「現代の魔法使い」落合陽一(右)と「Satellite Young」の草野絵美(左) 「現代の魔法使い」落合陽一(右)と「Satellite Young」の草野絵美(左)

『情熱大陸』出演で話題沸騰、“現代の魔法使い”落合陽一が主宰する「未来教室」。『週刊プレイボーイ』で短期集中連載中、最先端の異才が集う筑波大学の最強講義を独占公開!

今年8月に音楽バラエティ番組『関ジャム完全燃SHOW』(テレビ朝日系)で「ピコ太郎さんに続く大ブレイクもあるかもしれません」と紹介された歌謡エレクトロユニット「Satellite Young」。そのボーカルで、作詞作曲からプロデュースまですべてを手がける草野絵美が今回のゲストだ。

Satellite Youngのコンセプトは「80年代歌謡曲の現代的な進化」。30代から上のリスナーなら、初めて聴いてもどこか懐かしく感じられる音だ。しかし草野自身は80年代ネイティブではなく1990年生まれで、その歌詞はスマホとSNSに象徴される現代的な感覚を歌っている。

「ネットのない時代への憧れ」から生まれたユニットが、戦略的にネットを活用することで海外にもファンを獲得し、来るブレイクへと歩を進めていくプロセスは、確実にひとつの未来像を切り取っている。

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草野 私は高校時代にアメリカのユタ州に留学し、その後慶應義塾大学SFCを出て、今はOLをしながらSatellite Youngの活動を続けています。5歳児の母でもあります。

Satellite Youngは2013年に活動を始めました。なぜ80年代歌謡をコンセプトにしたかというところからお話します。

まず、自分が心の底から好きな世界観を作家としてつくってみたいと思っていました。私が本来好きだったものってなんだろう、と幼少期を振り返ってみた時に行き着いたのが「80年代」だったんです。

私は過去のものが大好きで、小学生の頃からツタヤで古い戦隊モノのビデオを借りたり、図書館で松田聖子さんのCDを探したりしていました。『天使のウィンク』とか、今聴くとシンセサイザーがガンガン効いててカッコいいんですよ

 2ndシングル『フェイクメモリー』。ビジュアルはもろに聖子ちゃんカット、歌詞はSNSで皆が同じ情報を共有することで生まれる“偽装の記憶”を歌っている。 2ndシングル『フェイクメモリー』。ビジュアルはもろに聖子ちゃんカット、歌詞はSNSで皆が同じ情報を共有することで生まれる“偽装の記憶”を歌っている。

それから、特に歌詞についてはスタートアップをやっていた頃の経験が活きています。とにかく変なカタカナ用語が飛び交うんですよ。「ユーザーヒアリングはマストだよね」とか「イノベーション起こさないと、シリコンバレーに行く前にピボットしたら」とか、そういう感じです(笑)。バブル時代の歌謡曲にも、変なカタカナを叫んでる歌が多くて、それってちょっと今のテクノロジーバブルに通ずるものがあるかなと思いました。

ここで少しだけ草野の詞の世界を覗いてみよう。カタカナ用語は例えばこんな風に歌われている――「アルゴリズムでダンスのリズムに」「あくせくしてもアクセスしてる/現実ではブロックできない」(『Modern Romance』)「フェイクメモリー まとめられたインフォメーション」「コピーアンドペーストの世間」「3秒以内でシェアして」(『フェイクメモリー』)etc….。

草野 あとは、海外で80年代のリバイバルが流行り始めていたという背景があります。ハリウッドでも「シンセウェイヴ」という80年代サウンドが流行ったり、80年代アクション映画のリメイクが作られたり。

私が生まれる前の、ネットがない時代への憧れと、スタートアップを通じてテクノロジーバブルと80年代のバブルが似てるなあと感じたこと、それから80年代リバイバルが流行り始めたそのシーンにまだ日本人がいない!ということがモチベーションになって、日本の80年代アイドル歌謡サウンドを時空間を超えて進化させるSatellite Youngを始めました。

