2015年、ウルムにて。筆者とダニエル 2015年、ウルムにて。筆者とダニエル

連載【「新型コロナウイルス学者」の平凡な日常】第19話

ドイツのウイルス学会に参加する前に、筆者の研究室にも滞在したことがあるドイツ人の研究者仲間のもとを訪ねることにした。

* * *

■ドイツウイルス学会からの招待状

2023年に入り、海外に出張する機会が増えた。コロナ禍前は、研究集会への参加などでよく海外に出張していたが、それがこの数年ははたと止まってしまっていた。

昨年(2022年)後半くらいからちらほらと機会が増えてきて、今年の春には、ドイツのウイルス学会から基調講演の依頼を受けた。平たくいえば、G2P-Japanの研究成果を、ぜひドイツのウイルス学会で講演してほしい、という依頼である。

その年のドイツのウイルス学会は、ウルムという街で開催された。新型コロナの前に専門に研究していたエイズウイルスについての共同研究者がいることもあり、そのドイツの小さな街を訪れるのはこれがなんと4度目になる。

ケルンにある大聖堂は有名であるが、実はヨーロッパでいちばんの高さを誇る大聖堂はウルムにある。それ以外特筆するところもない小さな街ではあるが、海外学会からの基調講演、ということで、緊張の面持ちでの渡欧となった。

ヨーロッパ出張の玄関口は、フランクフルト空港であることが多い。「好きな作家は?」と問われると、その筆頭に出るのは村上春樹である。「いちばん好きな作品は?」と問われると悩ましいところであるが、仙台で大学生をしていた20歳くらいの頃、初めて手に取ったのが、ベストセラーとなった『ノルウェイの森』の文庫本だった。

そんな経緯もあって、フランクフルト空港に着陸するときにAirPodsでどうしても聴きたくなるのは、ビートルズの「Norwegian Wood (This Bird Has Flown)(ノルウェーの森)」である。村上氏の著作の冒頭のようなイベントが起きることはないだろうか、という思いを巡らしたりしたこともあるが、そのようなことはもちろんない。

■ドイツ人研究者・ダニエルとの出会い

よく言われる話だが、アカデミアで研究をすることのメリットのひとつに、「外国人の友達ができる」というのがある。その大抵は、自身が海外にポスドク(博士研究員)として留学していたときの同僚を指す言葉とほぼ同義であるが、私はいろいろな経緯があって(単にタイミングを逸しただけ、という言い方もある)、博士号を取得した後に、海外に留学をするチャンスがなかった。

その穴を埋めるため、という訳でもないが、海外の学会に参加した際には、拙い英語と若気の至りを最大限に発揮して、知り合いや友人を作ることに努めた。研究のいいところのひとつに、「言葉で説明しなくても、良い研究さえしていればわかってもらえる」というのがある。

海外の学会に参加して、研究成果をアピールして、ビールを飲んで仲良くなって。そうやって仲良くなった友人のひとりが、ウルム大学で大学院生をしていたダニエル・サウター(Daniel Sauter)だった。

ダニエルは私と同年だった。エイズウイルスの基礎研究に従事している、博士号を取得したラボでそのままポスドク(研究員)をし、スタッフとして従事する、という研究者としての彼のキャリアも、私とまったく同じだった。

これもまったくの偶然だが、それぞれの指導教官、ボスの世代もほぼ同じだった。毎年の学会で顔を合わせる中で仲良くなった私たちは、それぞれのボスを通じて、それぞれが所属する研究機関(大学院生だった私にとっての京都、そして彼にとってのウルム)にそれぞれを招聘することで、交流を深めていった。いわゆる「留学経験」がない私にとって、このような交流はとても貴重だった。

■テュービンゲンへ

ダニエルは私よりひと足早く、ドイツのテュービンゲンという町にある大学の教授になった。奇しくもテュービンゲン大学とは、日本の新型コロナ対応の最前線で活躍する、「8割おじさん」こと西浦博先生が留学していた大学でもある。

2022年、東京の筆者のラボにて。ラボメンバーとダニエル。ダニエルはドラえもんが好きらしい 2022年、東京の筆者のラボにて。ラボメンバーとダニエル。ダニエルはドラえもんが好きらしい

驚くべきことにダニエルは、独立して間もない、研究室を立ち上げるために重要な時期にもかかわらず、取得したフェローシップを使い、2022年の後半に、私の研究室に「招聘教授(Visiting Professor)」としてやってきたのである。

わずか数か月ほどの滞在であったが、コロナ禍を挟んでしばらく会えていなかったこともあり、とても新鮮な時間となった。彼は私の研究室のメンバーたちともとてもよく交流してくれて、私の研究室が国際化するひとつの大きなきっかけとなった。

研究打ち合わせのために、G2P-Japanのコアメンバーと一緒に冬の札幌に集結してジンギスカンを食べたり、慣れない毛蟹の蟹味噌を食べて顔をしかめたりした。そして、研究室のクリスマスパーティーでは、日本で手に入るありあわせのもので、ドイツのクリスマス名物であるグリューワインを作ってくれたりもした。

ラボで開催したクリスマスパーティーで、ありあわせの調理用具でグリューワインを作ってくれた ラボで開催したクリスマスパーティーで、ありあわせの調理用具でグリューワインを作ってくれた

2022年12月、札幌にて。ダニエルは、海産物は苦手のようで、毛蟹もほとんど食べなかった...... 2022年12月、札幌にて。ダニエルは、海産物は苦手のようで、毛蟹もほとんど食べなかった......

2023年3月、ドイツのウルムで開催されるウイルス学会に参加する前に、私はテュービンゲンに立ち寄ることにした。

(2)に続く

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佐藤 佳

佐藤 佳さとう・けい

東京大学医科学研究所 システムウイルス学分野 教授。1982年生まれ、山形県出身。京都大学大学院医学研究科修了(短期)、医学博士。京都大学ウイルス研究所助教などを経て、2018年に東京大学医科学研究所准教授、2022年に同教授。もともとの専門は、HIV(ヒト免疫不全ウイルス)の研究。新型コロナの感染拡大後、大学の垣根を越えた研究コンソーシアム「G2P-Japan」を立ち上げ、変異株の特性に関する論文を次々と爆速で出し続け、世界からも注目を集める。『G2P-Japanの挑戦 コロナ禍を疾走した研究者たち』(日経サイエンス)が発売中。
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