「現代の魔法使い」落合陽一(左)と「メディアアーティスト」和田 永(右) 「現代の魔法使い」落合陽一(左)と「メディアアーティスト」和田 永(右)

春には5G通信のサービスが始まり、夏には東京五輪が開催される予定の2020年は、手元のデバイスから社会インフラまでさまざまなレベルでのアップデートが行なわれそうだ。テクノロジーは日進月歩。また新たな規格ができれば、昨日の最新式は明日の旧式......だが、もはや慣れ切ったこうした変化ばかりが文明の進歩ではない。

落合陽一(おちあい・よういち)が「同世代で尊敬する数少ないメディアアーティストのひとり」と語る和田 永(わだ・えい)は、本来楽器ではない電化製品で音楽を演奏するミュージシャンだ。彼の眼には、例えば2011年の地デジ化に伴い大量に廃棄されたブラウン管テレビの数々が、あたかもインドネシア・バリ島の民族音楽ガムランのアンサンブルのように見えるという。

そんな和田の作品や活動、そしてそれらの源泉となる「妄想」に接した者は、未来へまっしぐらに進むと錯覚していた時間というものが、案外やんちゃに思い切り羽根を伸ばして遊んでいるのを感じることだろう。

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ブラウン管から出る静電気を体に通し、靴下に入れたコイルをギターアンプにつないで音を出す(Photo by Florian Voggeneder) ブラウン管から出る静電気を体に通し、靴下に入れたコイルをギターアンプにつないで音を出す(Photo by Florian Voggeneder)

和田 はじめまして、和田 永といいます。僕は主に、使い古された電化製品を電子楽器として蘇生させて演奏する活動を長年行なっています。例えば、テレビのブラウン管。ブラウン管から出る静電気を手でキャッチし、足元に仕込んだコイルからギターアンプを通じて音が鳴るようにします。すると、画面を手で叩くたびに音が鳴る楽器になります。ブラウン管に映る縞模様の本数によって電気の波長が変わり、音程も変わるというわけです

こうした活動に至るまでの僕のこれまでをひも解いて話しますと、まず3歳のときに家族旅行でインドネシアのバリ島に行って出会った「ガルーダ」という鳥の神様が、今につながる影響を及ぼしています。現地で「ケチャ」という音楽儀式を見たのですが、そのなかでガルーダに扮した踊り子が踊り狂うのを目の当たりにしました。その異様な光景と音楽が衝撃と共に記憶に刻まれました。

その後、テクノロジーに囲まれた日本で暮らすうちに、ブラウン管テレビの砂嵐や、ラジオのチューナーを回したときに鳴る「チュピーン」といったノイズの中に、僕はガルーダの存在を感じたわけです。「あの魔物はブラウン管の砂嵐の中にいるんじゃないか?」と、妄想がスパークして(笑)。

その空想がある時、現実とクロスしました。ブラウン管には映像と音声の端子がついていると思うのですが、どちらも同じ形の端子です。

それをある日、逆に差し間違えてしまったら、画面に縞模様が映し出されたんです。この縞模様はなんだろう? 音声を映像の端子につないだら縞模様が出てきたということは、逆に縞から音が出てくるんじゃないか? そんな仮説を立ててさまざまな実験を繰り返し、やがてブラウン管を「電磁楽器」として蘇生させることができたんです

そこから出てきた音は、ガルーダの声ということで「ガルった音」「ガルディックサウンド」と呼んでいます。それから今に至るまで、ブラウン管を使ってさまざまなライブパフォーマンスを続けています。

それと、もうひとつ代表的なプロジェクトを紹介します。オープンリールアンサンブルというものです。

放送局などで使われた録音機器のオープンリールも、和田の手にかかれば楽器に。2014年にはNHK Eテレの番組で坂本龍一とのコラボも実現(Photo by Mao Yamamoto) 放送局などで使われた録音機器のオープンリールも、和田の手にかかれば楽器に。2014年にはNHK Eテレの番組で坂本龍一とのコラボも実現(Photo by Mao Yamamoto)

