筑波大学「未来教室」で講義をする落合陽一氏(右)と斎藤真琴氏(左)

『週刊プレイボーイ』で短期集中連載中、“現代の魔法使い”落合陽一の「未来教室」。最先端の異才が集う最強講義を独占公開!

落合陽一をゲスト編集長に招いたこともある先鋭的なテクノロジー情報サイト『ギズモード・ジャパン』。斎藤真琴は東京大学工学部在学中からこの編集部でアルバイトを始め、卒業と同時に編集者になった。その経歴からも推察されるように、一般書から科学の専門的な文献までをカバーする読書力と高いリテラシーが斎藤の武器で、落合は初めて彼女のインタビューを受けた時の感銘をこうふり返る。

「ふつうに僕の論文を読んで来てくれたから、すごく話しやすかった」。

「編集は天職」と自負し、現在はギズモード・ジャパンのみならず、新たなデジタルカルチャーメディア『FUZE』でも活動する25歳の敏腕編集者が、「トランプ現象」を軸に、旧来のメディアに代わって大きな影響力を持つようになったソーシャルメディアの面白さと危うさ、そしてAI(人工知能)が活躍する近未来の編集職について語る。

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斎藤 私は1991年生まれで、10歳のときに初めてうちにパソコンが来て、その時からhtmlとかCSSとかを書いて自作の詩を載せる、ちょっと恥ずかしいサイトを作ってました(笑)。プログラムを書いて、「大人よりスゴいことできるじゃん」っていううれしさを感じていたんです。

あと、私は岡山県の田舎出身なんですけれども、当時からウェブの世界には本気で私のことを叩き潰そうとしてくれる大人がいるわけですね。画面のこっちにいるのは小学生の女子なのになあ……みたいなギャップが面白くて。それでインターネットにハマり、今ではウェブメディアの編集の仕事をしています。

今日はソーシャルメディアの話をしますが、まず紙媒体のトラディショナルメディアや旧来のウェブメディアとの決定的な違いを、情報発信者と受信者の関係に注目して確認しておきましょう。

新聞や雑誌などのトラディショナルメディアの場合、読者との関係は「1対N」ですね。「1」である発信者が一方的に「N」へ、つまり不特定多数の読者へ情報を流すという関係です。ウェブメディアも基本的には「1対N」ですが、グラデーションがあります。「1」の力が強ければ強いほど、オールドメディア的構造のウェブメディア、と言えるでしょう。

では逆に、「1」と「N」が対等に「N対N」に近づいていったらどうなるでしょうか。それがソーシャルメディアです。ウェブメディアと同じくインターネットによって生まれたんですが、双方向コミュニケーションができるという点でこれまでのメディアと大きく違います。「N対N」であるがゆえに、情報の垂れ流しではなく、発信者と読者または読者同士でのコミュニケーションが生まれる。ということは、そこにコミュニティができる、ということでもあります。

皆さんもツイッターとかインスタグラムとか、ソーシャルメディアで情報を見ていると思いますが、誰でも発信できることが逆に問題を引き起こすこともあります

先日の米大統領選挙後に、大手SNSのフェイスブックがアメリカのメディアから猛攻撃を受けました。ドナルド・トランプが勝ったのはフェイスブックを通じて拡散された「デマニュース」のせいじゃないか、と。といっても、これだけではヒラリー・クリントン支持者のカウンターデマと思われかねないので、詳しく説明しましょう。

誰でも発信できることが逆に問題を引き起こす

日本版にはありませんが、アメリカのフェイスブックには人気のニュースを取り上げる「トレンド」というサービスがあるんですね。「いまフェイスブックで人気の情報はこれです」とピックアックして表示する機能です。情報編集はもともと人間のニュースキュレーターがやっていたのですが、彼らが保守系のニュースを多くボツにしていたことが発覚し、問題視されて、今年の5月にクビになっています

その後はどうしていたかというと、アルゴリズムに任せて――つまり、コンピューターに記事選択をやらせていた。そうしたらどんどん、個人が発信した面白半分の情報や、悪意ある「デマニュース」が選ばれるようになっちゃったんですね

例えば、「ヒラリーがISISに武器を売却」とか「ローマ教皇がトランプ支持の声明」とか。皆さんはどの程度、デマってわかるのかな?

