26歳という若さでSHOWROOMを立ち上げ、先日30歳を迎えたばかりの前田氏。後ろに並んでいる雑誌は、取材を受けた媒体

インターネットの世界を主戦場にする、SHOWROOM株式会社。IT系企業らしく、オフィスには無数のPCモニターが並んでいる。しかし、その奥に設けられた社員のためのリラクゼーションスペースには、ギター、ベース、ドラムセットなど、いくつもの楽器が置かれていた。

いまだ30歳にして、この会社を率いる前田裕二氏が、快活な声で語る。

「うちの社員って、なぜか音楽やってる人間が多いんですよね。たまに、ここでセッションが始まったりもしますよ」

自らも茶髪にTシャツ、細身のジーンズというバンドマン風の格好の前田氏も、小学生の頃から路上で弾き語りをしていたという根っからの音楽人間だ。実は、8歳のときに両親を失ったという前田氏にとって、路上ライブで道行く人からお金をもらい、生計を立てたこともあるという経験は、その後の人生の原点にもなっている。

そんな彼が立ち上げたSHOWROOMとは、カメラのついたスマホやPCさえあれば、誰でも生配信ができるというインターネット上の“仮想ライブ空間”だ。視聴者は、配信者と直接コメントのやりとりができるほか、ヴァーチャルギフトと呼ばれる有料のアイテムで支援することができる。

この事業を立ち上げから数年で日本一のライブ配信サービスにまで育て上げた若き起業家が、途方もない世界規模の“夢”を語った。

■SHOWROOMの本質はスナック

―先月末に出された本『人生の勝算』を読んで、まず意外に感じたのが、「スナックが好き」という話でした。スナックといっても、お酒を飲むほうの。

前田 ええ。僕は地方出張に行くと必ず現地のスナックに寄るし、行きつけのお店もありますよ。スナックというと、地元のおじさんたちが集う寂れた場所っていうイメージがあるかもしれませんが、僕は「スナックはすべてのコミュニティビジネスの根幹なのではないか?」と思ってるんです。

―どういうことですか?

前田 まず、スナックでは特に珍しいお酒も出ないし、つまみも市販の乾き物くらいしかないですよね。でも、お客さんはお酒や食べ物といった「モノ」を消費しに来るんじゃなく、ママとの人間的な「つながり」を求めて来るんです。さらに、そのママがお客さんより先に寝ちゃったりするから、「しょうがないな」と言って客が洗い物をしてたりする(笑)。

つまり、サービスの余白を客が埋めることによって、その客も“中の人”として店のことを考えるようになるんです。だから、どれだけはやってなさそうなスナックでも、常連客が支えることによってちょっとやそっとでは潰れなくなる。僕はここに、コミュニティビジネスやファンビジネスの本質があると思っています。ちなみに、この本のタイトルも、最初は『なぜスナックは潰れないのか』になる予定だったんですよ(笑)。

―SHOWROOMは、まさにそんなスナックの集合体ともいえますね。配信者=ママと、視聴者=常連客が集う、仮想スナック。現在、AKB48グループのほとんどのメンバーがSHOWROOMで個人配信を行なっていますが、今年の総選挙で台風の目となった荻野由佳さん(NGT48)は、「どうしたら人気が出るのか、SHOWROOMの視聴者の方が全部考えてくださるので、私はそれを実行したんです」と言っていました。

前田 面白いですね。まさに、ファンを中の人としてコミットさせることに成功してますよね。芸人の西野亮廣(あきひろ)さんも、「絵本を10万部売るためには、読者も作り手側に回せばいいんだ」と考えて、絵本の制作資金をクラウドファンディングで募り、みんなを“共犯者”にしてしまいました。今、西野さんの絵本は30万部を突破しましたが、僕は同じように「永遠に売れるビジネス本が作れないかな」って考えてるんですよ。

―永遠に?

前田 はい。ビジネス本って、普通は旬があって、長く売ることが難しいんですが、それを“自分の物語”として受け取ってくれる読者がいれば、ずっと売れ続けるかもしれない。実は、僕の本を見ず知らずの高校生がフェイスブック広告で宣伝してくれたことがあるんですよ。

なぜだろうと思ったら、その高校生は「もっと多くの人にこの良書を知ってもらうことが自分のモチベーションになっている」みたいなことを言うんですね。僕の本に関わることが、彼自身の物語になってるんですよ。そうした応援もあって、Amazonの本ランキングで2位まできたんですが(7月3日時点)……1位の『ちつのトリセツ』という本が、なかなか抜けないんですよね(苦笑)。

―話題の本ですね(笑)。

前田 まあ、西野さんの本やSHOWROOMを見てわかるのは、「本質的に人間は人と関わりたいんだな」ということです。この情報技術時代を迎えて、人と人との関わりはどんどん薄くなり、現実社会で絆(きずな)を感じることは難しくなりました。でも、その人とつながりたいという欲求をもう一度満たしてくれたのは、クラウドファンディングや仮想ライブ空間という新しい情報技術なんですね。

ひところのソーシャルゲームの隆盛も、つながりたい欲求を満たすものとして機能しましたが、SHOWROOMはゲームではなく人そのものがコンテンツになっている分、よりダイレクトにつながりたい欲求を満たす進化形のサービスだと思っています。

★後編⇒各界著名人が注目するSHOW ROOM・前田裕二社長が語る最終目標 「誰もが努力によって夢を叶えられる公正・公平な社会を」

(取材・文/西中賢治 撮影/武田敏将)

●前田裕二(まえだ・ゆうじ)1987年生まれ、東京都出身。早稲田大学政治経済学部を卒業後、世界最大級の金融グループ・UBSの日本法人に入社。2年目にニューヨークに転勤し、営業トップを獲るなど活躍。しかし、幼い頃にギターを譲ってくれた親戚の早逝を機に、起業を決意。2013年、日本に戻ってDeNAに転職。同年、SHOWROOMローンチ。「人の3倍の密度で生きる」がモットーの仕事人間

■『人生の勝算』(幻冬舎)前田裕二 定価1400円+税DeNAの南場智子会長が5年かけて口説き、秋元康や堀江貴文がほれ込んだ、若き起業家の初の著書。自らのビジネスのエッセンスや、成功をつかむためのマインドを惜しげもなく開陳した、アツい本になっている