米マイナーリーグの所属チームをモデルに、地元に根差した球団運営を目指す、くふうハヤテの池田省吾球団社長 米マイナーリーグの所属チームをモデルに、地元に根差した球団運営を目指す、くふうハヤテの池田省吾球団社長

今シーズン、日本野球機構(NPB)にファーム(2軍)リーグ限定で新規参戦したくふうハヤテベンチャーズ静岡」(以下、くふうハヤテ)。同時に参戦した「オイシックス新潟アルビレックス・ベースボール・クラブ」は独立リーグの老舗球団だったが、くふうハヤテは母体も何もない、まさしくゼロから立ち上げられたチームだ。

開幕から約3ヵ月が過ぎた6月末、くふうハヤテに密着取材し、野球人生をかけて新球団に入団した男たちの挑戦を追った。前回に続き、球団社長の池田省吾氏にチームの目指す方向性を聞いた。(全15回連載の2回目)

将来的に1軍リーグへの参加はあるか

3月15日、新たに誕生したNPB球団、くふうハヤテはホームの「ちゅ〜るスタジアム清水」でオリックスを相手に開幕戦を迎えた。参戦が承認されたのは前年11月22日。開幕までの準備期間は約4ヵ月しかなかった。選手のユニフォームもどうにか間に合ったというほど、すべてがギリギリのスケジュールで進んだ。

静岡初のプロ野球チームの試合を見ようと、詰めかけた観客は1631人。平日金曜日の昼間開催の試合としては大健闘といえる数字だ。しかし、池田の表情は厳しかった。

「本来は宣伝など集客に力を注がなければいけなかったのですが、それ以外の対応に多くの労力を割かねばなりませんでした。例えば、球場周辺で交通渋滞が起きないように対応してほしいという行政側の要望に応じて、自治会の会合に出たり、警察で交通計画を説明したり、そういう対応に人も時間も取られてしまいました。NPB担当者からは、『平日昼間の2軍の試合で1631人はとんでもない数ですよ』と言われましたが、我々としては満足できる結果ではありませんでした」

同日、筑後(福岡)で開催されたファームのソフトバンク対中日戦には、1656人の観客が集まった。人気球団ソフトバンクの試合と25人の僅差。しかし、記念すべき新球団の船出だけに、池田には喜びよりも悔しさのほうが大きかった。

現在は行政との連携もスムーズになり、静岡県野球協議会にも加盟し、池田は理事に就任するなど、より地元との繋がりを深める努力をしている。球団も行政も「地元に誕生したプロ野球チームを盛り上げたい」という情熱を共有しているからこそ、ともに困難を乗り越え、歩むことができていると池田は感じている。

池田に、「将来的に1軍リーグへの参加も踏まえて新規参戦したのか」と質問した。すると、「それはありません」と即答した。

「うちは『究極の育成型チーム』を目指しています。米マイナーリーグの3Aや2Aのような、地元に根差した球団です。選手だけでなく監督やコーチ、スタッフも全員、くふうハヤテからステップアップしてもらえたら嬉しい。そういうスタイルを目指して取り組んでいます」

挑戦する若者が集まり、育ち、巣立つ場となり、地域に貢献する。それが球団にとって最大のミッションだ。

球団立ち上げ時から池田を支える球団職員の榎本滉一朗。編成、興行、そして現場と兼務し獅子奮迅の活躍を見せる。球団にとって欠かせないキーパーソンだ 球団立ち上げ時から池田を支える球団職員の榎本滉一朗。編成、興行、そして現場と兼務し獅子奮迅の活躍を見せる。球団にとって欠かせないキーパーソンだ

4月27日のオリックス戦(ちゅ〜るスタジアム)では、地元の富士市立高校のチアリーダー部と吹奏楽部が応援に華を添えた。6月11日、静岡県との連携事業として静岡県民を無料招待した巨人とのファーム交流試合(草薙球場)では、今季最多2679人の観客が集まった。これらの施策は今後も定期的に開催予定で、チーム強化とは別に、地域に根ざした企画や活動を通して球団に対する理解を深めてもらい、ファンを増やしていく計画だ。

「嬉しい現象としては、中日や広島のユニフォームを着て応援に来た野球ファンが、帰りにくふうハヤテの帽子を買って被って帰る姿を見かけたりするようになったことです。

静岡県は東部、中部、西部に分かれていて、西部は〝中日新聞圏〟なんですよ。なので中日ファンが多い。(ハヤテの本拠地でもある中部の)静岡市内で言えば、やっぱり巨人ファンが多い。ただ、かつて大洋ホエールズの時代に2軍が草薙でキャンプをしていたこともあって、DeNAファンもけっこういます。固定1チームのファンが多いわけでもないので、逆にチャンスもあると思います。

関西からよく足を運んでくださる、あるお客さんからは『1軍はオリックスだけど、静岡に来て2軍はハヤテを応援することに決めたから』と言われました。それは新しい応援の価値観だと感じましたし、すごくありがたいなと思って。幅広くプロ野球全体を応援してくださるファンも少しずつ増えるように努力したいと思います」

■「オーナーの道楽では」との穿(うが)った見方も...