落合 ちなみに、僕は和田さんと同い年で、学生の頃に和田さんがオープンリールアンサンブルで何かを録音しているのを横で見ていました。

和田 そうです、まさに学生の頃から続けているプロジェクトですね。オープンリールのリールを直接手で触ってスクラッチすることで、楽器として操っています。

オープンリール自体は中学生のときに、放送局に勤める知り合いのおじさんにもらったのが出発点でした。モーターが壊れていたから自分の手で回してみたら、チュワーンというエキゾチックでスペーシーな音が出てきたので、これは楽器になるんじゃないかと考えたところから発展しています。

もともとはバンドで"飛び道具"として使っていましたが、いっそこれだけでアンサンブルやったら面白いのでは?という方向に進み、今ではテープを叩いて打楽器化したり、竹竿にテープを張って弓楽器として演奏したりと、楽器としての可能性を探求し続けているわけです。

オープンリールはインスタレーション作品にも使いました。そんなことをしながらこの機械の根源みたいなものを考えていくと、「テープレコーダーより前から使われていた磁気録音装置」といった従来の定義とは違う形で再定義ができるんじゃないかと感じるようになりました。

例えばオープンリールとは、「音を記録できる時計」であり「記録媒体そのものがダンスするオルゴール」であり「時間を操り奏でる民族楽器」であり......など、いろんなとらえ方ができます。

なかでも一番しっくりくる再定義は、「過去という異国からやってきた民族楽器である」というものです。そこから「マグネティックパンク」という世界観が生じます。

「スチームパンク」は、19世紀の蒸気機関が現実の有りようを超えて過剰発展している世界を描いたSFです。「サイバーパンク」は、インターネットが過剰発展した世界。であるならば、「マグネティックパンク」は、磁気テクノロジーが過剰発展した世界みたいなイメージの言葉なんです

このように物事を極端化していったときに見えてくる可能性や面白さが僕は好きで、今もこの世界観を探求しています。勝手に探求してろという感じですが(笑)。

電気の波、電磁の波をキャッチできれば、あらゆるものは楽器になりえるんじゃないかという発想のもと、4年前には「エレクトロニクス・ファンタスティコス!」というプロジェクトを始動させました。

「古い電化製品に楽器化(妖怪化)の道を」というキャッチフレーズで、あらゆる人を巻き込みながら、役割を終えた電化製品を蘇生させ、"奇祭"を目指すプロジェクトです。江戸時代には桶や傘が妖怪となって出てくるというビジョンがありましたが、現在における妖怪は捨てられた電化製品なのではないかと

本来の役割において価値を失ったものでも、電気、電波、電子、電磁の面白さを宿し、さらにはガルーダと通信するための楽器だととらえなおしたときには、「彼らはまだ生きている」と感じました。その向こうに、使い古されたテクノロジーから生まれる新たな土着音楽や電磁の奇祭が待っているんじゃないかと妄想し、邁進しています

僕は今、東京、京都、それと茨城県の日立に拠点置いています。そこではBボーイのあんちゃんと家電メーカーに勤める理系エンジニアといった、普通なら交わらない人々が一緒に楽器制作し、バンドを組み、演奏サイドのフィードバックによってエンジニア魂が燃えて楽器が改良されていくという謎の循環ができています

扇風機に光源とギターストラップ、特殊な円盤を取り付け、回転によって起こる光の点滅をセンサーで拾い、電気の波=音へと変換する「扇風琴」(Photo by Florian Voggeneder) 扇風機に光源とギターストラップ、特殊な円盤を取り付け、回転によって起こる光の点滅をセンサーで拾い、電気の波=音へと変換する「扇風琴」(Photo by Florian Voggeneder)

楽器もいろいろ作りました。テレビをウクレレ化した「テレレレ」、三味線化した「テレ線」、扇風機をギターのように蘇生させた「扇風琴」。巨大な工場用扇風機は低音が心地よい「工場扇ベース」に生まれ変わり、持ち主の鉄工所の80歳になるおじいちゃんがインダストリアルなブルースを奏でるという貴重な場面に立ち会えました。

縞模様ならなんでも音楽ができるとわかったので、ボーダーシャツを着た人に飛び入り参加で音を鳴らしてもらう「ボーダーシャツァイザー」や、バーコードリーダーで演奏する「バーコーダー」をつくって演奏するといったこともしています。

