもすでに考えていた。現役引退後は「日本とブルキナファソの架け橋になるような人になりたい」と話し、会話だけでなく文法や読み書きもマスターするため、長きにわたり球団スポンサーである専門学校「龍馬学園」の日本語学科に通う。

サンフォが母国の子供たちに希望を届けるような立場の人物になり、「ブルキナファソ野球の父」と称される日が訪れることも、あながち夢物語ではないかもしれない。

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「吉田監督と出会っていなければ、僕はこの年まで野球を続けていなかった。もちろんNPB入りを目指すことも、とうに諦めていたはずです」

身長187㎝、体重は100㎏前後という大柄な体躯。MLB史上屈指の伝説のリリーフ投手、エリック・ガニエのようなゴーグルタイプの眼鏡をかけたチーム最年長の彼は、後輩たちのプレーをバックネット裏のスタンドで見ながらそう話した。

平間凛太郎、28歳。

高知FD入団以来、平間はクローザーとして2年連続セーブ王(2020、2021)を獲得し、昨シーズンは先発に転向して最多勝と最優秀防御率の二冠を獲得、MVPにも輝いた。四国アイランドリーグPlus最強右腕は師と仰ぐトヨさんの下、NPBドラフト指名をかけたラストチャンスのマウンドに、まもなく上がろうとしていた。

●この続き、第10回「四国アイランドリーグ最強右腕・平間凜太郎、NPB入りへ最後の挑戦!」はこちら。

■吉田豊彦(よしだ・とよひこ) 
1966年生まれ、大分県出身。国東高校、本田技研熊本を経て、87年ドラフト1位で南海ホークス入団。南海・ダイエー、阪神、近鉄、楽天を渡り歩き2007年に引退。現役20年間で619試合に登板した「鉄腕」。楽天2軍コーチを経て、2012年シーズンより四国アイランドリーグplusの高知ファイティングドッグス投手コーチ。20年に監督に就任し、22年にはチームをリーグ年間総合優勝に導いた

■サンフォ・ラシィナ 
1997年生まれ、ブルキナファソ出身。2008年から母国で野球を始め、15年に高知FDと選手契約。20年に打点王のタイトルを獲得し、21年、22年はチームのキャプテンを務めた。178㎝、86㎏。右投右打

■会津泰成(あいず・やすなり)
1970年生まれ、長野県出身。93年、FBS福岡放送にアナウンサーとして入社しプロ野球、Jリーグなどスポーツ中継担当。99年に退社しライター、放送作家に転身。楽天イーグルスの創設元年を追った漫画『ルーキー野球団』(週刊ヤングジャンプ連載)の原作を担当。主な著書に『マスクごしに見たメジャー 城島健司大リーグ挑戦日記』(集英社)、『歌舞伎の童 中村獅童という生きかた』(講談社)、『不器用なドリブラー』(集英社)など