NPB2軍の事業規模は、大きい球団では10億円近いと言われる。独立リーグは1億から2億円。くふうハヤテはその中間規模で活動している。宣伝効果も1軍ならまだしも2軍限定では薄く、池田によれば「3年後の黒字化を目指している」が、ビジネスモデルとしては非常に厳しいと言わざるをえない。それでも挑戦する理由は何か。球団オーナーでハヤテグループ代表の杉原行洋氏は静岡新聞の連載コラムでこう記している。

《静岡の皆さまに、日本全国に「こんな小さな会社でも、このような挑戦ができるのだ」とメッセージを届け、皆がそれぞれの人生における「挑戦者」となることで、日本社会の温度をあげてほしいと願っているからです》

前代未聞の取り組み。しかも静岡とは縁もゆかりもない東京の企業の参戦だけに、「オーナーの道楽では」と揶揄(やゆ)されたり、「何か裏があるはず」と穿った捉え方をされたりもしたそうだ。ただ、いつの時代もイノベーションを起こすのは既成概念に縛られた人たちからは理解されない異端児だ。実際、ハヤテグループは金融の世界で大きな成果を上げ、現在は医療やITといった新たな分野にも裾野を広げ、それらの事業を融合しつつ発展させている。スポーツ事業もそうした活動のひとつなのだ。

日本のプロ野球の歴史は1934年、大日本東京野球倶楽部(現在の読売ジャイアンツ)が誕生して始まった。1936年には東京巨人、大阪タイガース、名古屋、東京セネタース、阪急、大東京、名古屋金鯱の7球団で日本職業野球連盟が創立され、プロ野球のリーグ戦がスタートした。

プロ野球チーム誕生から90年の今年、くふうハヤテとオイシックス新潟アルビレックスBCの参加で2軍は14球団になり、転換期を迎えた。10年後、100周年を迎える2034年には、くふうハヤテのようなファームに特化して地方都市に根を張った育成スタイルも、日本プロ野球のスタンダードになっているかもしれない。NPBに新たな価値を定着させることができれば、それは球団にとって最高の勝利に違いない。

くふうハヤテには4人の外国人選手も所属している。手前はカープアカデミー出身のジェリンソン・バスケス選手 くふうハヤテには4人の外国人選手も所属している。手前はカープアカデミー出身のジェリンソン・バスケス選手

最後に、池田に日々大切にしていること、そしてこれからの夢を聞いた。

「感謝の気持ち。これは絶対忘れないようにしたい。球団のコンセプトとしても、選手には『まわりに対する感謝の気持ちを忘れないように』と話しています。この場がなければ、野球選手をもう辞めなければならなかった選手も大勢いるわけですから。

夢は、独立リーグとNPBの両方で立ち上げや参入の経験をさせていただいているので、そうした経験を若い世代に伝えていけたらと思います。今も高校の授業など、オファーがあれば全部断らずに応じています。すでにある高校とは、ビジネス探究型インターンシップも実施しています」

* * *

インタビューを終え、筆者はハヤテ本社のある兜町から東京駅に移動。くふうハヤテのホームタウン、清水に向かった。夕方5時、清水駅前で迎えてくれたのは昨年2月に高知で取材した、〝大谷世代〟のある投手だった。

2020年、21年、四国アイランドリーグで2年連続最多セーブ王を獲得した彼は、22年には最多勝と最優秀防御率の二冠を獲得しリーグMVPにも選ばれた。しかしNPBからはドラフト指名されず、昨シーズンはメキシコのプロリーグでも活動し、今季、くふうハヤテに入団した。

「お久しぶりです!」

身長187cm、体重100kgという外国人選手のような大柄な体躯。それとは正反対の人懐っこい笑顔。

名前は、平間凜太郎(ひらま・りんたろう)。30歳になったいまもなお、NPBドラフト指名を目指して戦い続ける男だ。

(つづく)

●池田省吾(いけだ・しょうご) 
1974年生まれ、宮崎市出身。桃山学院大学社会学部卒業後、スポーツ新聞の契約記者などを経て渡米し、ワシントン大大学院でスポーツマネジメントを学ぶ。帰国後、四国アイランドリーグの運営、ゴルフ業界のマーケティング業務などを経て、2022年末から新球団・くふうハヤテベンチャーズ静岡の発足・運営に携わる

会津泰成

会津泰成あいず・やすなり

1970年生まれ、長野県出身。93年、FBS福岡放送にアナウンサーとして入社し、プロ野球、Jリーグなどスポーツ中継を担当。99年に退社し、ライター、放送作家に転身。東北楽天イーグルスの創設元年を追った漫画『ルーキー野球団』(週刊ヤングジャンプ連載)の原作を担当。主な著書に『マスクごしに見たメジャー 城島健司大リーグ挑戦日記』(集英社)、『歌舞伎の童「中村獅童」という生きかた』(講談社)、『不器用なドリブラー』(集英社クリエイティブ)など。

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