 昨年4月リリースの1stアルバム『SATELLITE YOUNG』。80年代歌謡を緻密な音作りでアップデート。 昨年4月リリースの1stアルバム『SATELLITE YOUNG』。80年代歌謡を緻密な音作りでアップデート。

Satellite Youngが立てた3つの戦略

音楽業界は今、非常に変化していて、ダウンロードからストリーミングへと主流が移るにつれ、インディーもメジャーも変わらない時代になってきています。さらにみんながSNSをやっているので、完全インディーでサバイバルするためには信念だけじゃなく、セルフプロデュースの戦略が必要だと思います。

私たちの世界観を広めるために、3つの戦略を立てています。

まず戦略その1、パロディと思われないように音楽のクオリティは徹底すること。基本的に曲は私が鼻歌で作って、それを元にサウンドクリエイターのベルメゾン関根さんが実際の音の作り込みをしてるんですけど、マニアの人が聞いたらわかる80年代のシンセサイザーとか、そういう音をたくさん使って曲作りをしています。

戦略その2、これが非常に大事なんですが、音楽って聴いてもらわないと判断されないので、きっかけを作るためにもジャケットやアーティスト写真など、音楽以外の部分で世界観をビジュアライズすることに力を入れてます。例えばアー写はネオ東京感あるサイバーパンクにしたいと思って、フォトグラファーでそういう世界観が好きな人と一緒に撮りました。音楽を聴いてくれるより前に、このビジュアルを見て好きになってくれる人が非常に多いです。

あとはやっぱりミュージックビデオ(MV)です。ファンになってもらうにはMVは最重要かなと思います。ファーストシングルのMVは、多くの人気アーティストのMVを手掛けている渡邉直さんにお願いしました。私たちはこのMVにディープラーニングを使って80年代の画像を学習させ、それをフィルターにかけることで、「コンピューターが描く80年代の世界」を再現しています

こうして出来上がる洗練されたMVは動画サイトで海外を中心にファンを集めている。これこそ草野が語る戦略その3、「ネットを駆使した逆輸入戦略」の成果だ

 『Dividual Heart』のMVは、「水曜日のカンパネラ」などのMVを手がける渡邊直氏の手による。 『Dividual Heart』のMVは、「水曜日のカンパネラ」などのMVを手がける渡邊直氏の手による。

草野 無名で予算も実績もないところからスタートした私たちは、海外のインディーシーンから火をつけて“逆輸入”を目指す戦略をとろうと決めました。海外にリスナー層を広げよう、と。

第一弾として、さまざまな海外レーベルと連携し、50万人がチャンネル登録している「NewRetroWave」というアメリカのレーベルに曲を送ってみたところ、YouTubeで紹介してもらうことができました。

第二弾は、スウェーデンの高校生ふたり――男の子と女の子のコンビが、日本語教室で2ヵ月勉強しただけの日本語力と、Google翻訳を使って日本のアニメを再現した『せんぱいクラブ』という面白いインディーアニメがあるんですが、その製作者たちとコラボすることになりました。この製作者がTwitterで「80年代版の『先輩クラブ』を作りたい」という話をしていたので、じゃあコラボしよう、と。

自分と近いファン層を持っていそうな人とのコラボレーションはとても大事です。それも、お金以外の対価で実現するコラボ。例えば『せんぱいクラブ』の人たちも、「Satellite Youngだからコラボしたらおもしろそう」って言ってくれたんですが、そういうウィン‐ウィンの関係を持てる協力者をたくさん探すのが大事だと思います。

それから『Kung Fury』という80年代リバイバル風の映画で音楽監督をやったミッチ・マーダーにもアプローチをかけて、コラボが実現しました。彼と一緒に曲を作って配信した結果、再生回数がばーんと跳ね上がり、特に北米のリスナーにすごく刺さったようで、アトランタのイベントではSatellite Youngのコスプレをする人たちが出てきたくらいです。

こうして“グローバルだけどニッチな層”に刺さり、その後SXSW(サウス・バイ・サウスウエスト。米テキサス州で毎年開かれる音楽・映画・インタラクティブの祭典)に出演したら『ジャパン・タイムズ』の一面で紹介され、逆輸入という形で日本のメディアにも取り上げられるようになったんです

 1stシングル『ジャック同士』。タイトルはTwitter社のCEOの名前から。 1stシングル『ジャック同士』。タイトルはTwitter社のCEOの名前から。

懐かしさで頭おかしくなる

落合 ありがとうございました! 後半は対談パートです。俺、気になってたんだけど、なんで90年生まれなのに80年代をテーマにしてるんですか?