2017年には東京タワーの足元で、テクノロジーの供養と蘇生のための「電磁盆踊り」という奇祭を執り行ないました。次にやってみたいのは「国境なき電磁楽団」です。固定のメンバーを置かず、既存の楽器を使わず、世界各地の人々が古い生活家電を材料として楽器を作ることから始まるエレクトロマグネティックパンクなオーケストラです。

最後に、学生時代に僕の背中を押してくれたキーワードを紹介します。文明批評家のイヴァン・イリイチが使った「コンヴィヴィアリティのための道具」という言葉です。

「テクノロジーは、いま有力な産業に役立つ目的で作られ、使用されるが、そうではない道具と使い方があり、それをコンヴィヴィアルな道具と呼ぶ。それは用いる者に、おのれの想像力の結果として環境を豊かにする最大の契機を与える」

このように彼は述べています。僕もひとつのコンヴィヴィアルな使い方を探求しているのかな、と感じています。

落合 ありがとうございました! 和田さんとはアルス・エレクトロニカの期間中に道端でよく会ってハイタッチする仲なんですが、実はゆっくり話したことがなくて。今日は僕自身も楽しんじゃってる感じで対談をやりたいと思います。

僕は秋葉原に住んでメディアアーティストをやっているんですが、なんでアキバかというと「畑」が近いからなんです。アキバという畑で拾い集めてきたLEDを使ってアートをやるという感覚です。だから和田さんの、家電を楽器化する拠点のひとつが日立だっていうのはめちゃくちゃ納得がいく。

和田 家電製造の聖地ですよね。確かに日立の土着性は出てきます。

落合 京都だったら、今度はゲーム機が集まってくるんじゃない? 任天堂があるから。

和田 というか、任天堂の方、参加してますね(笑)。京都メーカー社員、集結しつつあります。掃除機を作っている基板設計メーカーの社長さんが掃除機で楽器を作ったり。要は、昼はものづくりをして夜は魔物づくり、みたいなことが起きている(笑)。

落合 創作と伝統との接点を考えると、僕の場合、上方性を帯びてきているんです。例えば茶道にインスパイアされるとか。和田さんは土着性を帯びているのが面白いなあと思います。盆踊りとか、妖怪とか

和田 それはやっぱり、インドネシアのバリ島にルーツがあるのかなと思います。あとは音楽をやるにあたって、楽器から、もっといえば発音原理から作っていると「音楽はどうやって生まれたのだろう」といったことを考えずにはいられないんです。すると、ポピュラーミュージックではなく民族音楽に行きつく。

例えば「ドレミファソラシド」の音階は唯一絶対のルールじゃなくて、アラブのほうにいくと半音未満の音程が使われたりしている。

落合 西洋音階じゃない音階ですね。

和田 はい。

◆後編⇒落合陽一×和田 永(メディアアーティスト)「家電楽器バンドは音楽性ではなく『周波数の違い』で解散する!?」

■「コンテンツ応用論2019」とは? 
本連載は、昨秋開講された筑波大学の1・2年生向け超人気講義「コンテンツ応用論」を再構成してお送りしています。"現代の魔法使い"こと落合陽一准教授が毎回、コンテンツ産業に携わる多様なクリエイターをゲストに招いて白熱トークを展開します。

●落合陽一(おちあい・よういち) 
1987年生まれ。筑波大学准教授。筑波大学でメディア芸術を学び、東京大学大学院で学際情報学の博士号取得(同学府初の早期修了者)。人間とコンピュータが自然に共存する未来観を提示し、筑波大学内に「デジタルネイチャー推進戦略研究基盤」を設立。最新刊は『2030年の世界地図帳 あたらしい経済とSDGs、未来への展望』(SBクリエイティブ)

●和田 永(わだ・えい) 
1987年生まれ。大学時代から「音楽と美術の間」の領域で本格的に活動を開始し、各国でライブや展示活動を展開。ISSEY MIYAKEのパリコレクションでは、これまで11回にわたり音楽に携わる。ブラウン管テレビを楽器として演奏するパフォーマンス作品「Braun Tube Jazz Band」にて第13回文化庁メディア芸術祭アート部門優秀賞受賞。役割を終えた電化製品を新たな楽器として蘇生させ、合奏する祭典を目指すプロジェクト「エレクトロニコス・ファンタスティコス!」の成果により第68回芸術選奨文部科学大臣新人賞受賞