落合 デマかデマじゃないか見抜くのは大変だよね。

斎藤 それでも疑う気持ちがあれば、キーワードでググってほかのサイトを見るなりして、すぐにわかると思います。そんな記事でも、フェイスブック上では『ニューヨーク・タイムズ』の記事と同じ見た目で出てきて、デマを拡散しているサイトの記事も「ちゃんとしてるっぽく見えちゃう」んです

その拡散がどのくらいヤバかったかというと、7月ぐらいまでは大手メディアの記事のほうが読まれていたんですが、投票直前になるにつれてデマニュースのほうがいっぱいシェアされたり、「いいね!」されるようになった、という『バズフィード』の調査結果があります。これで大統領選の結果が左右されたのではないか、という話でした。

「正しいことはポピュラーなものに勝てない」という現実を証明する結果になってしまいましたが、だからといって、じゃあまた人間にニュースを選ばせればいい、というわけではありません。アルゴリズムに全部任せるのは構わない。ただし、それがうまく機能しているかどうかはチェックして、デマを拡散するようなことがあったら、人間は結果そのものではなく仕組みに手を加え、調整すればいいのです

このようなソーシャルメディア時代に、ウェブメディアの編集という仕事はどうなっていくのでしょうか。AIを使って最新の記事をバンバン並べ替えていくだけでは、もうウェブメディアとして存在する意味はなくなっていくでしょう。

最近、「AIが記者になる」という話がよく聞かれますが、実は記者よりも編集者の仕事のほうがAIに向いていると思います。たくさんの情報源に当たって誌面に多様性を出すということだけでも、数が多くなればなるほど、人間よりもAIの方が強くなることは明らかですね。

ただ、「情報に味つけして記事をもっとエモくデザインする」ことは、人間のほうが得意です。だから10年後には、部下は全員コンピューターで、彼らが選ぶ記事を私がエモくして配信する、というのが編集者の仕事になっているかもしれません。

AIは記者よりも編集者のほうが向いている

落合 ありがとうございました。対談パートに移りますが、今日はいつもより抽象的な話が多くなりそうです。

まず、デマについてです。俺、今日話を聞いてて改めて感じたんだけど、虚構ってもう現実の一部だなって近頃よく思うんですよ。正しいか正しくないかは置いといて、現実に影響を及ぼしちゃってる以上、虚構も極めて現実的な力を持っている。すごくタチが悪いともいえるし、戦略的武器であるともいえるわけですよね

そういう虚構に対して、斎藤さんは闘おうと思ってますか? それとも乗りこなそうと思ってますか?

斎藤 私は、虚構自体と闘うことは考えてなくて。みんなが、それが虚構だってなんとなくわかる、みたいなのが理想です。でもたぶん、そうなるのは無理なんですね

落合 ちょっと厳しいよね。

斎藤 無理だと思うので、そこはアルゴリズムで、なんとなくやばいものだけ排除できるようになるのが現実的だと思うんです。ただ、私自身は虚構ってすごく好きで。なんか“イケメン”だと思うんですよ、虚構って

落合 なるほど。

斎藤 この人はイケメンだからきっと素敵な人だって思い込むけど、ホントかどうかわからないし、たぶんまあウソなときもあるじゃないですか。靴下を裏返して脱いで洗濯に出すとか、絶対イヤなこともあると思うし、イケメンだからって結婚しちゃって後悔することもあると思うんです。だけど、そのとき幸せだったらそれはそれでいいんじゃないかな、っていうふうには思います。

落合 これは極めて難しいよね。悪意のある個人だけじゃなくて、メディアが流すニュースもウソだったりするわけで、その裏側を知ったときに耐えられるメンタリティをみんなが持てるかという問題でもあるんだけど。

僕が「デジタルネイチャー」と呼んでいる世界では、基本的に虚構も現実もなんにも区別がつかないから、「別にどっちでもいいや」って感じになると思うんだよね。きっと悲観的だと世の中生きていけないので、われわれ人類は楽観的なように脳が自然に改造されると思うんだけど

■後編⇒“現代の魔法使い”落合陽一×『ギズモード』編集者・斎藤真琴「米大統領選で『正しさ』がポピュリズムに負けたっていうのはすごく悲しい」

◆「#コンテンツ応用論」とは?本連載は筑波大学の1・2年生向け超人気講義「コンテンツ応用論」を再構成してお送りします。“現代の魔法使い”こと落合陽一助教が毎回、コンテンツ産業の多様なトップランナーをゲストに招いて白熱トーク。学生は「#コンテンツ応用論」付きで感想を30回ツイートすれば出席点がもらえるシステムで、授業の日にはツイッター全体のトレンド入りするほどの盛り上がりです。

●落合陽一(おちあい・よういち)1987年生まれ。筑波大学助教。コンピューターを使って新たな表現を生み出すメディアアーティスト。筑波大学でメディア芸術を学び、東京大学大学院で学際情報学の博士号取得。「デジタルネイチャー」と呼ぶ将来ビジョンに向けて研究・表現を行なう。現在マレーシア・クアラルンプールで初の大規模個展を開催中

●斎藤真琴(さいとう・まこと)1991年生まれ、岡山県出身。2015年3月に東京大学工学部卒業後、株式会社メディアジーンに入社し、学生時代からアルバイトとして働いていた『ギズモード・ジャパン』編集部に所属。16年8月からデジタルカルチャーメディア『FUZE』にも携わる

(構成/前川仁之 撮影/五十嵐和博)