草野 自分がティーンエイジャーの頃はもう、みんな別々の服装をしてたり、お金の使い方が情報消費に傾いたりしていたので、ファッションリーダーみたいな存在がいて熱狂的な人気を集める時代にすごく憧れてたんです。それが80年代だなと思って。

落合 なるほどね。マス・マーケティングが成立してる時代というか。

草野 そうそう。いまは嗜好が細分化されて、みんなが違うものをスマホで見る時代になってきてるから、みんなの共通意識となると、どうしてもノスタルジーにいくのかな。

落合 懐かしさって、あれはなんなんだろうね? クレヨンしんちゃんの映画で『オトナ帝国の逆襲』(2001年)ってあったでしょ。

草野 懐かしさと戦うスペクタクル・ストーリーですね。私、その映画大好きなんです。

落合 あれよかったよね。ベッツイ&クリスの『白い色は恋人の色』が夕焼け商店街でかかるところとか、「なんでこんなに懐かしいんだ、頭がおかしくなりそうなんだよー!」ってひろしが叫ぶシーンとか…。

草野 懐かしさで頭おかしくなるって、やばいですよね(笑)。

落合 あれはやばい。それで、例えば万博の頃生まれてもいないのに、万博の描写にそういう感覚になる…っていうのが、草野絵美的な世界観だよね。

草野 そう! 実際に懐かしいって感じてるわけじゃないんだけど。

落合 「懐かしがってる人を見ると懐かしくなる」ってことはあるなあ。

草野 私は懐かしさって、ある時代に大衆が熱狂的になったものが反映されて、興行として出てくる時に感じるものだと思うんですよ。あと、人間の一生の短さを感じさせるもの。YouTubeで80年代のゲームセンターをホームビデオで撮った動画を見たんですけど、ここに映ってるおじさんはもう亡くなってるかもしれないなとか、ここに映ってる子供はもうおじさんになってるな、みたいなことを感じてしまって。

◆後編⇒“現代の魔法使い”落合陽一×Satellite Young 草野絵美「“中二感”みたいなのを味わいたくて、新海誠を観にいく」

■「#コンテンツ応用論2017」とは? 本連載は筑波大学の1・2年生向け超人気講義「コンテンツ応用論」を再構成してお送りします。“現代の魔法使い”こと落合陽一学長補佐が毎回、コンテンツ産業に携わる多様なクリエイターをゲストに招いて白熱トーク。学生は「#コンテンツ応用論2017」付きで感想を30回ツイートすれば出席点がもらえるシステムで、授業の日にはツイッター全体のトレンド入りするほどの盛り上がりです。

落合陽一(おちあい・よういち) 1987年生まれ。筑波大学学長補佐。人間とコンピューターが自然に共存する「デジタルネイチャー」という未来観を提示し、同大助教としてデジタルネイチャー研究室を主宰。筑波大学でメディア芸術を学び、東京大学大学院で学際情報学の博士号取得(同学府初の早期修了者)。最新刊は『超AI時代の生存戦略 シンギュラリティに備える34のリスト』(大和書房)

草野絵美(くさの・えみ) 歌謡エレクトロユニット「Satellite Young」主宰、ボーカル。1990年生まれ、東京都出身。慶應義塾大学SFC・環境情報学部卒業。ストリート写真家、ITベンチャー起業、ラジオパーソナリティなどを経て、2013年にSatellite Youngの活動を開始。80年代歌謡を再構築し、テクノロジー社会を描く歌詞を乗せた独特の世界観で欧米を中心にファンを獲得。日本でも“逆輸入”のような形で現在、まさに注目度急上昇中!

(構成/前川仁之 撮影/五十嵐和博 協力/小峯隆生)